» kitta(キッタ)自然と調和する服。地味じゃない、淡くない、絢爛たる草木染め。

 

「このワンピース、すべての海の色が入ってるみたい…」

 

吊るされたワンピースをうっとりと眺めながら、展示会場を訪れた女性が言った。
つなぎ合わされた布たちが、青から紫へと美しいグラデーションを織りなしている。

 

青や紫だけではない。そこにはたくさんの色が溢れていた。

 

大人っぽい真紅、沖縄の海を思わせるアクアマリン、桜のはなびらのようなピンク、こっくりとしたカフェオレ色…。
kitta が創りだす色の種類は、驚くほどに幅広い。
草木染めと聞くと、無意識にナチュラルで淡い色合いを想像してしまう私の目には、展示会場を埋めるさまざまな色合いが意外に映った。

 

「私は『色のひと』だから」

 

と、kitta のデザイナー・澤野由布子さんは微笑む。

 

「もともとは、化学染料や化学繊維も使って服を作っていました。
でもある日、自然豊かな場所に行く機会があって、そこに集まった人たちが着ている服に強烈な違和感を感じたんですね。
美しい自然の色合いの中で、化学的な色が浮いて見えたんです。組み合わせがすごくちぐはぐで。
もっと自然と調和できる色ってないのかな? と考えた時に思いうかんだのが、草木染めでした」

 

 

 

 

 

kitta の服は、茜やコチニール(サボテンにつく虫を乾燥させたもの)といった伝統的な染色材に加え、マングローブ・紅露・フクギなど、沖縄の植物由来の染料も数多く使用している。

 

なかでも琉球藍は、栽培から手がけるほど力を入れていると言う。

 

「本部(もとぶ)町の『比嘉琉球藍製作所』で、植え付けから染料作りまで行っています。本部町の土壌は藍の栽培に適しているそうで、昔は藍の生産地として活気があったそうです。比嘉琉球藍は、山あいの日陰という藍を育てるにはぴったりな立地条件にあり、そこには160年前から変わらない風景があります」

 

澤野さんと琉球藍の出会いは、とても運命的なものであったという。

 

「草木染めについて教えてくださった先生から、琉球藍の素晴らしい製造所があると聞き、飛んでいきました。でも、所長の比嘉さんは病に倒れていらっしゃって、お会いできない状態でした。
しかも後を継ぐ方がいないため、製造所は閉鎖する方向へと話が進んでいたんです。

 

でも、美しい藍畑や製作所のある恵まれた環境を目にし、どうにか存続のためのお手伝いをさせていただけないか、比嘉さんのご家族に頼みこみました」

 

澤野さんの熱意は伝わり、比嘉さんの長男夫婦の協力を得て琉球藍づくりを続けることになった。

 

「長男さんは昔から藍づくりを手伝っておられたので、知識も技術も豊富なんです。私たちだけでは畑を続けていくことは無理だったと思います。なんでも親身になって教えてくださるお2人には、心から感謝しています。

 

畑では年に3回、400キロもの藍の葉を刈り取ります。
それをすべて染め液にしていく作業は、骨は折れますが充実感を感じますね。この場所で琉球藍を作れること自体、なんて幸せなことだろうといつも思っています」

 

 

 

染料を作る作業だけでなく、染めの工程にも澤野さんは手間暇を惜しまない。

 

「素材にもよりますが、茜で濃い赤を染める時などには、10回以上染めています。薪の火で染料を煮だし、染めています。
草木染めは色が薄いイメージがあるかもしれませんが、考えてみると化学染料がなかった平安時代でも、十二単(ひとえ)に使われるような濃く鮮やかな色を出していたんですよね。ですから、草木染めでも色々な色が染まるはずだと思いました。

 

染めるたびに色んな染め重ねを試すのですが、掛け合わせによって意外な色が生まれたり、季節や採取場所によって色が違ったりと、植物と色はいつも新しい驚きをくれます。

 

水は、硬水と軟水を使い分けています。
というのも、沖縄に移り住んで間もないころ、染め方は変えていないのにそれまでのように色が出ず、困り果てたことがあって。沖縄は硬水、本土は軟水が主流ですから、試しに軟水を取り寄せて染めてみたんです。するとバッチリ色が出て。
土地によって流れる水は違いますから、その植物が生息する地と同じ水を使わないといけないんですね。沖縄に来て、初めてそのことに気付きました」

 

また、染料を布に定着させるための作業である「媒染(ばいせん)」にも、澤野さんならではこだわりが隠されている。

 

 

「草木染めは色落ちしやすいので、みょうばんや鉄などの媒染剤を煮て作った媒染液に布を浸すんです。すると、媒染剤の主成分である金属イオンのはたらきによって、染料が繊維に定着するんですね。

 

一般的には染めたあとに行う『後媒染』が多いのですが、私は染める前に『先媒染』も行います。
そうすることで、繊維がより効率的に染料を吸収するんです。

 

先媒染してもすぐには染めず、しばらく干しておきます。だいたい1ヶ月くらいですね。この工程を話すと、みなさんびっくりなさいます。
でも、長期間干しておくことによって、繊維に定着した染料成分が均等に並ぶので、堅牢度(染め物の退色や変色に対する抵抗性)が高まり、色落ちしにくくなるんですよ。
色落ちしにくいということは、長く使えるということにもなりますよね。

 

『草木染めに使う植物は限りある自然物なので、素材は無駄なく使う。
堅牢度を高め、長く使えるものを作る。
そのためには、時間と手間を惜しまない』

 

いずれも、染織家であり藍研究者でもある角寿子(すみ ひさこ)さんから学んだことです」

 

澤野さんは東京で暮らしていたころ、角さんが主宰する染織の講座に1年間通っていた。

 

「それまで私は、本をたよりに独学で染めていたのですが、角さんの講座は染色にまつわる慣例を問い直すような内容も多く、とても勉強になりました。
伝統的な染めの作業工程を科学的に分析してみると、意外と無駄な行程が含まれていることもあり、どうすればより効率よく染めることができるかということも学ぶことができました」

 

 

kitta の服が多くの人に愛される理由は、草木染めの魅力だけではない。

 

「ほとんどの衣類を、ひもや巻き方でサイズ調整できるように作っています。
体型は年とともに変わりますし、妊娠したときにもわざわざマタニティウェアを買わなく済みますから。

 

また、染め直しも承っています。
いくら堅牢度が高いといっても、やはり少しずつ色は変わっていきますので。
ご相談いただければ、まったく別の色味に染め直すこともできますよ」

 

kitta の服は、毎日のくらしに適した「ヒビの衣」と、ちょっとおめかししたい日の「ハレの衣」をテーマに作られている。
いずれも、着るというより「纏う(まとう)」という方がしっくりとくるデザインばかりだ。

 

「日本の昔ながらの労働着や、世界中の民族衣装が大好きです。
ストッキングやハイヒールの靴に似合う、西洋のタイトな服も素敵だと思います。
でも私は、自然の中でもゆったりとリラックスできるような服や、働きやすい服。そんな服をまとうおおらかなな女性の美しさに惹かれるんです」

 

 

 

学生の頃から独学で服づくりを楽しんでいたという澤野さんは、祖母からの影響を多分に受けていると言う。

 

「祖母は和裁・洋裁ともに達者な人でしたね。
幼いころの私の一番の楽しみは、祖母と一緒に生地屋さんに出向いて好きな布地を選ぶことでした。その布を使って祖母が服を作ってくれるからです。

 

祖母の影響からか、高校時代には自分でも服を作るようになりました。古くなった服をほどいて型紙を作ったり、自分なりにアレンジしたり。そういう時間がとても楽しかったんです」

 

澤野さんが作る服は評判がよく、徐々に友人たちからも注文が入るようになった。
十代の終わり頃には、店に卸すようになっていたという。
 

 

「でも、当初作っていた服の雰囲気は、今とはまったく違いましたよ。
クラブカルチャーにはまっていたころは、真っ黄色のフェイクファーのパンツとか、ラメのタンクトップとか作っていましたから(笑)。
その後、徐々に食も服も音楽もオーガニックな方向にシフトしていったんです。オレゴンのヒッピーの子たちが作る服に影響を受けて、パッチワークのワンピースを作りはじめたのが今の kitta の原型かな。
 

 

色が好きなのは昔から一緒。既成の布では物足りなくなって 自分で染色をはじめました。
簡単に染められるので最初は化学染料を使ってみたのですが、染色時の廃水が地球を汚しているんじゃないかと、なんとなく気になったんです」

 

1997年頃、澤野さんは山梨県道志村で行われた音楽イベントに参加した。
会場は豊かな自然に囲まれた場所にあり、来場者たちが身につけている服の色合いが自然の中で浮いて見えたと言う。
それがきっかけとなって、澤野さんは自然と調和できる服を作るべく、草木染めを始めることにしたのだ。

 

 

2011年の震災を機に澤野さんは沖縄へ移住、琉球藍との出会いも果たし、草木染めの道をさらに深めていった。
今は、多くの人に草木染めの魅力を知ってほしいと語る。

 

「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねず)という、江戸時代から伝わる言葉が大好きなんです。
江戸時代後期、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)といういわゆる贅沢禁止令が発令されました。当時はどんな身分であっても、茶色やねずみ色の地味な着物しか着ることが許されなかったそうです。
そこで庶民はおしゃれを楽しむために、48色の茶色と100色ものねずみ色を生み出したと言うんですよ。一言に茶色、ねずみ色と言っても、それだけ沢山のバリエーションを生み出すことができる感性は、日本人独特なものだと思います。

 

自然界は季節ごとに実に様々な色を見せてくれます。
日本の四季の色を自分の内に蓄えながら、沖縄の光や花・果実の色に囲まれていられるのはとても幸せなことです。
沖縄の人はもちろん、これからは海外の人にも草木染めを通して自然の色の豊かさをより感じてもらえるような仕事ができたら、と思っています」

 

 

kitta の布たちを見るときの気持ちは、ふと気を抜いて景色を眺めるときと似ている。

 

家の窓にぼんやりとうつる、雨の日の少しくすんだ空の色。
子どものころ、太陽の強い光のなかで見た花や草や虫の色。

 

自然のなかの沢山の名前のない色たちが、kitta の服にはある。
手にとって身にまとうと、知らないうちに素の自分に戻っている。
自然ともっと近かった頃の自分に。

 

写真 中井雅代/文 本岡夏実

 

kitta(キッタ)
HP http://www.kitta-sawa.com
ブログ http://sawakitta.jugem.jp