» ときはや/パンの裏の灰も豊かな風味に。小麦の味だけでない滋味深い石窯パン

ときはや

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無骨ともいえる見た目。ガリッとした硬い表面を歯が突き抜けると、じんわりふっくらとした身にたどり着く。それは、飾り気のない素朴なバゲット。ふわりと鼻に届くのは、燃えた木の匂いや、ほのかな酸っぱさを感じる香り。

 

味の方はというと、これまた香り同様に複雑だ。小麦の味と旨みだけではない、クセと一言で片付けてしまうのはもったいないほどの滋味深さ。いぶされたような味わい。そしてほんの少しの酸味。よくよく味わえば味わうほど、色んな味が舌の上に乗ってくる。

 

そんな深みのあるパンを出すのは、小道の先にひっそりとたたずむ外人住宅のベーカリー、“ときはや”。店主の常盤健治郎さんが、奥深さの理由の1つは野菜由来の酵母にあると教えてくれた。

 

「農薬を使っていない人参とリンゴを使って酵母を起こしているんです。酵母に野菜とか果物を入れて発酵、焼成させると、小麦とはまた違う味がパンに乗るんです。リンゴを入れると、酸味が出やすくなるのかなと思います。それから人参は根菜ですから、根菜特有のアクというかクセもわずかに残りますよね。他の天然酵母より感じやすいかなと思います。でも、何かわからないくらいのちょっとしたクセみたいなものは、日本人は好きなんじゃないかなと思っているんです。例えば、ゴボウのちょっとアクを残した味噌汁の味、美味しくないですか? 旨みとはまた違う、深い味わいがありますよね」

 

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奥深さの理由は、まだある。“ときはや”のパンは石窯で焼く。石窯だからこそ出せる味わいがある。

 

「薪を焼くから、もちろん木を燃やした香りがつきますよね。それにバゲットは、石窯の耐火レンガの上に直置きするんです。だいたいパンって、鉄板に乗せて焼くんですけど、石窯だと耐火レンガに直置きするパンが多くて。だからちょっと裏に灰がついたりするんです。パンの底辺の小麦が一番熱い耐火レンガに接するので、パリッとするし、そこに灰もつく。その灰の風味もありますよね」

 

常盤さんは、“毎日食べられるパン”を作りたいという。ただシンプルだから食べ飽きない、というのとはまた違う。“ときはや”のパンは、天然酵母による発酵、薪の火が生み出す力強さ、その火の力を溜め込む石窯など、様々な要素が絡み合ってできあがる。単純じゃないからこそ、飽きずに毎日でも食べたくなるといえるのかもしれない。

 

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常盤さんの1日は、早朝4時に始まる。石窯に火を入れることからスタートだ。薪を燃やし続けて石窯に熱を蓄え、その間に寝かせておいた生地の成形をする。火入れから4時間経った午前8時頃、窯の火を消し、パンを焼く作業に入る。最初の生地を焼く時に、窯の状態を見極めるという大事な仕事が待っている。

 

「窯に残った余熱でパンを焼くんですけど、いつもピザから焼くんです。ピザの裏の焼き具合、表の焼き具合、焼きあがった時間、それから自分の手を窯に突っ込んだ時の熱さの感覚で、『今日の窯は、こうだ』っていうのがわかるんです。今日は、こういう感じの窯なんだなっていうのがあるんですね。じゃあこの順番でパンを焼いていこうと決めます。これは毎日違うんですよ」

 

温度計には頼らず、自分の目や肌の感覚を頼りに判断する。その際、気象条件も考慮しなければならない。

 

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「前日の気候から影響しますね。前の日が涼しかったりすると、窯や建物の蓄熱が低くなるので、その温度と今日の気温との温度差が出てきますよね。だから前日の気温と今日の気温、他に湿度などの条件が重なって、窯でパンを焼ける時間の長さが変わってくるんです」

 

判断も難しければ、手間もかかる。薪にする木材を集めるのだって、一苦労。何より石窯のある部屋は、火を消してから数時間が経過していても灼熱の暑さで、息をするのも苦しいほど。もっと楽にパンを作りたいとは思わないのだろうか?

 

「大変だという理由で、ガスや電気オーブン使おうとは思えなかったですね。機械に入れてピピピってやって、いつも同じ条件を整えられて、日々誤差の少ないものを提供できる。それは1つの長所ですよね。けれどそこに興味はなかったです。自分が毎日やり続けられるのは、これかな。毎日変化があるのがいい。自分の落ち度に気づくこともあるし、新しい発見もある。何より自分でやっていて、薪で焼くこれが美味しいって思っていますから」

 

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常盤さんのこだわりは石窯だけではない。酵母を起こすところからお客の口に入るまでを、自分でやる。自身が作りたいものを作るためだ。

 

「一から始めて、どういうものができあがるかっていうのがすごく楽しいんです。それが一番興味あるかな。パンが出来上がるまで色んな道筋があって、例えば5でちょっとずれたら、7で補正するとか。一から十までのバランスをどうとるかが大事だと思っているので、全部を自分で作りたいんですね」

 

自身で酵母も起こすし、石窯も作った。常盤さんは、子どもの頃から卵からマヨネーズを作ったり、あんこを炊いておはぎを作ったり。最初から作って、料理の化学変化を見てみたいという好奇心や探求心が、常盤さんにはある。

 

そんな常盤さんの心をくすぐったのが、全国に名を轟かすパン屋、宗像堂だ。宗像堂との出会いが、常盤さんをパン職人へと導いた。

 

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「僕、大学進学を機に沖縄に来て、琉球大学で海洋生物学を専攻していたんです。最初は水族館の職員になるつもりでした。沖縄に引っ越してきたばかりの頃、たまたまBRUTUS(ブルータス)っていう雑誌を立ち読みしてたら、全国のパン屋さんの特集で宗像堂が載っていて。自分が移り住んだ宜野湾市という場所にそんなパン屋があるんだったら、行ってみようって」

 

試食に出されたバゲットを一口食べただけで、常盤さんはアルバイトを志願。

 

「その場で『ここで働きたい』って言いました(笑)。バゲットを食べて、今まで食べたことない感じだったんです。それまでは駅前にあるようなチェーン店のパリっとしたバゲットしか食べたことがなくて。それとは全く別分野の、どっしりとしたパンにはまったんでしょうね。すごいなと。こういうの作れたら楽しいだろうなと思いました」

 

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店内には、イートインスペースも。

 

常盤さんの突然の申し出に、宗像堂店主の宗像さんはすごく悩まれたそう。修業経験のない初心者であることに加え、常盤さんが言うには「初めての一人暮らしで羽を伸ばし、長髪にピアスをしてチャラチャラとした格好をしていたから(笑)」とのこと。しかし、ちょうど働き手を探していたタイミングもあり、雇ってもらえることに。

 

「もう宗像堂のバイトが楽しくて。どんどんやらせてもらえるようになって、どんどん作れるようにもなって。大学3年の時に、一緒に仕事をしていた方、今読谷で“水円”というパン屋をやってらっしゃいますけど、独立するっていうんで辞められて。それから僕が一任されるようになりました。それくらいの時に、卒業してもここで仕事をしていこうかなと意識し始めて。一切就職活動をしないまま、卒業後も働かせてもらいました」

 

宗像堂では当時、前日から石窯に火入れをするため、夜通し働いていたという。徹夜明けに奥様が出してくれた朝食もまた、常盤さんの心を揺さぶった。

 

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「ちゃんといりことかから丁寧にとった出汁の味噌汁が、もう衝撃的で。一から作った旨みってこんなに美味しいんだって思いました。それまで化学調味料の出汁の味噌汁しか飲んだことなかったんですよ。それはそれで美味しいんですけど、一からつくる美味しさとは全然違うなと」

 

宗像堂で様々なことに触発され、常盤さんは宗像堂以外で修業を積むことは考えなかったそう。

 

「宗像堂に出会った時みたいな『絶対ここで働きたい』という衝撃的な出会いが、他にはなかったです。宗像堂のパンは、今でもそうですけど、毎日美味しく食べられるんですよね。動物性の油分が入っていなかったり、発酵がしっかりしていたりとか、そういうこともあるからでしょうけど、毎日食べられるパンが作れるってだけでいいのかなと思いました」

 

常盤さんは初心を忘れないため、宗像堂を見つけた雑誌を今でも大切にとってある。自身もお客も目にすることができるよう、店内の棚に並べている。

 

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十分学ばせてもらったと宗像堂を辞めてからは、バイトと勉強で明け暮れていた大学時代を取り戻すかのように、しばらくは好きなことをして過ごした。海外で生活したり、レストランや野菜の卸しを手伝ったり。色んな経験を糧に、“ときはや”開業の準備に入ったのがおよそ1年前。石窯の設計は大学で学んだ物理を、酵母は卸しの仕事で培った野菜の知識を活かして作った。半年前にオープンしてからは、ずっと作ってみたいと思ってきたパンを夢中で作ってきたという。「自分が今持っているもの、条件で、一番美味しいものを作りたい」と、常盤さんは奮闘している。

 

「いまだに自分の作った窯を使い切れていないっていうのがあるんですよ。宗像さんには『自分の窯には自分の特性があるから、ゆっくり自分の特性を見極めなさい』って言ってもらっています。その特性を掴むまで、まだまだ経験が必要で発展途上の段階です。今後、お客さんの声を聞きながら、“ときはや”だったらこのパンだよねっていうパンができるといいなと思いますね」

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

ときはや

 

ときはや
北中城村瑞慶覧531
098-959-5450
open 11:00〜18:00
close 日・月
https://www.facebook.com/石窯パン処-ときはや-tokiwaya-bakery-586996254817653/