TRATTORIA Lamp(トラットリア ランプ)/ナーベーラーにアグー、イラブーまで。地元の食材を活かし切る、イタリアのスローフード的沖縄料理

トラットリア ランプ

 

「イタリアンをやってるっていう認識は結構ないんですよ。どちらかというと沖縄料理をやってるっていう感覚です」

 

店名には、“気軽なレストラン”を意味するイタリア語“TRATTORIA”を掲げているし、当然のようにイタリア料理店だと思っていた。店主 上江田崇さんの「イタリアンをやっているという認識はない」との言葉を聞いても腑に落ちなかったのは、その料理の見た目が沖縄料理とはかけ離れているから。鮮やかなブルーの皿に美しく並んだ前菜1つとってみても、丁寧な仕事が施されていることは明らか。おおらかな沖縄料理とは別物だと思ってしまう。

 

そんな思いを見透かしたのか、上江田さんは、国別の料理などのいわゆるジャンル分けされている料理について言いおよぶ。

 

「フランス料理とか中華とかも、ずっと変わってない料理ってないと思うんですよ。なぜ変わっていくかというと、料理人が外に出ることで新しい調理法を取り入れたり、時代の流れがあったり。今は『これは沖縄料理です』って言っても『え?』って思われると思うんです。けれどいずれは『これは沖縄の料理だよね』って言われることを狙っています(笑)」

 

上江田さんは、イタリア料理を知ってもらいたいという気持ちはないのだという。思うのは、ただただ沖縄の食材をもっと美味しく食べてもらいたいということだけ。

 

トラットリア ランプ

上の写真の右から順番に、糸満産じゃがいもの冷製スープ 昆布のジュレ・島オクラのソテーメカジキの燻製巻き・ナーベラーソテーと自家製ベーコン・白身魚のペースト バジルソースのパン粉焼き・スーチカー 玉ねぎ イタリアンパセリのナスの詰め物 ビーツサラダを乗せて・島豚肩ロースのペースト・しっとり加熱した県産鶏胸肉 卵黄のソース。

 

前菜は、島オクラやナーベーラー(ヘチマ)、スーチカー(豚の塩漬け)など沖縄では馴染みのあるものばかり。どれも、この島の食材の美味しさを引き出す調理法で細やかに料理されている。たとえばナーベーラーはじっくりとソテーし、メカジキは軽く燻製にする。島豚の肩ロースは、低温で時間をかけて煮込んでペーストに。かたや島オクラはオリーブオイルと塩でさっと炒めただけ。これらを絶妙に組み合わせて素材の味の重なりを楽しませてくれる。どの素材も持ち味が際立ち、そのものの味の濃さ、美味しさを再認識させてくれた。

 

上江田さんの料理を食べ進めるうち、“沖縄料理”っていったい何を指すのだろう?と思う。”この土地で長く食べ続けられている料理”という条件が入るとすれば、上江田さんの料理はまだ沖縄料理とは言えない。けれど戦後に食べられるようになったタコライスは、もはや沖縄料理の部類に入りつつある。そうだとすれば、上江田さんの料理だって長く愛され食べ続けられれば、それは沖縄料理だといえる日が来るのかもしれない。上江田さんの冒頭の言葉がだんだんと腑に落ちてくる。この土地で育まれたこの土地ならではの食材を、こんなにも美味しく料理しているのだから。

 

 

「イタリアンの要素、ほぼないでしょ(笑)。オリーブオイルを使うことと、パスタをお出しすることくらいでしょうか。でもパスタは締めの位置づけです。炭水化物は最後っていうのが、僕たちの体には馴染んでますよね。だからお出しする順番を変えたんです。普通イタリアンでは2番めなんですけどね」

 

上江田さんの言う通り、その料理はイタリアの料理と言わないのかもと納得していく。テーブルには、ナイフとフォークとともにお箸も用意されているし、お皿はやちむんで、コップは琉球ガラス。調味料だって、沖縄のものを積極的に使う。驚いたことに、“今帰仁アグーのロースト”のソースには赤ワインではないお酒が。

 

「泡盛です。ワインより泡盛のほうが、アグーの脂との相性がいいと思うんですよ」

 

アグーのジュワッと広がる旨味を引き立てるソース。赤ワインほど主張せず、さらりと肉の旨さを支える。洋風の料理に泡盛はミスマッチのように勝手に思っていたけれど、違和感を感じさせないのは、アグーに合う証拠といえるのかもしれない。上江田さんは泡盛だけでなくコーレーグースーも使うというから、また驚いてしまった。

 

トラットリア ランプ

今帰仁アグーのロースト

 

上江田さんがこんなにも沖縄の素材にこだわるのは、イタリアを旅した経験からだ。那覇のいくつかの店で修業を積み、ある有名店のシェフに昇格するタイミングで、上江田さんはイタリアの食を味わい尽くす1ヶ月半の旅に出た。ローマやナポリ、ジェノバやパルマなど行きたいと思っていた都市を巡ったそう。

 

「最初は、イタリア料理を完コピしようと思っていたんですよ(笑)。味を一生懸命記憶しようとしたし、料理の写真も撮って、盛り付けも真似しようと思っていました。なるべく現地に近づけたいから、美味しいと思ったハムを沖縄へ輸入できないかなと考えたり」

 

様々な都市を巡るうち、地方ごとの料理の違いに驚いたそう。

 

「イタリアでは街ごとに料理が全然違うんですよ。隣の街でも全然違う。一つ山を越えたら、ここは雨が降るけど、そこは降らない。気候が違うから採れる素材も違うし、料理も違うんです。そもそもイタリア料理っていうジャンルはないんですよ。サルディーニャ料理ですとかローマ料理ですとかがあるけど、それらをくくったイタリア料理っていうのは、イタリアの人はわからないんじゃないかな。それに、みんな自分の生まれ故郷やその料理に、とても誇りを持っていて。ある街でパスタを食べたときのことが、いまだに忘れられないんですよ。『このパスタ、もうちょっと材料を加えたら美味しいのに』と思って、そのお店の人に言ったんです。『これに生ハム入れたらもっと美味しくなるんじゃないの』って。そしたら『自分達の土地では、生ハムは作ってないよ』って言われて」

 

トラットリア ランプ

 

このことがきっかけで、上江田さんの考えに変化が訪れる。

 

「イタリアでは、他の土地で採れたものを取り寄せてまで料理をするってあまりしないんです。スローフードの考え方が自然に馴染んでいるんですよね。スローフードっていうのは、自分達の土地で採れたものを自分達の体に入れていこう、生産者を守ろうって。細かいことは色々あるんですけど、大枠はそんな感じです。僕が沖縄でやろうとしていたこと、イタリアから食材を仕入れてそのままを作ろうってことは、イタリア人が一番やらないことなんじゃないかって気がついたんです」

 

それに気づいた旅の後半は、イタリアを純粋に楽しんできたそう。

 

「僕は、沖縄の食材を使うべきなんだと思いました。土地のものを使うっていうのがイタリアの大前提。それが一番イタリアらしいんだと思って、帰国しましたね」

 

修業時代から「自分の料理を出したい、自分の料理ってなんだろう」と追求してきた上江田さんは、旅先で1つの答えに行き当たった。「東京でも食べられるものをここで出してもしょうがない」と、帰国して数年後にオープンしたTRATTORIA Lampでは、徐々に沖縄色を強くしていった。

 

トラットリア ランプ

イラブーの詰め物をしたパスタ シンジを加えたスープ。パスタの中には、イラブーと豚のひき肉など。スープは豚の出汁とイラブー汁を合わせ、仕上げにオリーブオイルとコーレーグースを数滴。イラブーのクセはなく、滋味深さが染み渡る。

 

イタリアで影響を受けたことは、単に地産地消だけではない。スローフードのもう一つの柱、生産者を守ることもそう。上江田さんはそのことにも注力していて、それは食材選びにも現れている。その一つがイラブー(ウミヘビ)だ。上江田さんは今年、店の8周年の記念メニューに、イラブー料理を取り入れるチャレンジをした。評判がよかったことから、その後普段のおまかせコースにもイラブーが登場することがある。その理由は、美味しいからという理由だけではない。

 

「沖縄の伝統食でもあるイラブーをなくしたくないからです(関連記事:香祭)。イラブーってシンジ汁として昔から元気のない時に食べられてきた歴史がありますよね。これは久高島のイラブーなんですが、燻製にして使えるようになるまでとても大変な手間なんです。使う人が少なくなったら、いずれなくなってしまうんじゃないでしょうか」

 

その思いは今帰仁アグーにも。

 

「今帰仁アグーは、沖縄の在来種といえるアグーなんですよ。そもそも在来種というのは、歴史上一定期間この地にいるものっていう定義があるんです。多く出回っているいわゆる“あぐー”は、西洋種とアグーの掛け合わせで、その歴史はまだ浅いんです。今帰仁アグーの生産者の高田勝さんは、在来種と呼べるアグーにこだわっていて。高田さんのアグーは、アグー同士の掛け合わせで、純血のアグーに限りなく近いと思います。アグーは古い貝塚の遺跡からもその骨が発見されるほど歴史があるものですが、その反面、生まれてくる頭数も少ないし、成長にも時間と手間がかかる。アグーの養豚を続けてもらうためには、その大変さを理解して、料理する、あるいは食べる人の存在が不可欠です。頑張っている生産者さんを皆で応援していきたいですね」

 

トラットリア ランプ

オープン当初から変わらないデザート、プリン。食べごたえのあるしっかりタイプで、男性にも人気。

 

こんな生産者のストーリーを、上江田さんはお客にも伝えるそう。

 

「『“あぐー”って居酒屋とかにもよくあるやつでしょ?』っておっしゃるお客様もいらっしゃるんです。『よくある“あぐー”はこうこうで、このアグーとは違うんですよ』っていうこととか、生産者さんのお話をすることで、その価値が上がっていくのではないかと思っています。だからカウンターだけの、しかも10席だけのお店にしたんです」

 

上江田さんは実はかつて、アグーは洋食の調理法には合わないのではと思っていたそう。なぜならアグーの美味しさはその脂にあり、ロースト等高温で焼き切ると融点の低い脂部分は、大半が溶けて液状になってしまうから。

 

「脂の旨味とか香りとかっていうアグーの特徴が消えてしまうのは、アグーの持っている良さを出し切れていない気がして。だったらうちで使わなくてもいいというか、逆に使うともったいないなと思っていたんです。アグーは、しゃぶしゃぶでサッと火を通して食べるのが一番美味しいんだろうなと。でも今は、低温調理で長時間グリルすればいいというのに行き着きました。そしたら脂を落とさず、アグーの良さを活かしきれるんです」

 

“今帰仁アグーのロースト”は、アグーらしく脂がしっかりついているが、さらっとしつこくなくて口に残らない。残るのは、その甘みと旨味。弾力のあるしっかりとした肉質で、噛めば噛むほど溢れ出る肉汁、旨味の濃い味わいもあって、アグーの力強い生命力も感じた。

 

上江田さんは生産者さんを応援したいがために、その素材を活かす新しい調理法を考えた。この一口の向こう側には、このアグーを懸命に育てた生産者がいて、美味しく料理してくれた料理人がいる。上江田さんの話を聞いたからこそ、その味わいは一層深いものとなった。上江田さんは、「食と職の尊厳を守りたい」と言う。“職”とは、食に携わる生産者や料理人などの職人のこと。その一つとして上江田さんは、お客との会話も大切にしている。

 

トラットリア ランプ

 

上江田さんは18歳でこの世界に入ってからこれまで、ずっと実直に食に取り組んできた。最初は料理人になるつもりはなく、大学生のアルバイトでホテルのホールスタッフとしてのスタートだった。人手が足りなくてたまたま入った厨房で、料理の楽しさに目覚めていったとか。それまでは家でも料理をしたことがなく、マヨネーズやドレッシングを自分で作れることも知らなかったそう。

 

そんな上江田さんは今や、見たこともないイラブー料理を作り出すなど、沖縄の料理界を引っ張る存在。ただ美味しい料理を出すにとどまらず、食というものを常に高い視点から見て未来を創っていこうとしている。このTRATTORIA Lampを通じて、沖縄の食とその文化、そして職について、明るい変化がもたらされるに違いない。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

トラットリア ランプ

 

TRATTORIA Lamp(トラットリア ランプ)
那覇市松山1-7-3 呉マンション1-A
098-927-8675
18:00~23:00
close 日曜・第三月曜
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