てぃしらじそば 沖縄そば 550円、そばは1メニュー。凝り性で不器用、でも決して諦めない店主の、本枯節のすっきり沖縄そば

 

「できないから。手が回らない」

 

てぃしらじそばのそばメニューはたった1つ。“沖縄そば 550円”だけ。その理由を訪ねると、店主の知名定健(ちな ていけん)さんは、潔くすっぱりと言い切った。

 

「『ソーキそばとか、てびちそば、出して』ってお客さんに言われるけど、『できません』って。欲張ってあれこれやってたら、自分の首しめてた。正解だったかな。仕事が遅いんですよ。スープが完成したのも、店のオープン直前でしたね。追い詰められないと、力を発揮できないタイプだから(笑)」

 

 

試行錯誤を長く続けたスープは、驚くほどすっきりとして雑味がない。見た目同様に、香りも味も澄みきっている。かつおだったり、豚だったりの際立った味の突出がなく、奥深い旨味がまろやかに調和している。

 

「多分、沖縄の人が思ってるかつおだしとは違うんじゃないかな。沖縄の人は濃いのが好きって言うじゃないですか。味くーたー。あれは、かつおを煮だして煮だして、なんか酸っぱいようなエグミがもういっぱい出てるような。あれがかつおのだしだと思ってる人が多いと思いますけど、あれは、荒節を強く煮だしたときの雑味なんですよね。かつおだしがウリの店へ行って、そういう酸っぱいような雑味のあるだしが出てきたら、濃ゆくしようと思ってガンガン煮だしてるんだなあってわかるようになりましたね。本枯節に出会うまでは、自分もそれがかつおだしだと思ってたんですけどね。違うんだなあって」

 

そう、てぃしらじそばの雑味のないだしの秘密は、本枯節にある。

 

「本枯節といって、カビ付けされたかつおです。県内で探したけどなかったですね。1軒だけ、真空パックで削られてない、売れ残ってたのを探しだして。それをもらって試してみたら、やっぱりこれだって。本枯節は長時間煮出しても、変な味は出ないんですよ。全部旨味だから。カビ付けされていないのは、荒節って言うんですけど、あれは長時間煮だすとすぐ雑味が出る。だから沸騰する直前でさっと引き上げるんですね。エグミが出る前にあげないといけないんです。そうすると濃いだしがとれない。だしの色も、荒節と本枯節ではまるで違いますよ。荒節でとると、お茶でいうとさんぴん茶くらいの黄色いだしがでるけど、本枯節だと、紅茶みたいなほんとに濃い色。どんぶりだと深さがないから、そこまでの色ってわからないけど、鍋に入れると底が見えないくらいの濃い色のだしがでます」

 

本枯節を弱火でじっくり煮だしてとったかつおだしに、豚や鶏、昆布のだしをブレンドする。浮いたアクや油を丁寧にすくって、すっきりと上品なてぃしらじそばのスープが完成する。

 

 

苦心して作り上げたスープより、最初にこだわったのは麺だった。

 

「まずは、麺を自分で作ろうと始めたんです。それだとやっぱりスープにこだわらないと麺を活かしきれないなって。沖縄そばの粉、色々持ってきてもらって試したんですけど、やっぱり強力粉のほうが美味しいですね。1晩は寝かすんですけど、そうすると色が変わるんですよ。うちの麺、最初は白いのに、寝かすと色がうっすらとつくんです。この粉は、一晩寝かすと熟成が進んで味も美味しくなるような気がします。面白いですよ。化学的にどういうことが起こってるかわからないんだけど、見た目と気分的なものもあるかもしれないけど(笑)、美味しいなって」

 

麺は、小麦粉の甘みのようなものをほんのりと感じる。モチモチで歯ごたえがしっかりとある。

 

「最後の一手間、揉んで縮れをつけることはしっかりやってます。両手で握れるくらいの量を、結構力を込めて、20回くらいは揉んでますね」

 

てぃしらじそばの麺は、7ミリ程度の極太縮れ麺。この太さの切刃がなかったので、特注で作ってもらった。スープがあっさり味だと、通常は細いストレート麺のほうが相性がいいはずだ。なのに、極太麺でもスープとの相性がとてもいい。麺に小麦の味があって、味の土台がしっかりとしているから。麺に縮れがあって、スープをしっかり絡めとるから。スープが、あっさりだけど、旨味がものすごくあるから。どれもが当てはまるのだろう。

 

サイドメニューの、奥様お手製おからいなり。おからサラダの入った、ヘルシーいなり

 

知名さんは、30代後半で、脱サラして沖縄そば屋の店主になった。なぜ、沖縄そば屋だったのか、その理由も「他にできることがないから」、と謙遜する。確かに器用なタイプではないのかもしれない。しかし、奥様にも内緒で辞表を提出してから、実直にそば作りに没頭した。そばを極めたいという思いは相当なものだ。

 

「木灰そばをやりたくて、最初に竈を作ったんですよ。裏に薪も置いてあるんです。でも今はまだ余裕がなくて。そうこうしてるうちに、この間の大きい台風で煙突が飛ばされてしまって(笑)。また遠のいちゃったかな。オープン当初は麺は手打ちで、軟水でスープをとって、かまぼこはぐるくんでって凝りまくってました。粉を手で混ぜて、綿棒で伸ばして。麺を伸ばす機械を自分で作ったりもして。店の上が自宅なのに、上がって寝る時間もなくて、店で仮眠を取るだけでしたね。今は体がもたないし、せっかく来てくれたお客さんを売り切れですって帰したくないから、効率も考えて変更できるところは変えてきましたけど。オープン当初の味だけはしっかりと守っています」

 

てぃらじそば

サイドメニューのジューシー。三枚肉の切れ端や、だしをとった鶏や昆布などが無駄なく入った具だくさん

 

知名さんは、沖縄そば屋になった理由をこうも言う。沖縄に関することをしたかったのだと。

 

「大学の職員をしてたんですけど、大学図書館に異動になってから勤務がわりとゆったりしてたんです。それをいいことに、本の整理をしに行くふりして、沖縄関連の本を読み漁っていましたね(笑)。考える余裕があったもんだから、他の仕事をやりたいなって。漠然と、沖縄に関連する商売がいいなと思っていました」

 

沖縄に関連する商売をしたかったのは単純に、沖縄が好きだから。

 

「高校生のときから、地域の青年会で獅子舞をやってて、今でも後輩の指導をしています。旧暦の十五夜の夜は魔物が徘徊するという言い伝えがあって、それを追い払う役目が獅子舞なんです。この汀良町は、まだこういう風習が残ってるんですよね。でも沖縄が好きだって本当に実感したのは、バイクで北海道まで行った大学時代です」

 

てぃらじそば

豚肉を茹でた際に出るラードも無駄にせず、ちんすこうに。コーヒー、紅茶とともに、食後のサービス

 

大学を1年休学してまで、50ccのバイクで日本を1周する旅に出た。行き着いた北海道での出来事が、知名さんをそば屋に導いたのかもしれない。

 

「8ヶ月間の旅で、北海道で冬を越したんです。もう雪で閉ざされてるから、何にもやることがなくて、心も沈んでくるんですよ。町に1軒だけあるCD屋さんに行ったら、りんけんバンドのCDが置いてあって。懐かしくって、そればっかり聞いてましたね。それまで沖縄から離れたことなかったんだけど、離れてみたら恋しくって。俺って沖縄好きなんだなって、初めて気がつきましたね」

 

生まれて初めて作ったジューシーも、北海道でだった。料理人としての知名さんの原点だ。

 

「北海道は旅をしてる人が全国から集まってきて、安く泊まれるところもいっぱいあるんです。ライダーハウスで、居合わせた人と雑魚寝して。あの頃は1泊500円で泊まれましたね。みんな食費も浮かせたいもんだから、まとめて食材を買って割り勘して。料理当番がみんなのご飯を作るんですよ。自分に当番が回ってきたとき、『なんか沖縄のもの作ってよ』って言われて。その頃、料理なんてできないもんだから、うちに電話して、ばーちゃんに『ジューシーの作り方教えて』って。豚肉を刻んで、味付けは塩と醤油で。初めて作ったわりには、美味しくできたんですよ。みんなも『美味しい、美味しい。沖縄のジューシーって、美味しい』って言ってくれて。それはもう嬉しかったですね」

 

 

このバイクの旅が、知名さんに与えた影響は測り知れない。この旅に出ていなかったら、てぃしらじそばは存在しなかっただろう。

 

「旅に出て、色んな人に出会いましたね。夏は北海道で鮭を捌いて、冬は沖縄でサトウキビを収穫して生活してる人とか。それまでは、大学出たら就職してサラリーマンやって定年まで働いてってイメージがあったけど、こんな生き方もあるんだなって。サラリーマンだけが人生じゃないんだなあってことがわかりましたね。心のどっかで『なんとかなるよ』、沖縄風に言ったら『なんくるないさ〜』って思ってるところがあります。だからサラリーマンをスパっと辞めることができたんでしょうね」

 

 

「なんくるないさ〜」は、知名さんにとって、“諦めないこと”をも意味している。

 

「バイクで旅してる間、色々なことが起こるわけですよ。タイヤがパンクして、その場で直したり。何が起こってもどうにかなってきたので、どうにかなるんだなって。数年前に、長男をバイクの後ろに乗せて四国を回ってきたんです。その時に、荷物を載せてる板が途中でパコンって割れて、荷物が全部下に落ちちゃった。息子は『もうこれダメじゃない』って諦めてる。『いや、これくらい大丈夫だよ』って、持ってきた道具で応急処置して、走ってたら必ずホームセンターがあるから、そこ寄って、必要なもの買って直して。『ほらな、大丈夫だろ』って」

 

「なんくるないさ〜」の諦めない強い気持ちは、“てぃしらじそば”でも、存分に発揮されている。

 

「今までの人生で失敗したことないなって思ってますよ。成功するまで続けるから(笑)。この間かみさんに『俺、今まで失敗したことないな』って言ったら、かみさんが、『そば屋になったことが失敗だ』って(笑)。いやいや、今はまだ結果が出てないかもしれないけど、俺はこれで終わらんから。これから成功するんです。今からですよ(笑)」

 

文/和氣えり(編集部)

写真/青木舞子(編集部)

 

 

てぃしらじそば
那覇市首里汀良町1-1
090-7989-0257
11:30〜20:00(売り切れ次第終了)
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