『 火を熾(おこ)す 』極限状態の人間の心理描写が圧巻。短編の名手、ジャック・ロンドンの作品から厳選の9編。

火を熾す
ジャック・ロンドン 著  柴田元幸・訳  スイッチ・パブリッシング  ¥2,100/OMAR BOOKS
 
― 極寒の世界へ  ―
 
冬の到来。風景も人も少しずつ、冬の装いに変わりつつある。
本格的な寒さはこれからやってくる。そのひと足先に極寒の気分を味わってもらおうと(ここ沖縄だと真冬でも味わうのは難しいけれども)、今回紹介するのはきれいな雪の結晶が浮かぶ表紙の『火を熾す』。      
 
知る人ぞ知る短編の名手、ジャック・ロンドンの短編集。
少し前に惜しまれて休刊した雑誌「Coyote」(最近復刊しました!)に翻訳連載されていた、ロンドンの200本以上の短編の中から厳選された9編が収められている。
 
中でも表題作の「火を熾す」はこの季節、読む人をさらに極寒の世界へ導いてくれる。そこには甘くない、過酷な冬のほんとうの姿が広がっている。
この短編を読むと、私たちは「ほんとうの寒さ」の怖さを知らないんだと思う。 
人間の本能が呼びさまされていく過程を描くのが上手い著者。ここでもそれが存分に発揮されていて、まるで自分があまりの寒さに生死を脅かされる主人公になったかのような錯覚を覚えた。思わず手の甲をつねって感覚を確かめたほど。
 
極限の状況に陥ったときの、恐怖心や滑稽さなど人の心理が微細に描写される。これはもう体験したことのある人しか書けないような内容。
 
ロンドンは実際、多彩な経歴で有名で彼自身の人生も小説に劣らないほど面白い。飾らない、簡潔な言葉で紡がれた彼の短編にはそのバックボーンが見え隠れする。
 
また短編の一つ一つも肩すかしをくらうような結末であったり、悲劇的な状況がどこか笑いを誘ったりするのも味がある。
それはつまりそれだけ人の持つ、感情や身体の複雑さがよく描かれているということ。ただ楽しいから笑うのではなく、悲しいから泣くというのではない。人はそう単純ではないよ、と。
 
また何よりロンドン作品は私たちに「自然」や「野生」について深く考えるきっかけを与えてくれる。現代人の失ってしまった大きなもの。
 
今もなお色あせることなく読み継がれているスタンダード。
 
ストーブにあたりながら、あるいは分厚い毛布に包まって読むことをおすすめします。
 
野生の心を呼び覚ます一冊をどうぞ。

OMAR BOOKS 川端明美




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