『乙女の密告』軽快なタッチで深遠なテーマを巧みに描いた、芥川賞受賞も納得の秀作。

赤染晶子/著  新潮社  1260円/OMAR BOOKS
 
― 乙女って不思議な生き物 ―
 
タイトルからして不穏な物語かと思いきや、
まず思い出されたのが少女マンガの世界。
 
というのも、設定が京都の大学でドイツ語を学ぶ乙女たちが
『アンネの日記』を題材に
スピーチコンテストに向けて日々励んでいる。
その様子はまるで女子高や宝塚!
 
スピーチに命をかけ留年している
麗子さまと百合子さまの対決。
 
北島三郎の「与作」(!?)の鼻歌にのせてスピーチを暗唱する
帰国子女のタカヨ、
 
黒ばら組とスミレ組の派閥争い。
 
そんな中、教授と女学生の間に黒い噂が流れ…。
 
こう書いているだけで、何かのマンガのパロディのよう。
 
そしてそこに加わる指導教授バッハマン教授が
なんといっても曲者。
 
彼の好きな日本語は
「吐血」
(血を吐くほどの努力と根性を見せなさい、ということらしい)、
また
「思い立ったが吉日」
など、ちょっとどこかずれている。
 
スピーチの暗唱のモットーが
「いつでも、どこでも、便所でも」
などと、真面目なんだかふざけてるんだかよく分からない。
 
彼はまたいつもアンゲリカという名前の西洋人形を腕に抱いていて
バラの花一輪を手にしていたりする。
  
真面目な顔をして面白いことを言う人
(目は笑っていない)がたまにいるけれど、
この小説全体がそういう雰囲気をまとっている。
 
中でも最高だったのが、
あるドイツ語の発音練習で
「お」というつもりで「え」の口の形をして「う」と言わなければならなくて、
結果「おぇー」となり、
おぇーおぇーと乙女たちが練習すればするほど
新種の動物にでもなった気がし、
怪しげな嗚咽が響き渡る、というくだりは
想像しただけで笑える。
  
でもこの小説が決して軽いわけじゃない。
「アンネの日記」をモチーフにしていることからも
実はそういうシニカルな笑いの裏には
深遠なテーマが見え隠れする。
 
アンネと乙女が望むもの。
別の誰かになりたい。
他人にならなければ生きていけない。
同時に自分であることをゆずれないという葛藤がそこにある。
  
乙女は噂が好き。
やっかいなのはそれが真実であろうとなかろうと
どちらでもいいということ。
 
乙女の言葉は決して真実を語らない。
それでも主人公みか子は
スピーチコンテストの練習のさなか真実を探ろうとする。
 
彼女はスピーチの練習で
いつも同じところで言葉を忘れる。
その彼女に麗子さまが言うのが印象的。
 
「それがみか子の一番大事な言葉なんよ。
―それは忘れるっていう作業でしか出会えへん言葉やねん。
その言葉はみか子の一生の宝物やよ」。
 
そう「忘れる」というのもこの本のもう一つのテーマ。
さてそのみか子の言葉とは?
また噂を流した密告者は、一体誰?
それは読んでのお楽しみ。



OMAR BOOKS 川端明美




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