rat & sheep(ラット&シープ)ソースに頼らないこだわりの洋食アレンジで、沖縄食材のおいしさを再確認。

rat and sheep

 

県産やぎと豚のあいびき肉を使用した、その名も「ピンザハンバーグ」。ピンザとは宮古島の方言でやぎのこと。オープン当初からある看板メニューだ。

 

「やぎ汁」や「やぎ刺し」といった一般的なやぎ肉のメニューは、その独特な臭みからうちなーんちゅの間でも好みが分かれるが、ピンザハンバーグで初めてやぎを食した人は、やぎ肉の大きな特長の一つが臭みであるとは思いもよらないだろう。

 

じゅわっとしたたる肉汁にも、弾力のある肉にも、臭みはまったくと言っていいほど感じられない。こりこりとした歯応えも絶妙で、奥深い旨味はやはり一般的なハンバーグとは一線を画している。

 

「フライパンで焼きながらこまめに肉汁を取り除くことで、だいぶ臭みが消えるんです。また、やぎ肉の皮もミンチにしているのでほどよい歯応えとコクが出ます。ピンザハンバーグを定番メニューにしたのは、当店ならではの特色あるメニューを、と思ったのが理由の一つ」

 

オーナーの平良淳さんは、もう一つの理由を次のように語る。

 

「沖縄では昔からやぎを食す文化があって、自宅で飼っているところも少なくない。うちの祖父も飼っていました。雑草だけでも十分育つことから貧しい時代にも飼いやすかったようです。家の完成祝いにヒージャー汁をふるまったりと昔はうちなんちゅの生活に密着した食べ物でしたが、今の若いひとたちの間ではやぎ離れが進んでいますよね。その原因の一つはアレンジが限られていることじゃないかと思ったんです。そこで、ヒージャー汁ややぎ刺しだけでなく、どうにか洋風にアレンジできないかな?と考えました」

 

最初はラムチョップの要領で焼くことも考えたが、県産やぎは痩せている上に脂身が多く、チョップには向かなかった。

 

「そこでハンバーグを思いついたんです。日本人にも馴染み深い洋食メニューなので、やぎ肉に興味のある観光客の方も試しやすい。このハンバーグが入り口になれたらと」

 

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平良さんは自身の肩書きをたずねられることが多い。

 

「本職は飲食店? それともカメラ?」

 

rat & sheepのオーナーとして、また写真家としても忙しく過ごす平良さんだが、学生時代にはそのどちらも人生の選択肢としては浮かんでいなかった。

 

「中学、高校ではサッカーに夢中だったのですが、体をいためて続けられなくなったんです。最初は悩みましたがうまい人は他にも沢山いる、他の道を探そうと、高校卒業後は大阪外国語大学のモンゴル語科に進みました。語学の中でもメジャーではなく、いったいどんな言葉がイメージがつかない言語が良くて」

 

一人暮らしをきっかけに自炊するようになり、それまでしたことのない料理の楽しさを知った平良さんは、在学中、様々な飲食店でアルバイトを経験した。

 

「特に料理が自分に向いているとは思いませんでしたが、楽しかったんです。目の前に食材があって、それが人の手を経て変わっていくというプロセスが好き。同じ食材でもさまざまな料理に変身するでしょう? 例えばトマトがトマトソースになったりカプレーゼになったり、中華なら炒め物になったり、和食だとまた別のものに。人の創造性によってさまざまなメニューに変わるところが興味深いと感じたんです。だってトマトをただ摂取しようとするならそのままかじればいいだけの話。それをこんなに多様に変化させて、しかも飲食店ともなると自分だけじゃなく人に味わってもらって喜ぶ世界ですから、これは面白いなぁと」

 

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もちっとした食感がクセになる手づくりのパンも人気

 

ラーメン屋から始まり、イタリアンレストラン、フレンチレストラン、寿司屋、日本料理店、うどん屋と、ジャンルを問わず色々な店でアルバイトを経験したが、その時もこれを生業としようとは考えていなかったと言う。

 

「料理人を目指していたわけじゃなかったんです。ただ、色んな国の人たちが考え出した料理を知りたい、食べてみたい、それだけ」

 

それにしても、高校まで料理をしたことがなかったという平良さんが、大学進学後すぐに飲食店で働き出したというのは少し不思議な気もする。妻の真寿美さんがその種明かしをしてくれた。

 

「主人の母は本当に料理上手な人。ずっと働いているのにいつもマメに料理をしていたみたいで。だから、主人は幼いころからきちんとしたものを食べて育ってるんだと思うんです」

 

母親の手づくりの味が、平良さんの舌を育てていたのだ。

 

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大学時代、平良さんは友人に誘われて入部した写真部で写真の世界にであった。

 

「それまではずっとサッカー一辺倒の生活でしたし、写真に特に興味があったわけではありませんが、先輩方や友人たちに色々と教えてもらい、その楽しさを知りました。当時はまだデジタルカメラが出始めの頃。アナログ写真の暗室作業なんかも面白かったですね。カメラ片手に知らない街をぶらぶらしながら、写真を撮り歩くことも多かった。沖縄から出てきて、まだそれほど友だちもおらず、街は大きくて知らないことだらけでしたが、写真を撮っているとだんだん街が見えてくるし友だちも増えました」

 

卒業後は写真で食べていければと、大阪に残って雑誌カメラマンや新聞社の募集に応募したりつてをあたってみたりしたものの、採用まで到ることはなかった。

 

「需要の多い東京に出ようかとも考えましたが、ふと気づいたんです。自分は写真の仕事をしたいわけではなく、自分の写真を撮りたいだけなんだなって」

 

平良さんは帰郷を決意。大学進学時は狭い沖縄から出て広い世界を見たいと思っていたが、自分の足もとを見つめ直す必要があると感じたと言う。

 

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島野菜のグリーンカレー。「週変わりのメニューだったのですが、好評だったので変えずにやってます(笑)」

 

「沖縄に戻ってからはとりあえず働かなければと、沖縄市にオープンするレストランの店長募集の広告に応募しました。結局7年ほどそこでお世話になったのですが、20代後半から30代にかけての働き盛りの時期だったので、体力も十分あったし、懸命に働きました」

 

辞める前の二年間は那覇店の店長も兼任し、多忙を極めていた平良さん。当時、妻の真寿美さんは那覇店のホールスタッフとして共に働いていた。

 

「あまりに忙しくて、店長だった彼がどんどん痩せていくんですよ。ガリガリの店長が愚痴一つ言わずみんなの倍働いていました。そんな姿をいつも目にしていたので、お店の雰囲気も変わり、スタッフも団結したように感じました」

 

と真寿美さん。

 

「そういえば、お客様から『あんた、食べ物屋ーなのにこんなに痩せて。これ食べなさい』と差し入れを頂いたこともありましたね(笑)」

 

と平良さん。

 

rat & sheep の厨房に立つ平良さんの姿を見ていると、店長時代の働きぶりを彷彿とさせ、二人の話もさもありなんと納得できる。平良さんは激しく燃えるような情熱を感じさせるタイプの料理人ではないが、食材に対しても客に対しても実直なことがひしひしと伝わってくる。どんな些細なことにも手を抜かない、抜けない人なのだろうなと思う。

 

 

2007年、レストランで働きながら友人とともにLPという写真雑誌を発刊したことをきっかけに、写真家としての仕事が徐々に忙しさを増してきた。

 

「レストランに勤めながらだと自分で時間を決められないし、写真をやりたいという強い気持ちもあったので、このままだとどっちつかずになってしまうなと感じました。でも、写真だけで生計を立てるのは難しかったので、自分の場所を作ろうと考えたんです」

 

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ごはんはみんなが必ず毎日食べなければいけないもの。自分の料理をふるまう店を持ち、そこで色々な人と交流できたら。そう考えた平良さんは店長として勤めていたレストランを辞め、浦添市にrat & sheep をオープンさせた。

 

「洋食をメインにすることは決めていました。あとは、お客さんと話しやすいカウンター席を中心とした店にすること、夫婦二人でできる規模にすること、内装やメニュー等できるだけシンプルにすること」

 

また、「週に一回は来て頂けるように」と、価格もおさえていると言う。

 

rat and sheep
オレンジ色のアイスクリームは自家製のバニラ。「卵の黄身が多い部分はオレンジ色に、そうでない部分はもっと薄い色にとムラがでるのですが、それも手づくりならではだと思っています」

 

rat & sheep のメニューは、ピンザハンバーグをはじめとして、島野菜のグリーンカレーや山原若鶏のグリルといったように、県産品をメイン食材にしたものが中心だ。

 

「昔から沖縄で食べられているものを再確認したいと思っているんです。沖縄的な調理法にしばられず、洋風にアレンジすることで新たな魅力を発見できることもありますし、間口が広がればいいなと」

 

沖縄の食材をつかったうちなー料理がおいしいことは言わずもがな。しかし、どんな食材にも無限の可能性がある。様々なジャンルの飲食店で経験を積み、各国の味を学んだ平良さんだからこそ、島の食材という制約にとらわれることなく、自由で楽しい発想で私たちの舌を楽しませてくれる。

 

また味付けがこの上なくシンプルであることも、平良さんの料理の特筆すべき特長だ。

 

rat and sheep

 

キッチンに置かれている調味料は、塩と酒のみ。

 

「母はうちなんちゅですが味付けはいつも薄めだったし、大学時代を過ごした大阪も関西なので薄味。味が濃いとどうしても食べ飽きてしまうし、できるだけシンプルにしたいと思っています。

 

また、洋食にはソースがつきものですが、僕が作る料理はソースに頼らないものが多い。なるべく他のものを足さずに素材の旨味を引き出すよう心がけています。足していくのではなく、逆に引いていくような感じですね」

 

言われてみれば確かに、洋食屋のハンバーグであれば普通ソースがかかっているものだろう。しかし、平良さんのハンバーグを食べるとき、食べたあと、違和感を感じないどころかソースがかかっていないということに気づきさえしなかった。それは、素材の味を最低限の調味料で巧みに引き出しているから。

 

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「今後は自家菜園ができたらなと思っています、自宅の庭を利用して。まずは簡単な野菜から始めて、季節ごとで違う種類を少しずつ植えていって…。

 

あとは、イートインだけでなく、加工品の開発、販売もできたらいいですね。生産、加工、消費の各過程がそれぞれ有機的に循環するようになればいいなーと思うんです。そうすれば、本土の方にもピンザハンバーグを召し上がって頂けますから」

 

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平良さんが食材に向かう姿を見られるのは、カウンター席の大きな特権のひとつ。食材を切る、ピザ生地をのばす、ハンバーグを成型する、カレーを盛る…動作のひとつひとつがどれも丁寧に、心を込めて行われるので、見ているとなんだか心地よくて、飽きることなくいつまでも眺めていられる。

 

例えば、20代の若いカップルが多そうだなとか、大人の女性向けだなとか、店にはそれぞれターゲットとなる年齢層がある程度決まっていることが多いが、rat & sheep の空間に身を置いていると、不思議なほどそういう固定層が浮かばない。実際、子どもを連れた30代の女性、若いカップル、落ち着いた夫婦、大人の男性、70代の常連客もいると言う。

 

老若男女、あらゆる世代に好まれる、新しい「沖縄料理」がここにある。

 

写真・文 中井 雅代

 

rat and sheep
rat & sheep
浦添市港川2丁目13-9  
tel/fax098-963-6488      
open 17:00~24:00     
close 日、祝日の月曜

 

ブログ http://ratandsheep.ti-da.net