» バレエアーティスト 緑間玲貴(みどりま りょうき)踊りとは祈り。地球上で人間にしかできないことを、踊りを通して伝える。

緑間玲貴
 
日本三大弁財天の一つとして数えられる奈良の「天河(てんかわ)大辨財天社」。
そこで盛大に執り行われる「秋季大祭」で、踊りの奉納を依頼されたアーティストが沖縄にいる。
バレエアーティストの緑間玲貴(りょうき)さんだ。
芸能関係者がこぞって詣でることでもその名を知られる由緒正しき神社で、芸事の奉納を許される人は数えるほどしかいない。
2012年から踊りの奉納に携わるようになった緑間さんにお話をうかがった。
 

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– – – 回転を止めない地球のように、人が動き、踊るのは自然なこと。踊りとは人間の本質。
 
バレエを奉納するという活動のきっかけは色々とあって。
 
踊りの本質はなんだろうと考えると、そもそも踊りというのは動き。どんな動きにも必ず意思がともないます。歩くにしても何かに向かって歩く。何かを手に取るときも「取ろう」と考えて取る。そういう動きが踊りの始まりだとすると、みんな踊っているじゃないかって。
 
もっと大きな規模で考えると、たとえば空気もそう。顕微鏡で見ると中性子があって電子があって、プラスとマイナスがぐるぐるまわっていると化学の時間に教わりました。見えないけれどそれは動いてる。心臓も動いているし波だってそう、空もそう、地球もずっと動いていて、惑星も宇宙も全部が動いている。つまり、人間が踊らずとも地球そのものが最初から踊っていて、その中に我々が生きているということに本質があり、人間だってそもそも踊る生き物なんじゃないかなって、そんな風に思ったんです。
だから、人間が踊るというのは当たり前なこと。「踊り」とわざわざくくらずとも、普段の動きがすでにダンスであり、踊りの一部なんじゃないかなって。
 
ですから、例えば「震災で亡くなった方のために踊る」という動きと、「これを手に取ろう」と考えて動くのと、本質的に違いはないと思うんです。踊りって、特別なものではなくてもっと普通なこと、人間に近いこと、つまりはひとの本質ではないでしょうか。
だからこそ、洗練を極めた踊りを観たとき、ひとはみな感動するのではないでしょうか。それが自分と遠くないところにあるものだから。そもそも自分も動いていて、心のどこかで「踊り」を知っているから、それが引き出されてリンクして感銘する。そういう仕組みじゃないのかな? と私は思うんです。
 
 
 
– – – 踊りとは祈り。想いを何かにのせて表現するという人間にしかできないこと。
 
私の踊りのコンセプトは「祈り」。
祈りには二種類あると思うんですね。一つは宗教的な儀式としての祈り。方法などが定められた祈り。もう一つは方法などなく、なんでもない祈り。祈りというと多くの方が前者をイメージすると思うんですが、祈りの方法なんて本当はどうでもいいんです、想いが一番大事だから。私が言う祈りというのも、一切の宗教観とはまったく関係のないところのものを指します。
 
祈りとは「意を宣(の)せる」ということではないかと思うんです。自分の想いを何かにのせて表現すること。その一番静かなパターンが手を合わせて祈ること。何かが良くあればいいと、第三者が勝手に相手の幸せを祈っている状態。それって人間ができる最高に素敵なことだと思うんですよ。地球上で人間しかできないこと、動物との唯一の違い。
そう考えると踊りは祈りとも近いと思うんです。先ほど話したように人はもともと踊っているので、もしかしたらすべての所作は祈りなのかもしれない。そういう風に考えることができないわけではないと。
 
祈りというコンセプトを一つ持って踊っていく際に、明確にメッセージを伝えるために、神社や仏閣という形式的な祈りの場で踊るというのは面白いと思ったんです。私が言いたいことを伝えられる絶好の場所じゃないかって。それも踊りの奉納を始めたきっかけのひとつです。
 
とは言え、踊りを観た人に何かを伝えたい!わかってほしい!と思ったことは一度もないんですね。ただ踊るだけ。それを観てくださった方が自ずと気づいて何かリアクションが起きたらいいし、起きなければそれでもいい。それは強制するものではありませんから。
でも、自分が洗練されていって、定義はわからないけれど「本物」に近づけば近づいていくほど、伝わる可能性は広がると思うんです。だから自分が輝けばいいんだ、磨かれていけばいいんだと。その為に努力を重ねていくわけです。
 
緑間玲貴
写真:仲程長治
 
– – – 真の感動との出会い。日本人ダンサーだからこそ表現できるバレエから受けた衝撃。
 
私がお客様に伝えたいのは「真の感動」。
私も舞台を観ていて何度か経験があるのですが、本当の感動というのは鳥肌が立って涙が止まらなくなるような感じだと思うんです。映画でいうとストーリーを追って感激するのとは違う。それを観た瞬間に何かがからだの中で起こり、自然と涙が出る。それこそが本当の感動ではないかな、芸術はそういう感動を目指しているんじゃないかな、と。
 
その感動に初めて触れたのは、大学生時代に東京で観た有名バレエ団の公演でした。
 
当時はお金が入ったらすぐに出かけ、今考えても異常なほどのスケジュールで、お芝居でもバレエでもミュージカルでもオペラでも、片っ端から観に行っていましたが、海外から来ている劇団で、外国人による公演が多くを占めていました。
 
私は日本でずっとバレエをしてきて、日本のバレエと西洋のバレエとを比べて、取り去ることのできない大きな溝を感じていました。
 
でも、そのバレエ団の公演を観て、日本人バレエダンサーの表現力に大きな衝撃を受けました。日本人独特の精神的な深さや強さのようなものによって舞台がつくられていたのです。

それまでは、沢山ジャンプしたり回ったりというわかりやすいテクニック面が重要だと思っていたのですが、冷静に考えるとテクニックについてすごいと感じるのは自分ができないから。それって感動というより「感心」では? と。
 
そのレベルに達しているのが、奇しくもそれまで私が見落としてきた日本人のダンサーだったのです。バレエは日本に入ってきてまだ100年ちょっとなのに、外国人ができないバレエを日本人が踊っているという事実を目の当たりにし、ショックを受けました。
 
もちろん、大規模な公演でしたから舞台装置や衣装などもとても立派だけど、そういう外側の見せかけのものを超えた、もっと熱いムーブメントを感じて、「バレエにはこんなに可能性があるんだ!」と初めて思いました。
バレエとの付き合いは長かったのに、バレエの本質について考えたことがなかったのです。
その公演を観たことが自分の育った土壌であるバレエというものを見直すきっかけになり、そのバレエ団へ入団しました。
 
 
 
– – – 「動」重視の西洋に対し「静」に美しさを見出す日本。精神性を追求することでダンサーがすごみを帯びる舞台に。
 
そこはまさにプロフェッショナルの世界、想像を絶する厳しさでした。団員みんながバレエに自分のすべてを捧げ、食事や睡眠を含む生活のすべてにバレエが優先される。本当にストイックな世界でしたが、日本人が踊るバレエの奥深さを学びました。
 
日本は静の文化。茶道でも華道でもなんでも、派手ではない静かな世界の中に本当の美しさを見出します。
一方、外国は動の文化。何もかもが華やかで、「見てわかる」という価値観。バレエも日本舞踊と比べると派手だし、動く量もスペースの広さも全然違いますよね。
 
日本の文化は内面をとても大事にします。まず、想いの根本に目を向ける。例えば「能」。舞台に出てきても殆ど動かないけれど、あの中に彼らが表現したい宇宙が全部あり、バイブレーションを舞台から感じる。だから映像で観せることがとても難しい。
 
一方、バレエは表現が直接的なので映像で観ても楽しいし、意味をわかっていない素人が観ても楽しめます。
 
こういう風に、日本と外国とでは物事へのアクセスのしかたが違うわけです。ゴールは一緒だとしても山の登り方が違う。
 
そうやってつくりあげたバレエ団の舞台では、ダンサーが出てきただけでまだ何もしていなくても完璧というような、人間が持つすごみのようなものが表現されていました。舞台に出て来ただけでそれが商品になる、それほど強烈な感動を生み出す舞台だったのです。
自分もそうなりたい、それが目標になりました。
 
 
緑間玲貴
写真:仲程長治
 
– – – バレエ教師を母に持つ三兄弟の長男。幼い頃は三人で舞台に。
 
バレエを始めたのは3歳か4歳のころ。
母(緑間バレエスタジオ代表・緑間貴子)が南条幸子バレエ研究所に勤めていて、ずっとバレエ教師をしておりましたから、生まれたときからバレエの世界で育ったという感じでしたね。
男ばかり三人兄弟の長男。昔は弟たちも一緒にお稽古していましたし、舞台にも立っていました。
今もバレエを続けているのは私だけ。次男は会社員、三男はドラマーをしています。
 
バレエを辞めようと思ったことはないですね。やはり好きだったみたいです。
と言っても、自分が踊ることよりも、舞台を観ることと劇場という空間そのものがものすごく好きだったんですね。
ですから、バレエに限らず舞台の上で行うパフォーミングアーツに興味がありました。
実は、バレエを続けた一番大きな理由はミュージカルをやるためだったんです。
 
 
 
– – – 12歳、東京で観たミュージカルに衝撃。パフォーマンスを見せて感動を与えることが仕事になることを知るきっかけに。
 
12歳の春休み、家族で東京へ旅行したときにミュージカルを観たのですが、それに大きな衝撃を受けたんです。演目は「オペラ座の怪人」。
同じ舞台と言えど、私がそれまでに観てきた舞台とはまったく違い、すごくショックでした。
 
沖縄ではそもそも、バレエの公演自体があまり行われないんですね。行われたとしてもそれほど大規模な公演ではなかった。ですから、当時好んで観ていたのは映像の中の舞台ばかり。映像と本物とではやはり全然違いますよね。
12歳というまだ舞台の知識も浅い時期に、ミュージカルという大規模な商業演劇に出会い、しっかりつくりこまれた舞台の上でプロフェッショナルが集い演じる公演を初めて見たわけですから、その衝撃は相当なものでした。
 
オペラ座の怪人を見たその足で、次はディズニーランドに行ったのですが、そこでも「いったい何なの?ここは」と大ショック(笑)。ショーやパレードにももちろん感激したのですが、「人に見せる」という大きな目的をすべてのスタッフが共有している、そういう理念めいたものに最も感銘を受けた気がします。
 
ミュージカルやディズニーランドとの出会いによって、人にパフォーマンスを見せて感動を与えることが職業になるのだと、そのときに初めて認識しました。
だから、ミュージカルを観ては「ミュージカルの人になりたい!」、ディズニーランドに行っては「ディズニーランドのダンサーになりたい!」と(笑)。
 
沖縄に戻ってからは声楽も学び始めました。まだ12歳でしたが、自分の将来のことで結構真剣に頭を悩ませていたんです。バレエを仕事にするのはすごく難しいことだと知っていましたし、バレエと比べるとミュージカルのほうが人口が多いので明らかに間口が広がる。ミュージカル俳優になるためにはバレエが必要、だからお稽古も大事だ。そういう風に思っていた部分もあったかもしれません。
 
緑間玲貴
 
– – – 沖縄に一冊しか入らない雑誌を待ちわびる。情報を求めて奔走した中学時代。
 
私が受けた感動を、「ミュージカルってこんなにスゴくて、音楽が素晴らしくて…」とどれだけ言葉を尽くしても、学校の友だちはみんな「…は?」って(笑)。誰に言っても通じない。それはそうですよね。
感動を誰とも分かち合えないので、サウンドトラックCDを両親に買ってもらい、ひとりで毎日のように聴いていました。
それからはお小遣いを貯めてはミュージカルのCDを買ったり、沖縄に数ヶ月に一度、しかもたった一冊しか入荷しないダンス専門誌を買うために本屋に入り浸ったりと、少ない情報を集めるために必死でしたね。当時はインターネットも普及していませんでしたし、子どもの私にはそれくらいしか情報収集方法がなかったのです。
 
長くバレエを続けていると、「やらされている」という感覚がでてくる方もいるようですが、私の場合、バレエを続ける意味を考え始める多感な時期に入る前に、ミュージカルに出会ってパフォーミングアーツの世界がすでに広がっていましたから、自然と続けてこられたのだと思います。
「どうして続けているのか」という疑問よりも「もっと知りたい!」という欲求の方が大きかったんですね。
 
 
 
– – – プロフェッショナルとは何か、人に観てもらうためにはどうすべきか。舞台のあり方を東京の有名テーマパークで学んだ大学時代。
 
ミュージカルとの出会いをきっかけに12歳から始めた声楽の勉強は10年以上続けました。高校卒業後の進路として、当時は大きな舞台を観るためにも東京に出ることが私の一番の目的だったのですが、両親は「好きなことなら何をしてもいい、でも、大学は絶対に卒業すべし」という方針。上京するには大学進学しか術がなかったので、一般の大学を受験して入学しました。
 
大学入学の直前、東京のテーマパークのオーディションがあり、軽い気持ちで受けたら合格して。それで、学生とテーマパークのダンサーをかけもちしながら、声楽を習い、バレエのお稽古も、と、18歳にして多忙な日々が始まりました。
 
そのテーマパークには様々な分野におけるプロフェッショナルがいて、プロフェッショナルとはどういうものであるかを実践で見せて頂いたので、とてもいい経験になりました。
人に観てもらうためには裏でどういう計算をしないといけないかという点をそのテーマパークは徹底的に追及しているので、生半可な世界ではないしとても大変でしたが、すごく刺激的で、毎日興奮して働いていましたね。
 
3年ほど続けたテーマパークでの仕事を辞めたきっかけが、その有名バレエ団の公演だったのです。
その日を境に、自分とバレエとの距離がだんだん近くなってきました。もっと深く真剣にバレエのお稽古をしたいと思うと同時に、こういうひとたちは一体どういう稽古をして、どういう風に舞台をつくりあげているのか知りたいと考えるようになり、バレエ団に入団したんです。

長い間そこでお世話になりましたが、やがて沖縄に戻ることを考えるようになりました。
以前は「あんな面白くない場所なんて二度と帰るものか!」と考えていたんです(笑)。日本という国や、日本人に対しても同じように思っていましたが、海外に頻繁に行くようになって逆に、日本や日本人のすごさ、文化の豊かさに気づき、沖縄という場所も見直すようになったのです。
自分が何者であるかを考えるようになり、沖縄のために働きたいと思うようになりました。
 
それで沖縄にもどり、母が主宰するバレエスタジオを手伝うようになったのです。
 
緑間玲貴
写真:仲程長治
 

 
– – – 自分の使命は真の感動を伝えること。そのために踊り続ける。
 
何の為に自分は生まれ、どういう風に生きていけばいいのか、なぜバレエを続けてきて、これが一体何になるの?という思いの壁にみんな絶対ぶちあたるんですよ。
でも、私は学生の頃から沢山の本物の舞台を観て感化され、自分の感性や自分というものがどんどんクリアになっていった気がします。
そうすると、ごちゃごちゃした考えがなくなっていくんですね。
「ただ自分が生活するためにバレエの技術を教える? そんなレベルのことではないんじゃないか」って、あるとき気づいたんです。本当の感動を人に伝えるという、メッセンジャーのような役割、それが自分の仕事かもしれないと。
 
8月に熊本の幣立(へいたて)神宮の五色神祭で踊りを奉納させていただいたのですが、そういう場で踊るときには特別な感覚が働きます。
今、こうして話しているときとは全然違う2つの感覚。一つは超冷静な自分。踊りながらもどこに誰がいるか、ここには泣いている方がいる、ここにはあまり感動していない方がいる、そんな風に会場の全部が見渡せる冷静な自分。もう一つは、いっちゃってる自分(笑)。トランス状態とでもいうのでしょうか。
この2つが同時進行していて、踊り出してからの記憶は殆どないんです。気づいたら終わっていて、拍手に包まれていました。
  
緑間玲貴
 
天河(てんかわ)大辨財天社での奉納内容はまたガラリと変わります。今回は一人で踊るのではなく、作品を奉納することにしたのです。バレエの短編を創作し、小品集というかたちで奉納させていただきます。
 
踊る内容や場所が変わっても、心持ちは変わりません。公演でも奉納でも同じ、「祈り」というコンセプトは常にあります。最初はそうではありませんでしたが、だんだん変わってきたんですね。今はそれが自分の使命だと感じてます。そうでなければ、今まで踊りを続けられてないと思うんです。続けたくても続けられない方もいらっしゃいますから、精神的、経済的、環境的、すべての縁が重なって続けてこられたのだと。そして、受けいれてもらえる土壌ができてきたということは、続けていいと許されたのかなと感じます。
 
私の場合、どちらかというとずっと「そうさせられてきた」感じがするんです。子どものときからそうですが、私は本当は踊るよりも観ている方が好きなんです。踊らなくて良い、観ていたい。でもずっと続けてこられたのは、自分がやるべきことだからかなと。今はそう思います。
 

インタビュー 中井雅代

 
 
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緑間玲貴
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