『 林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里 』よく笑い、よく食べ、よく眠る。非日常を日常のまま生きた人

げたぱり
立松和平・編 岩波書店 ¥700 (税別)
 
「よく眠った。ぼんやりとよく寝た。寝ている事は、実に快い。」
林芙美子のパリ滞在中の章を開く。四月三日付けの文章はこう始まる。
ここだけではない。
 
今回ご紹介するこの紀行集の表題作「下駄で歩いた巴里」の冒頭も、初めてパリに着いたその日から一週間眠り続ける。林芙美子さんは、よく眠る人だ。
  
外国の憧れの地に、たった一人でいても、日本で生活しているのと同じように彼女は何も変わらない。おそらくどこにいても彼女は彼女のままだろう。
  
この本は、『放浪記』などで知られ昭和を代表する女性作家・林芙美子の国内・外問わず旅した記録を20編が収められた一冊。彼女が旅好きだったということは意外と知られていないのではないだろうか。
当時、まだ外国へ行くのもめずらしかった時代。しかも女性一人で。
 
『放浪記』がベストセラーになったおかげで手にした資金で、念願の旅に出る。
中国からシベリアを経由して渡欧。
パリの街には約8ヶ月も滞在している。この本の中の日記を読むと面白い。
その頃の彼女の生活の様子が事細かに綴られている。
 
巴里のキャフェのコヒーの美味しさ、三日月パンを毎朝食べる様子など。
下駄を履いて、着物姿でパリの街を闊歩する林さんにはきっと好奇の視線が注がれたはず。
 
でもそんなことはおかまいなしに、自分の思うがままに、自由にその生活を楽しむ彼女の姿勢に
憧れる。
彼女の旅には、よくありがちなあまり浮かれた様子が見受けられない。
もちろん、目にするもの、聞こえてくる音、出会う人たちとの交流が生き生きと描かれるのだけれど、同時に冷静な、ストレンジャーとしての自覚が常にあって消えることがない。
だからこそ、彼女の旅の記録には奥行きが感じられる。
  
旅は本来、非日常を楽しむ行為。でも彼女の場合、日常が旅先でも日常のまま続いている。
どこにいてもフラットで生活の基本姿勢が変わらない。それが彼女の魅力だと私は思う。
  
あまり恵まれなかった子ども時代を送った林芙美子。幼いふみこには大人になった自分がパリの街を歩いているなどとは思いもしなかったに違いない。
彼女の作品を読むと、人生はたくさんの「未知」の可能性を秘めている、ということを考える。
 
もしかしたら、同じことの繰返しのような毎日にも、いつだって「未知」のものが隠れている。
そう思うと、今見ている世界がちょっと変わって見えてきませんか?
 

OMAR BOOKS 川端明美




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