『 ぶらんこ乗り 』いしいワールドをまだ知らない人は幸せ。今からその感動を味わえるから。


いしいしんじ・著  新潮社 ¥476(税別)/OMAR BOOKS
 
― これから読める幸せ。 ―
 
立春を過ぎたとはいえ、寒さはまだまだ厳しい。
 
北風が吹き荒れる一日はどこへも出かけず、
毛布に包まって温かい飲み物やお菓子を傍らにおいて読書にふける。
その至福は何ものにも代え難いもの。
そんなときに読むのは長編物語(エッセイや短編、雑誌などよりも)に限ります。
 
最近読み返した中で、本てやっぱりいいなあと、今更ながら再確認したのがこの本『ぶらんこ乗り』。
人気物語作家いしいしんじさんの長編一作目にあたります。
 
ストーリーは高校生のわたしが、ぶらんこが上手で頭のいい大人びた弟が書き遺したノートを見つけるところから始まり、彼や両親、おばあちゃん、「指の音」という変わった名前の飼い犬と過ごした幼い日々を回想するというもの。
  
読んでいて、ふと小さい頃近所で見かけた「筋肉マン」と呼ばれていた野良犬を思い出した。
その頃そのアニメが流行っていて(年代がばれますが・・・)、
ふざけた誰かが黒いマジックでその犬の額に「肉」と書いてあった。
野良なのにやけに体格が良くて皮肉にもその姿が似合っていた。
なかなかその文字は額から消えず、
その犬を見かける度におかしいような哀しいような気持ちになった。
 
物語の筋には何の関係もないけれど、
いしいさんの物語は生きているとどうしても避けられない、
言いようのない切なさや哀しみに満ちている。
 
また憎いくらい、胸をつくエピソードが詰まっていて
中でも「手をにぎろう!」というエピソードは全文引用したいくらい
(手にする機会あればそこだけでも読んでほしい)。
この本のタイトルの意味がそこに込められている。
 
彼の作品には「暗い穴」がモチーフとしてよく出てくる。
幸せな日々の中に潜んでいる理不尽で残酷な何か。
いつも私たちの目の前に突然に現れるそれは容赦ない。
それでも、目の前の現実を受け入れて踏ん張ろう、と物語は優しく語りかける。それでも、と。
 
児童文学として受け取られるところもある本作。
でも大人が読むとより心に沁みる。
 
最後の章「冬の動物園」の一場面。
降り出した雪に覆われていく小学校の校庭でのラストが深い余韻を残す。
 
いしいワールドをまだ知らない人は幸せだと思う。
これから初めてその読んだときの感動を味わえるのだから。



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