弦楽器製作 Atelier pici(アトリエ ピチ)つくるのは、製品ではなく作品。精密さよりも美しさを大切に

弦楽器製作 Atelier pici

 

「製品じゃなく、作品だと思って作ってます。自分の絵を描いてる感じに近いかな。だから毎回違うものになるし、違うけどそれぞれ美しいみたいなのがいいなって。僕は、綺麗な音は綺麗な楽器から生まれると思うんですよね。だから何より美しくしたいんです」

 

弦楽器工房 Atelier pici(アトリエ ピチ)の作家、矢久保圭さんの開口一番の言葉は、弦楽器の美しさについて。音色についてでないことが意外だが、piciのもう1人の作家、安孫子康二さんもそれにうなずく。

 

矢久保さんはよどみなく続ける。

 

「ネックの渦巻きやfと呼ばれる孔の形、見比べてみてください。作り手の好みというか、個性が出る部分なのでそれぞれで変わってくるんですよ。全体的な雰囲気もまるで違いますね。こっちのバイオリンはふくよかで明るいし、そっちはシュッとしてて落ち着いた雰囲気が出てる。もちろん音色も違って、こっちは元気な音色、そっちは品の良い音色がしますね」

 

pici

 

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バイオリンという同じくくりの楽器でも、一つひとつ異なる美しさや豊かな表情があった方がいい。二人がそう考えるようになったのは、楽器作りの本場イタリアでの学びから。

 

安孫子さんがイタリア修業時代を振り返る。

 

「やっぱイタリアは適当ですよ(笑)。いろんな意味で。いいか悪いはちょっと別として。数値的なものより感性をすごく大切にする。日本では木と木のくっつけ方でも、数値的な根拠を重要視するんですよ。どれだけ平面になっているか細かく見るとか。だから、『3ミリに切ってこい』って言われて、限りなく3ミリに近く切れるのは、やっぱり日本人なんですよね。イタリアだと、その3ミリを測るモノサシからしてひん曲がってたりする(笑)。それなのにできあがってくるものはすごくいい。それはどうしてなんだろう、どう作ればいいんだろうって毎日考えて。僕の先生は現代の三大巨匠って言われてるレナート・スクロラヴェッツァ氏という方なんですけど、80代のおじいちゃんだから、もう手は震えてるし、粗削りっていう初期の工程こなしただけでもぐったりしちゃうんですけど、感覚がやっぱり凄いんですよね。そういうのを間近で見てこられたし、行ってよかったです」

 

矢久保さんは、自身にはイタリアの価値観が合っていると言い切る。

 

「僕はもうイタリアのああいうのを目指してますね。イタリアの楽器は、細部にはガタガタな部分もあるけど全体的に美しいし、何よりすごく愛らしいんです。日本のは精密だけど時に硬い、冷たい印象を与えることもあって。そういう違いに気づけて、自分が今後どんな楽器を作っていきたいのか分かったんですよね。イタリアでは、不器用な人で製作家になっている人もいるんです。もちろんすっごい器用な人もいるけど、大事にしてるところが違うんですよね。イタリアで感性を変えられたというか、楽器づくりの土台を学べたと思います」

 

pici

 

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センスの他にもう一つ、楽器の個性を生み出す要素がある。材料となる木だ。矢久保さんが、木の個体差について触れる。

 

「木はどれひとつ同じものがないですからね。もちろん種類ごとに共通した特性あります。ポプラだと、柔らかそうに見えて繊維が密でたくましいみたいな。でも、何年前にどこに生えていたポプラなのか、伐ってからどれぐらい乾燥させたかでもまた変わってくるんです。だから、どれだけ作りこんでも、最後までどう仕上がるか分からない部分は正直ありますよ。フワッと柔らかい、線が細い感じをイメージして作ってたのに、出来てきたら『あれ?なんかオッサンぽい?』とか(笑)。それはもうそれで、オッサンのオッサンならではの味を引き立てていくんですけど。力強い音色でこれはこれでアリだなぁとかって」

 

安孫子さんもそうそう!とばかりに口を開く。

 

「もうね、木の意思みたいなものがあるんじゃないかなって。僕は、楽器は音ありきだとも思ってて、初めにこういう音を出したいなとイメージして作っていくんです。でも、材は毎回違うし、ネックの差し込む角度から駒やナットの高さ、表板のアーチの高さ…全部の要素が音に関係するし、バスパー1つでも音ってかなり変わりますからね。だから、バーン!と音が響くように作ってみたけど、いざ試奏してみたら、なーんか拡がらない締まっちゃった音だな…ってこともあります。そういう場合でも駒の高さや弦を変えたりして調節は可能なんですけどね。だけど、その都度データを測って作っていくのに、こんなことが起こるのが面白いところでもあり、苦しいところでもあります」

 

木の持つどんな個性も持ち味として活かし、美しい楽器へと昇華できる腕。それは2人が、これまでの経験の積み重ねで身につけたもの。

 

矢久保さんは、畑は違えどこれまでずっとモノづくりに携わってきた人だ。

 

「モノを作ることは、ずっと好きですね。籐のカゴ編みのバイトから始まって、工芸品、家具いろいろ作ってきました。それで21か22歳の時にたまたまジャズのバイオリン聴いて、自分でも弾いてみたくなって。普通だったら、そこから作ってみたいなとはならないのかもしれないけど、僕は自分でイチから作りたくなっちゃったんですよね。初めは独学ですよ。だけどやっぱり弦楽器作家でやっていきたい、それなら本場イタリアでしっかり学びたいとなって、家具職人しつつお金貯めて、イタリアはクレモナで楽器製作の学校に入ったんです」

 

安孫子さんもまた、筋金入りの職人人生を歩んできた。

 

「前は僕、堂宮の大工で、ノミ持って古いお寺の修復とかしてたんですよ。楽器にいったのは兄が大学の頃にチェロ弾いてて、いいな!となって。それで僕も弾く方だけじゃなく、作る方にも興味出ちゃって、東京のバイオリン製作学校に入りました。思った通り製作は面白くて、のめりこみましたね。それで一度、弦楽器のリペアの仕事に就いたんですけど、もっと深く、製作からやるためにイタリアまで飛びました」

 

精密な製品ではなく、それぞれ表情をもった美しい作品を。矢久保さんはイタリアにいた2011年と2012年に、イタリアの弦楽器製作コンクールに出品し、2年連続で入賞している。それはきっと矢久保さんの目指す方向が正しいことの証。

 

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そして帰国後、2015年に沖縄で弦楽器工房piciを開いた矢久保さんには大きな夢がある。

 

「日本を変えたい。口グセになってるんですけど(笑)、日本を変えたいですね。やっぱり弦楽器買うならイタリアかドイツのものだなって世界中の人が思ってるんですよ。でも、僕たちでボンボンいいもの作って、見せて。日本人の製作もいいんだって知ってもらいたいんです」

 

2016年からpiciに加わった安孫子さんも、その想いは同じだ。

 

「日本ではまだまだ楽器の製作よりも、修復や調整をする人の方が多いんですよね。だけど実はイタリアより日本の方が弦楽器を演奏する人口って多いんですよ。その人たちに手に取ってもらえるような楽器を作っていきたいですね。僕は、日本変えるってのもいいですけど、国内に限らなくてもいいと思うんですよね。アメリカ行って売ってきてもいいし、中国で展示会するのも面白いし」

 

弦楽器製作 Atelier pici(ピチ)
沖縄県那覇市具志2-25-3 2F
TEL 098-859-9075 
電話受付11時~19時
ご予約の上お越しください
木曜定休、不定休あり
http://piciviolins.com