市場の古本屋 ウララ本は読まなくてもいい。それぞれの関わり方で。

市場の古本屋 ウララ
 
日本一狭いと言われる古本屋がある。
 
「小さな店だからこそできることもあります。
自分が良いと思えばどんな本でも仕入れられるし、それを目玉商品として推すこともできます。
たとえばこの『リトケイ(離島経済新聞)』。一部150円のタブロイド紙です。大きな書店だとこれを店頭の一番目立つところに並べることはできませんが、うちならそれができる。古本でなくてもベストセラーでなくても、がんばってておもしろいものは入れちゃえー! 前に並べちゃえー! と(笑)。
 
書店に勤務していたときは、見えないものを背負っていた気がします。
どんなことを言われても、会社員だと言い返せない。
今はどんなことがあっても自分の責任で正しいと思う判断を下し実行できますから、ストレスがなくなりました」
 
市場の古本屋 ウララ
 
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市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
店主の宇田智子さんは東京大学を卒業後、某大型書店に就職した。
幼い頃から本は好きだったが、本屋で働こうと思いついたのはそれほど昔のことではない。
 
「小さいときはうさこちゃんシリーズの『うさこちゃんとうみ』がお気に入りで、家に訪れるお客さんをつかまえては読んでもらっていたと両親から聞きました。
小学校にあがってからお気に入りだったのはかこさとしさんの『あそびの本』シリーズ。全五巻で世界各国の遊びや絵描き歌などが載っている本だったのですが、図書館で繰り返し借りたのを覚えています。
親が教師になれというので、その頃は大きくなったら先生になろうと漠然と思っていましたが、中学、高校と進学するにつれて学校がそれほど好きではないということに気づいて(笑)。
中学1年の頃に群ようこさんの『無印OL物語』を読んで、『本屋で働くっていう選択肢もあるんだ!』って」
 
大学を卒業後、中学時代の思いを抱いたまま、書店に就職した。

「他の職業も検討しました。
銀行の試験も受けましたが自分はお金や経済に興味はないし、出版社も受けましたが自分だったらこんな本を出版したい!という熱意もない。逆に、今出版されているもので十分だって思っちゃって。しかも、出版社だとその会社の本しか扱えないけれど、本屋ならどこの本でも扱えるな〜と思ったんです」
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
あるとき、就職した都内の大型書店で沖縄本フェアが行われた。
想像を絶する本の量に、智子さんは驚いた。
 
「沖縄では『県産本』と呼ばれているのですが、沖縄で出版された本というのは他都道府県に比べ格段に多いんです。出版社数にしても、一般的に地方の出版社は新聞社系が1社とその他3〜4社というところですが、沖縄は100以上!」

それには様々な理由が考えられる。
本土とは文化が違い、年中行事、料理、音楽とどれをとっても他都道府県とは異なるため、自分たちで本にしてしまう。
また、戦時中や占領下では本土から本を仕入れることが困難であったため、自分たちで出版していた。
アイデンティティーの強さも関連しているかもしれない。
 
「沖縄にはどれだけ県産本があるんだろう?と興味を持って。
それで地方勤務を希望し、沖縄店に配属になりました」
 
市場の古本屋 ウララ市場の古本屋 ウララ
  
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
興味深い県産本は数えきれないほどあったが、そのすべてを仕入れることは不可能だった。 
 
「小さな出版社や個人で経営なさっているところなどは、商習慣が違うことが多くて。大型書店に勤めていたので会社として取り引き方法が決められているし、沖縄の出版社は自分たちがやってきた方法でやりたい。すり合わせが難しいんですね。会社に属して一社員としてやっていると動きづらい部分があり、限界を感じました」
 
当時、牧志の市場中央通りで営まれていた「日本一狭い古本屋」と呼ばれる店のスペースが空くことになり、店舗を募集すると知った。
 
「人が行き交う場所に古本屋を出したいと思っていたので、この場所はまさにうってつけ。すぐに応募しました」
 
後継店舗を開くことが決まり、智子さんは副店長として勤めていた書店を辞め、日本一狭い古本屋の店長として本との新たな関わり方をスタートさせた。
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
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市場の古本屋 ウララ
 
転職時にはみんなが智子さんをとめたが、今でもその決断に後悔はないと言い切る。
 
「お客様ひとりひとりに丁寧に個別対応できるようになり、やりがいを感じます。
例えば昔の時代小説を何十年もお探しの方がいらっしゃいました。
年配の方に多いのですが、本がお好きで一冊の本を長年探し続けている方は結構多いんです。
会社勤めだったときは絶版になっていると取り寄せできないと言って終わってしまうのですが、今は全力でお探しすることができます。
ネット上で取り引きされている場合もありますから、お客様の代わりに注文して取り寄せることも。
ずっと探していた本が手に入ったと喜ぶ姿を見るとやはりとても嬉しいですね」
 
市場の古本屋 ウララはそ「沖縄関連本」と「一般」という風にスペースを二分している。
  
「どちらの本もジャンルを問わず置くようにしています。
色んなお客様がいらっしゃるわけですから、私の好みに偏ったチョイスにならないようにしています。
とはいえ一応の傾向はあり、沖縄関連本だと文学、歴史、民族に関する本、一般書では文学、哲学、思想に関する本が充実しています」
 
逆に書店勤務だった頃と比べ、難しくなったこともある。
 
「仕入れは苦労することが多いですね。
例えば珍しい本が売れたり、古本好きのお客様がまとめ買いなさったりすると嬉しい反面、『次はいつ同じ本を仕入れられるだろう?』という不安も生まれます。
古本は市場に出たとしても、こちらが思っている金額で出るとは限りません」
 
古本屋では一般客の持ち込んだ本を買い取る以外に、古書組合で行われる入札会で、業者が出品した本を落札するという仕入れ方法もある。
 
「東京には数えきれないほどの古本屋があり、入札会も毎日行われていますが、沖縄には10数業者しかなく、入札会は2ヶ月に一度しか行われません。
仕入れには苦労が絶えませんが、買い取りで思いがけない本を仕入れられることもあります。
自分では注文しようとは思わなくても手に入ると嬉しい、そんな本が入ってくると古本屋の仕事のおもしろさを感じます」
 
新刊書も扱うが、蔵書の殆どは古書。
智子さんの思惑が及ばないかたちで本が出入りすることもあり、蔵書のカラーにも定期的に変化が起こると言う。
 
「買いに来た人が当店を気に入ってくださって次は売り手になってくださることも。
そうしていくうちに、まるでその方の本棚のようになったりもして。みんなで店を作っているという感じ」
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
 
市場の古本屋 ウララ
市場の古本屋 ウララ
 
「本屋を営んでいると言っても、置いてある本すべてを読めるわけではないんです」
 
と智子さんは言う。
 
「そのことで昔はひけめのようなものを感じていたこともあります。書評家や専門家のように一冊一冊すべてに目を通していらっしゃる人もいますから。
でも最近は、本って読む以外の関わり方もあるんじゃないかな?と思うようになりました。
お客様を見ていても感じることなんですが、例えば背表紙を見て『おもしろそうだな』と思って手に取ってみたり、ちょっと開いてぱらぱらとめくってみたり、表紙や目次をチェックしてみたり。買わずにそのまま本棚に返したとしても、それも本との関わり方の一つじゃないかな?って。そこから感じることや思うこともあるんじゃないかと思うんです」
 
智子さんの話を聞いたとき、私は最初ぴんとこなかった。
本を手に取ったり、流し読みするだけで何かを感じたり考えたりすることがあるのだろうかと、少し不思議に思った。
しかしその後、店内を撮影しながら何気に一冊の本を手にとり(しりあがり寿氏の著書であった)、数ページめくっただけで本棚に返したのだが、その本がもつ独特の雰囲気、人の心の暗く弱い部分に光を当て、そこをえぐるような描き方が鮮烈で、脳裏にしっかりとこびりつき、ずっと離れなかった。
確かに私はその本を買わなかったが、おそらく今後は同氏の著作は今まで以上に気になるだろうし、彼が作り出すような世界感が存在するということ自体が私にとっては驚きだった。
 
「本ってすぐにアクセスできるのが魅力だと思うんです。
例えばCDだったらプレイヤーにセットして再生ボタンを押さないとどんな音楽なのかがわかりません。
でも本なら、手に取って開いたらすぐにその世界の中へ入って行けます。その手軽さが魅力だと思うんです。
例え文章を読まなかったとしても、例えば文字のフォントだったり余白部分の大きさだったりレイアウトだったりと何かしらの情報は目に入ってきますし、手に取った本を本棚に戻したとすると、その本が自分には合わないということがわかったことになりますから、文章を読まなくても関わったことにはなる。それでいいんじゃないでしょうか」
 
市場の古本屋 ウララ
首里高校の校歌が入ったソノシートのジャケットに、山之口貘の原稿が使われている。「これはオブジェとして使っていただくのがいいかも」
 
本を読むのは大変だから、めくるだけでもいい。
智子さんはそう言い切る。
 
「買わなきゃ!読まなきゃ!と思わなくていいんです。
もっと気楽に考えていただけたら。
本屋というと『本って好きじゃないからな〜』と思う人もいると思いますし、大きな本屋にいってぐったりする気持ちもわかりますが、これだけ小さい本屋だと負担にならないんじゃないかな?と。
店主の存在がストレスになる方もいると思うので、できれば私も空気みたいな存在になりたいなーと思うくらい。
例えば雑貨屋さんにふらっと立ち寄って、何も買わずに出てくることありますよね?
あんな感じでうちにも立ち寄って頂けたら嬉しい。
そのこと自体が本と関わったことになります。
それでいいんです」
 
市場の古本屋 ウララ
 
器用なタイプではないのかもしれないな、と思う。
まっすぐで嘘がなく、何に対しても誠実な姿勢がそう思わせる。
 
初老の男性が店頭で足をとめ
「萩原朔太郎の詩集に絵が入った古書はありますか?」
と尋ねた。
智子さんは迷い無く一般書スペースのある一カ所に狙いを定め、何冊かを男性に提示する。
 
最初から男性は「きっとないだろうな〜。なかなか見ない本だから」とあきらめモードだったが、智子さんが接客の手を抜くことはない。
 
取材中、ウララに郵便物が届いた。
 
市場の古本屋 ウララ
 
見たことのない冊子。
 
「個人が発行なさっている詩集です。
バックナンバーが欲しいという要望があって取り寄せました」
 
どんな希望にも全力で応える。
ひとりでも多くの人が本と良い関わりを持てるように。
 
牧志公設市場の目の前という立地。
人通りが多く、足をとめるひとは少なくない。
「こういう本だといくらで買いとってくれるの?」
「韓国語の本は売っていますか?」
と本にまつわる質問から、
「おいしいそば屋はどこ?」
「◯◯に行くにはどうしたらいい?」
と観光案内まで。
 
私が撮影用に本を選んで持ってくると
「おっ。この本いいんですよ〜。どうしてこちらを選ばれたんですか?」
と、クールな瞳の奥が輝く。
「うさこちゃんとうみ」を飽きずに読み返していたころと変わらない智子さんの本への想いが、ウララにはあふれている。
 

写真・文 CALEND編集部

 
市場の古本屋 ウララ
市場の古本屋 ウララ
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