Le Petit Fujii (プティ・フジイ)コンセプトは“小ささ” 少しずつ色んなものが食べたい女性のための本格フレンチ

メゾンドフジイ

 

「隣の1号店が特別な日なら、こちらの2号店は日常です。この店のコンセプトは、店名にPetitと付けたように“小ささ”。前菜などなるべく小さく小さく作って、ちょっとずつ色々食べたいという女性のための、気軽なお店です」

 

1号店Maison de Fujii(メゾン・ド・フジイ)の隣にオープンしたばかりの新店Le Petit Fujii (プティ・フジイ)のコンセプトをこう話すのは、まだ若きオーナーシェフの藤井隆一さんだ。

 

扉を開けてまず目に入るのは、ケーキ屋さんのようなショーケース。その中には、プチガトーのような可愛らしく美しい前菜が整然と並んでいる。女子ならその姿に目を奪われ、気軽にいくつも選んでしまうだろう。

 

価格が手頃なのも嬉しいところ。しかし、手頃だからといって侮るなかれ。味はもちろん本格的だ。今や沖縄だけでなく本土からも客が押し寄せ、マダムたちを虜にしていると評判の、メゾン・ド・フジイのシェフ藤井さんが一人で全てを作っているのだから。

 

メゾンドフジイ

 

メゾンドフジイ

 

プティ・フジイと、メゾン・ド・フジイは、入り口は別々であるが、中では繋がっていて、厨房は1つだ。プティ・フジイでは、メゾン・ド・フジイのスペシャリテ“野菜と魚介のゼリー寄せ”も注文することができる。色鮮やかに輝きを放つ野菜や魚介が美しく並べられた、まるで絵画のような一品だ。

 

メゾンドフジイ

 

「この一皿には、12種類くらいの野菜が入っています。一つひとつ別々に蒸したり茹でたりして、最適な火の通し方で作っています」

 

様々な野菜が生き生きと存在を主張するが、どれも硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な加減で火が入れられていて、歯ごたえにばらつきがない。驚いたのは、火が入っているのに、生で食べたときのような素材の瑞々しさを感じることだ。そしてソースの美味しさも格別である。バジルとトマトのソースが爽やかでかつコクもあって、パンにつけて最後まで味わい尽くしたくなる。

 

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ソースがたまらなく美味しいのは、ブイヤベースも同じ。これだけ具材がたっぷりと入っていればそれらから美味しいスープが十分に出るだろうに、このスープは具材だけからのものではない。別でスープをとっているのだ。魚介の濃厚な旨味が、これ以上ないほどにぎゅぎゅぎゅっと詰まっている。これも間違いなくパンを追加オーダーだ。

 

一つひとつが丁寧で細やかに作られた料理。藤井さんの料理は、重厚なソースが特徴のフランス料理とは違う。これだけ印象に残るソースだけど、それはあくまでも素材の味を引き立てるためのもの。なんといっても素材そのものの味が鮮度を以って訴えかけてくるのである。

 

その理由は、藤井さんが素材ととことん向き合っていることにある。

 

「人参一つとっても、この人参がどれだけの甘みを持っているか、その食材を尊重して、そのいいところをなるべく引っ張ってあげたい。だから1本1本の人参で作り方が変わってくるし、切り方や茹で時間も全部変わってくる。そんな風なんで僕の店ではレシピみたいなのはほぼ存在しないんです」

 

食材ととことん向き合って、妥協なく調理法を選択する。その姿勢は、もちろん野菜に対してだけでない。藤井さんの料理で特に評価が高いフォアグラ料理もしかりだ。

 

「フォアグラは鴨とガチョウがあるんですけど、僕が使うのはガチョウのみ。ガチョウのフォアグラは大きいものだと900グラムくらいあるんですけど、僕は、650から750グラムまでと指定して仕入れています。僕がフォアグラと向き合った中で、一番ストレスをかけない料理法を選択したところ、この料理法に合うのは、ガチョウでその中でもこの大きさ。これは僕の経験からです。脂の質ときめの細かさ、焼いたときにあんまり脂が抜けずに、かといってしつこすぎない。よく結婚式とかで、へこんでて脂が抜けちゃってるのが出てくるけど(笑)、僕のフォアグラは、弾力があって、ぶりっとした食感ですよ」

 

メゾンドフジイ

 

ストイックなほど真剣に、目の前の一皿に取り組む藤井さん。仕事への取り組み方が変わったのは、料理人以外はできないと悟るに至る出来事があってからだ。

 

「僕、この仕事を一度だけ辞めようとしたことがあるんです。というか辞めざるを得ない状況になったというか。それは家族ができたときで。若い時は収入面がどうしても厳しくて、違う職業やらなきゃいけないなって。それで、給料だけで営業の仕事を選んで、面接行って受かって、じゃ来月から来て下さいってなって。でもその2,3日前になったら、怖くて怖くて。僕は料理しか知らないし、全く違う世界に入って、もう一度最初から新しいことをやり直す勇気がなかったんです」

 

藤井さんは、好きで料理の道に入ったのではないという。父も兄も料理人で、料理人以外の道を志すことが許されなかったそうだ。夢を諦めて料理の世界に入り後悔したこともあったというが、この一件で自分にはこの道以外はないと悟った。

 

「そこから変わりました。後がない状況だったし、もうこれに食らいつくしかないんだって。お金を稼ぐためにとにかくいっぱい仕事をしなくちゃと、早朝と休みの日にもアルバイト入れて。その中で人脈も増えていって、僕のそういう状況を知ってるシェフが、うちに手伝いに来なさいって。週1でアルバイトなんて来られても迷惑なはずなのに、来たからには勉強していけよって普段やらない仕事を教えてもらったりしたんです」

 

そんな必死の日々の中、藤井さんに大きな影響を与えた人物に出会った。

 

「『どうせやるんだったらうちにちゃんと来なさい』って言ってくれるシェフがいたんです。『僕がお前を25歳までに料理長にしてあげる』っておっしゃってくださった。彼自身、自分の仕事についてくる厳しさを知っていたから、3年ついて来れるんだったら、その道を作ってあげるよってことでした」

 

それから藤井さんは、毎日怒鳴られ冷蔵室の中で悔し涙を流しながらも、必死に食らいついた。怒られるのは課題をもらったということ、同じ失敗はしないようにと、原因を考えては対策を練る日々。その努力の甲斐あって、藤井さんは、師匠が言った通り25歳になるちょっと前に他店の料理長に就任した。24歳での料理長就任は、働いていた神奈川県の最年少記録だった。

 

「僕の原点は、茅ヶ崎にあるあのお店です。料理に関しての僕のベースは全て彼にあるんです。そのシェフは、汚いところも包み隠さず、全てさらけ出して見せてくれた。人間的には残念なところもあって(笑)。僕は、そのシェフのことが大っ嫌いであり、大好きです。もう一回仕事を一緒にしたいかと問われれば、断りますけどね(笑)。でも頭はあがらないではありますね」

 

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厳しかったが仕事の楽しさを教えてくれたのも、その店だった。料理長以下のコックは普通客の目に入らない裏方で仕事をする。藤井さんもずっと裏方で仕事をしていたが、その店はカウンターの造りで、客の反応をダイレクトに感じることができた。自分の目の前で客が本当に美味しいと言ってくれた時は、震えるほど嬉しかったそうだ。

 

「だからその店と同じ厨房の形を、メゾン・ド・フジイにも作ったんです。一番働きやすい場所だったから。一度は辞めようとして戻ったタイミングで仕事の面白さを知ることができた。あの店で働けたことは本当に僕の財産です」

 

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色々な人に支えられて、今の僕があるという藤井さん。師匠が料理長への道を作ってくれたように、今度は自分が若い人に道を作ってあげる番だと言う。

 

「実は、このお店のコンセプトは、彼女がそうしたいって言ったものなんです。この店は彼女のために作ったようなものです」

 

彼女とは、プティ・フジイの店長でソムリエの、川上笑子さんのことだ。

 

「彼女は、これまで一所懸命やってくれて、努力してソムリエの資格もとった。努力をした人間にはその努力を花開かせる場所を作ってあげないと。僕の場合も、僕の努力を見た人が料理長に推薦してくれたわけで。2号店をやるのは、これまで僕がお世話になった人への恩返しでもありますね」

 

茅ヶ崎時代、食べられない稼ぎの藤井さんを支えたシェフや、料理長に育ててくれたシェフ、また沖縄に来てからメゾン・ド・フジイを一緒に頑張ってきたスタッフ。これまで支えてきてくれた多くの人への恩返しの店が、ここプティ・フジイなのである。

 

メゾンドフジイ

 

「ここのスタッフは僕の宝ですよ。僕は、お客様に最高のタイミングで料理を食べてほしくて。だから、スタッフには、お客様の様子を事細かに全部報告させるんです。『皿の半分まで食べました』『3分の1まで食べました』とか、ワインを頼まれたら食べる速度が遅くなるんで、『ワインを頼まれました、このワインです』っていうようなことを。もう10秒20秒くらいの単位で。そんなんが原因でいつもスタッフと大ゲンカになりますよ。たった一皿を出すことにああじゃない、こうじゃないと夜中の3時まで話し合ったりする。でもそれが楽しいではありますね。だからこそいいものが生まれるし。みんな気が強いんですけど(笑)、プロ意識が高くて、全てはお客様のためということは共通してるから嫌なケンカにはならない。僕がこうしようって言ったときに、『そうですね』だけじゃ僕の視野からしか物事を見れないですからね。だから彼女達からも、ものすごく刺激を受けてます。沖縄に来てこういう環境を作れたのは、幸せだなあと思いますね」

 

お客のためにどこまで考えて行動できるか。これが藤井さんの仕事という。将来的には、お客の数を絞って、メニューのない、その日のそのお客のためだけに、料理を作っていきたいのだそうだ。

 

「メゾン・ド・フジイでコースを全部おまかせにしてるのは、お客様の年齢であったり、県内の方か県外からの方か、暑そうにして店に入ってらっしゃるのかそうじゃないのか、その日の気温や湿度なんかで柔軟に内容を変えるからです。その究極の形の店をいつかやりたいですね」

 

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新しい料理を作ったときは必ず、藤井さんは“自分の料理”になっているかを自身に問う。

 

「24歳で料理長になって、僕の料理を他のシェフに食べてもらったとき、その師匠の料理みたいだねと言われて。それがすごいショックだったんです。僕もまだまだだなと。それからは、物真似で終わりたくないと、自分らしい料理というものをすごく考えるようになりました。僕のアイデンティティを取り入れた、僕らしい料理を作っていきたいんです」

 

藤井さんの言う、料理に取り入れるアイデンティティには、自身のルーツも含まれる。

 

「僕、料理長になってからも、自分に足りないものがあるんじゃないかと思って、フランスでも修業したんです。その時フランス人との考え方の違いから、自分が日本人であることを痛感しました。沖縄に来てからは、どこの出身かってよく聞かれるようになって。それもあって、出身地の長野を強く意識するようになりました。自分の故郷を離れれば離れるほど、自分のアイデンティティを強く感じるんです。今は長野の食材が恋しいです。若いときは自分の出身地に対する誇りみたいなの全くなかったのに、不思議なものですね。そういうこともあって、この店ではガレットに取り組もうと思ってるんです。長野のそば粉を使ってね」

 

藤井さんの父親は、長野では有名な山菜採り名人だ。家に帰るといつも、バケツ5,6杯ものきのこがあった。藤井さんの脳裏には今でもその光景がくっきりと焼き付いているという。

 

長野への誇りと郷愁にも似た気持ちが、他の誰でもない藤井さんの料理として、一皿に表現される日も近い。

 

文 田中えり

 

メゾンドフジイ
Le Petit Fujii(プティ・フジイ)
那覇市久茂地2-10-19・1F
098-862-0312
18:30~23:00(22:00LO)
金・土のみ ~25:00(24:00LO)
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