松そば意外で絶妙な組み合わせ、とまとベースの創作沖縄そば。

松そば

 

とまと味の沖縄そばと聞くと、うちなんちゅなら思わず「え?」と眉をひそめてしまうかもしれない。
しかし一口食べれば、そのおいしさに眉間がぱっと開くだろう。
トマト味のスープが、沖縄そばにこんなに合うなんて!
ほのかな辛味とコクのあるスープは、一般的な沖縄そばのスープとはまったく異なる方法で作っていると、店主・赤嶺松哉(まつや)さんは言う。

 

「普通は豚やかつおなどからとった出汁に、塩やしょうゆなどの味付けをします。
しかし、僕は出汁には一切味をつけません。
別に作っているペーストを出汁と混ぜてスープを作るんです。

 

一般的な沖縄そばの店は、味付きの出汁を寸胴に入れ、開店中は常に温めています。そうすると徐々に酸化が進み、午前と午後とではスープの味が変わってしまうこともあるんですよ。
でも当店では、味つけをしていない出汁を冷蔵庫で保存し、注文を受けてから小鍋に移して火にかけ、オリジナルのペーストと混ぜてスープを作っているんです」

 

また、そば1杯に対してペーストの量は36ccと細かく定め、複数のオーダーが入っても一度に温めるのは2食分のスープまで。いずれも、一日を通じて味のバランスを変えないためのこだわりだ。

 

「大盛りや子ども用のそばがないのも同じ理由。
出汁もペーストも麺の太さや密度、1食分の量に合わせて作っているので、スープと麺の量の比率が変わるメニューはご用意してないんです」

 

すっきりしているのに味わいが奥深い。スープのおいしさの秘密は、出汁+ペーストという独特な作り方と、「舌が敏感なんです」と笑う赤嶺さんの味へのこだわりにあった。

 

松そば
「ごまそば」は白ごまの濃厚な風味が決め手。ペーストを作る際はごまを練ることから始まり、完成まで3~4時間かかる。「東京で初めて食べた担々麺がおいしくて、沖縄そばの麺にも合うんじゃないかな?と」

 

松そば
定番の「そば」も一風変わったビジュアル

 

メニューには、そば・とまとそば・ごまそばの3種類があるが、出汁はすべて同じで、ペーストで味に変化をつけている。

 

「レシピは少しずつ改良を重ねて完成させましたが、旬の素材を使って限定メニューを作ることもあります。
例えばとまとそばのペーストに、ドライトマトをミキサーで細かくして入れることもあるんです。原価は高くなりますが、味に深みが出るし色もより赤くなります。
メニューには3種類しか載せていませんが、ペーストのレシピは20種類を超えています。味噌が3種類、トマト味も3種類、黒ごま味、とんこつ味…まだまだ色々あるんですよ」

 

スープのベースとなる出汁のひき方も、幾度もの改良を経て今の方法にたどりついたと言う。

 

「今はシンプルに豚肉と玉ねぎでとっています。
以前は鶏ガラ・もみじ(鶏の足)・しょうが・ねぎと様々な食材を入れていました。試行錯誤して色々入れると、確かに複雑な味にはなるんです。でも、それがおいしいかと問われると疑問が残る。
味が複雑になり出汁が濃くなっていくと、舌が麻痺しておいしさが判断できなくなってしまう。
そこで、少しずつ引き算していくことにしたんです。そうやって残った素材が、豚肉と玉ねぎ。
あっさりとしていますが、コクのある出汁になったと思います」

 

運ばれてきたそばの見た目も、独特で目をひく。
スープに浮かんでいるのはソーキでも三枚肉でもなく、大きなチャーシューだ。

 

「豚の肩ロースで作っています。
もともと僕はラーメン店で修業していたので、その影響が大きいですね。
今もラーメンの生麺を本土から空輸で取り寄せ、常連さんにだけ裏メニューとしてラーメンを出すこともあるんですよ」

 

松そば

 

松そば

 

松そば

 

昔から音楽が好きで、高校時代にバンド活動にのめりこんでいた赤嶺さんは、プロのギタリストを目指していたと言う。

 

「バンドのオーディションに参加し、3次予選まで進みましたが決勝で負けちゃって。バンドはきっぱりと解散、メンバーたちはみな大学進学や就職など新たな道を歩み始めましたが、僕はなかなか夢があきらめきれなかったんです」

 

歯科技工士をしていた兄を手伝いながら音楽を続けていた赤嶺さんは、次第にジャズへと惹かれていった。

 

「ジャズには理論があるのですが、それを学ぶために本土で先生につきたいと考えました。当時すでに27歳、結婚して子どももいたので周囲には反対されましたが、妻に背中を押されて本土へ移り住むことにしたんです」

 

神奈川で働きながら音楽の勉強を続けていると、時に故郷の味を懐かしく思い出すことがあったと言う。

 

「やっぱり沖縄そばが食べたくなるんですよね。
でも、当時は沖縄料理が食べられる店が本土にはほとんどなくて。しょうがないから沖縄そばに近いラーメンが食べられる店に通うようになりました。
そうしたら、しばらくするうちにラーメンの方にハマっちゃって(笑)。毎週末、色々な店のラーメンを食べましたよ。有名店は制覇したと思います」

 

やがてラーメン店で働くようになった赤嶺さんは、自分でもスープを作ってみようとチャレンジするようになった。

 

「アルバイトの身分だったので、作り方やレシピなんて教えてもらえない。だから大体の作り方を見て覚え、休みの日に市場で材料をそろえて自分なりに作ってみるんです。それが、最初のうちはまったく美味しくなくてねぇ(笑)。
試行錯誤を繰り返して少しずつおいしくなっていった、という感じでした」

 

赤嶺さんはもともと、ある理由から味覚には自信があったと言う。

 

「両親は昔から、化学調味料を一切使わずに料理していました。母だけでなく父も料理好き。スパイスから作る父のカレーはとてもおいしかったですね。
そういう両親の元で育ったので、味には敏感な方だと思います。化学調味料の入った物を食べると僕は舌がぴりぴりするし、姉はアレルギーが出る。家族みな、ほとんど外食はしないですね。兄も姉も僕より料理上手ですよ」

 

生まれ持った味覚の鋭さを生かしてオリジナルのスープを完成させた赤嶺さんは、2年ほどラーメン店に勤めたあと、自身の店を開くために沖縄へ戻ることを決意した。その頃にはすでに、音楽への思いを上回るほどラーメンにのめりこんでいたと言う。

 

「僕は1つのことしかできないタイプなんです。沖縄に帰ったら音楽で食っていくことは難しいし、音楽業界の壁の高さも思い知っていました。オリジナルのスープを使って沖縄そばの店を出そうと、メニューも決めてから沖縄に戻りました」

 

沖縄に戻ると麺探しを開始、各地の製麺所を回った。

 

「ペーストに合う麺というのが条件でした。一般的な沖縄そばの麺だと生地の密度が高く硬すぎるので、某製麺所にお願いして特別な麺を卸してもらうことになりました」

 

松そば

 

松そば

 

松そば

 

那覇に6坪の小さな店を出したが、祖父の家を守るべく2年後に南風原に転居、店も自宅で開くことにした。

 

「大工の棟梁だった祖父が建てた家は、一般的な沖縄の古民家とは雰囲気が異なり、瓦も使っていないし間取りも一風変わっています。建設当時、うちを見た周囲の人はみな目を丸くしたそうです」

 

築60年の趣きのある家屋が建っているのは、300年前からある土地。門から続く石畳に使われている石は、首里の石畳のそれと同じものだと言う。

 

「歴史があるだけでなく、この家で暮らした父やおじ・おばたちにとっては思い出の詰まった場所。人が住まない家はどんどん朽ちていきますから、僕らが住んで守ることになったんです」

 

南風原のすーじぐゎー(細い道)にある家屋は、庭に生い茂る沢山の木々に囲まれているため、道路から店の様子を伺い知ることはできない。
石畳を進むと現れる雰囲気満点の古民家は、まさに隠れ家。創作沖縄そばを味わう空間としても最高の場所だ。

 

松そば

 

数年前、赤嶺さんは体調を崩し、1年以上店をしめて休養していた。
体調を整えるためにそれまで大好きだった酒をやめ、2012年12月に店を再開した。

 

「酒をやめたことで味覚がさらに鋭くなりました。たばこと同じように、それまではアルコールのせいで舌が少し麻痺していたのかもしれません。
禁酒してから味に対して一層敏感になり、スープもよりあっさりした味わいに変えました」

 

 

赤嶺さんはとても几帳面なひとだ。
家屋や庭は隅々まで手入れが行き届き、広々としたキッチンも一点のくもりもなく磨き上げられている。
「このひとは潔癖性だから。毎日掃除せずにはいられない性質(たち)なんですよ」と、奥さんはあきらめたように笑う。

 

その几帳面さが、赤嶺さんの作る沖縄そばにもありありと表れている。
細やかな心配りが各所に発揮されている沖縄そば屋。
味の良さと居心地の良さ、そのどちらにも満足するに違いない。

 

写真・文 中井 雅代

 

松そば
松そば
南風原町宮平87
098-889-4929
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11:30ごろ~15:00ごろ
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