『小さいおうち』失われたものへの甘い郷愁を誘う、小説の醍醐味を味わえる一冊


中島京子・著 文藝春秋 ¥543(税別)/OMAR BOOKS

 

この本のタイトルと表紙の絵を見て、ある有名な外国の絵本を連想する人は多いだろう。70年前に出た名作と言われるその絵本は、今でも年代問わず長く読まれ続けている。
さて、その絵本がどうこの小説に繋がるか。これからこの本を読む人の楽しみを奪ってしまうのでこれ以上は言いたくても言えない。

 

坂の上に立った人目を引く、赤い屋根の洋風住宅。昭和10年、日本でその家が建った当時はモダンだったこの小さな家を舞台に起こる出来事を描いたこの作品。
自分の現在を一切忘れて、まるごと身を委ねて物語に浸れること、それが小説を読む喜びとするなら、本書は文句なしにその小説の醍醐味が味わえる一冊だ。

 

昭和初期から女中として働き続け、今は引退し悠々自適に暮らしているタキさんが、その当時の大切な思い出を書き残そうとするところから物語が始まる。
甥の次男を読み手として、彼女が記憶を辿りながらノートに少しずつ綴っていく現在と過去が、同時に進んで行く。

 

魅力的な若奥様との出会い。田舎から上京し、その若奥様の家に住み込み、働いていた様子がその独特のユーモアで語られる。
家族と交わす会話、出てくる料理の数々、戦前の街の人々の暮らしは今こそ読むとなんて豊かなんだろう、とため息が出た。もうああいう暮らしにはきっと戻れない。読む者は失われたものへの甘い郷愁を誘われる。

 

いろんな伏線が張られそれを解く面白さ、昭和モダン、時代背景も丁寧に描かれ文化史としても読める魅力に溢れていてページがどんどん進む。

 

そしてタキさんが心からお仕えした若奥様の秘密。幸せな家族へ忍び寄る戦争の影。そして最終章の現在へと至る驚く展開。
タキさんが書いて残さずにはいられなかった理由が最後に明らかにされる。読み終えてしばらくは動けなかった。

 

この本を読んでつくづく思ったのは誰でも語れる物語を持っている、ということ。
ひとりひとりが生きているこの時間が歴史になっていくなら、歴史は教科書の中で描かれるような遠い世界のものでは決してなく、私たちもまたそこに参加しているんだということ。

 

とにかくいい小説を読んだ。その一言に尽きる。山田洋次監督による映画化も決まっているという本書。心からこの本、おすすめします。

OMAR BOOKS 川端明美




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