» ペーチン屋冷やして食べてもおいしい。曾祖母から受け継ぐ「天妃前(てんぴぬめー)まんじゅう」

ペーチン屋

 

「うちのまんじゅうは冷やして食べても美味しいんですよ。昔は那覇で買う手土産だったようで、遠くまで持ち帰って冷めてしまっても美味しく食べられるよう、製法もよく考えて作られているんです。戦前は当店作りたてのまんじゅうが天妃宮まで運ばれてくるのを待ちきれず、当時工場のあった垣花まで買いにきていた人もいたそう。先日、そんな話をご年配のお客様から伺いました」

 

のーまんじゅう、山城(やまぐすく)まんじゅうとならんで沖縄の三大まんじゅうに数えられる天妃前(てんぴぬめー)まんじゅう。はったい粉(麦を煎った粉、ユーヌクとも呼ばれる)と黒糖で作る餡を小麦粉で作った薄い皮で包み、月頭の葉と蒸しあげる。その名は戦前、久米村(=現在の那覇市久米)の天妃宮(てんぴぐう)前で販売されていたことに由来し、当時同様の場所で売られていたまんじゅうの総称だと言われる。

 

中の餡がすけて見えるほど薄い皮につつまれたユーヌクは、さっぱりとした甘みが特長。ぷるんと弾力がありクセのない薄皮との相性も抜群だ。

 

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祖母の代から変わらない包装紙。「『そうそう、この包装紙につつまれたまんじゅうを探してたのよ』とおっしゃる方も」

 

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月桃の葉がほのかに香る

 

創業100年近いペーチン屋をきりもりするのは上原智美さん。戦前に店を始めた初代は智美さんの母、日見子(あけみ)さんの祖母にあたる。夫の稼ぎに頼らず手に職をつけたいという思いから、曾祖母はまんじゅう屋を始めたという。

 

「とても気丈な女性だったと聞いています。曾祖母の娘である祖母も明るく元気な人だったので、わかる気がします」

 

祖母もまた、女手一人で子どもを育てた人だった。戦後まもない頃は、まんじゅうの製造販売だけで生活するには厳しい時代。商店を開いて雑貨を販売したり、貸しボート屋を経営するなどして生計を立てていたが、やがてスーパーマーケットが街を席巻するようになり、商店の経営にも暗雲が立ちこめ始めた。

 

「商店をやっていたときも『まんじゅうはないのー?』と尋ねにくるお客様が多かったんです。こんなにうちのまんじゅうを愛してくれているお客様がいるならやっぱりまんじゅう屋をやろうと、祖母と母で再度店を構えました。曾祖母が作っていたおまんじゅうというのを当時の人に分かるように、曾祖母の屋号であるペーチン(親雲人)から名前をとり店の名前にしたと聞いています」

 

母親が祖母とともに切り盛りする店を、智美さんや弟、妹も自然に手伝っていたという。

 

「祖母も母も『跡を継ぎなさい』とは一度も言いませんでしたから、自分でも跡を継ぐことを意識したことはほとんどなかったんです。単なるお手伝いという感じで。
でも、母が病気になってしまって」

 

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看病しながら店をきりもりする日々が続いたが、15年前に母親が亡くなった。

 

「私が27歳のときでした。母は急に病を得て亡くなったので、本人もまだ私たちに後を継がせる準備もしていなかった。最後まで『(寝たきりだった)おばあちゃんをみながら私ががんばるから』と言っていたんです。その母が亡くなってしまって。でも、それからしばらくして姉弟で天妃前まんじゅうを作ってみると、意外にもスムーズに作れたんです。それまでの母の手伝わせ方がよかったんですね。普段から姉弟3人それぞれに役割分担させていたんですよ。弟はあんこ、妹は成型、私はがわを作ったり全体のバランスをみたり。3人で協力し合う事で一つのまんじゅうを作る事ができました」

 

曾祖母、祖母、母親と、図らずも長女が受け継ぎ続けているペーチン屋。智美さんはそのまんじゅう屋の4代目となったが、27歳という若きオーナーに対し、その実力を疑う声も最初はあがっていたという。

 

「私が店頭に立っているのを見て、『あなたたちが作っているの? 大丈夫ね?』『おいしいの?』と言われることも最初は多かったです。まんじゅうの世界は70〜80歳で一人前という考えですから。今もまだ若いとは言われますが、味についてはご納得いただけているように感じますし、『がんばってよ!』と応援して頂くことも増えました。私も30年ほどまんじゅうを作っていますので、それなりの経験や技術は備わっていると思っています」

 

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2年前、約10ヶ月かけて店を改装した際、店を閉めていた期間を利用して、智美さんと妹の佑子さんは新商品の開発を行った。

 

「祖母が店をやっていたころは他にもメニューがあったそうなんです。お客様や親戚から『あなたのおばあちゃんが作るくずもちは弾力があって美味しかったのよ』という話も度々きいていたので、なんとか工夫して作れないかな? と」

 

小さいころから料理が好きで、お菓子作りも得意な佑子さんの出番となった。

 

「祖母は店を再開させる前から、『甘いものが食べたいね?』と言っては私たちにまんじゅうやお菓子を作ってくれていました。その味を再現できないかと」

 

タピオカを入れてよく練ることで弾力を出す。本葛ではなく、沖縄式の芋葛を使用する。黒糖をふんだんに使って生地に甘みを出す。

 

何度も失敗しながら試行錯誤をくりかえし、自信を持って発売できる商品が完成。その美味しさからリピーターとなる人が多く、すぐに人気商品となった。

 

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イートインメニュー「きなっぺアイス」。「国産の上質なきなこと沖縄産黒糖を使用した黒蜜をたっぷりかけています」。紅イモ・抹茶・白玉の団子を添えて。「おじいちゃんはまんじゅう、お孫さんはきなっぺアイスというご注文もよくいただきます」

 

 

店舗建て替えの際、店内にイートインスペースを設けた。

 

「母が店をやっていた時は店内で食べられるスペースがあったんですよ。だからたぶん、母はみんなが集まる場所を作りたかったんじゃないかな? と思って。その願いを叶えてあげたかったんです」

 

100年近く続く老舗だけあり、客層も年齢層も幅広い。

 

「若い女性だけでなく、お孫さんと一緒に食べて行かれるご年配の方も多くて。逆にお孫さんが好きでおじいちゃんやおばあちゃんを連れていらしたり。そういう姿を見るとすごく微笑ましいですし、小さいお孫さんがおいしそうに召し上がっている姿をみると、受け継いできた店の歴史を感じますし、続けてきた意味があるんだなーと嬉しくなります」

 

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「これからは、当店にいらっしゃることができないお客様にお届けする方法を考えようと思っています。昔からの味をそのままお伝えしたいので、保存料などを使って日持ちさせるのではなく、例えば真空パックとか…。受け継いだ製法を守ることは大前提だと考えていますので。

 

また、くずもちは祖母が作っていたという歴史があったので頑張って商品化しましたが、なんの土台もなくゼロから新商品を作ることは考えていません。伝統を守りつつ、今のお客様のニーズにおこたえし、欲しいと思って頂いているものをお作りしたいと思っています」

 

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ずっと5個セットで販売していた天妃前まんじゅうの単品販売を始めた。
「5個入りだと一人では食べきれないというお客様がいらしたので。単価は少しあがってしまうのですが…」と、心から申し訳ないという様子で120円の値札を指す智美さん。
ペーチン屋のまんじゅうが愛され続けてきた理由は、その確かな技術と味以外にもあるのだろうと感じた。

 

最初は「姉弟の誰が欠けてもできなかった」という天妃前まんじゅう。今はそれぞれがどの工程もこなせるようになったが、それでもやはり3人で作り続ける。老舗の味とこころを伝えるために。

 

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那覇市泉崎2-10-14
098-832-0912(電話注文承ります)
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