» キンジョウケンチクスタジオ 暮らす人の「らしさ」を引き出す家づくり

キンジョウケンチクスタジオ

 

N 邸のリビングに入ると、目の前には思わず深呼吸したくなるような光景が広がる。
向かって左手には家の裏に生い茂る木々を、右手には広々とした庭を一望でき、なんとも清々しい。
緑に囲まれたリビングにいると、道路沿いという立地を忘れてしまう。

 

「我が家の庭では、よく鳥がさえずっているんですよ。
家の裏に森があるのですが、庭もその森の一部になっているような感じ。
とても気持ちがいいんです」
と、家主は微笑む。

 

その言葉を受け、建築家のキンジョウマサヒトさんは次のように語った。

 

「完成直後が一番美しいのではなく、10年、20年と年数を重ねるごとに魅力の増す家を目指しました。
庭に植えた木々が成長すれば、裏手にある森の風景と家がさらに馴染んでくるんです。その時により風景に調和するよう、外壁には木々の中に見える影の色、黒を使いました。
また、裏手の山や近隣にある木々と同じ在来種を植えることで、木々の成長とともに周辺の植物と同じ生態系を織りなす森の一部となっていけばと考えました」

 

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南側に設けた広いバルコニーに出ると、軒(のき)の幅が均一でないことに気づく。

 

「森林の中にいるような開放感を出すため、北側・南側ともに開口部は広くとりました。
しかし真夏の強すぎる西日は避けたいので、西側の軒を深くしてあるんです。
逆に東側は、冬の時期にも朝の光がしっかりと入るよう浅くしました。
またわずかに傾斜させることで、雨水が屋根に溜まらず、うまく捌けるようにしてあります。

 

沖縄では、年間通して穏やかな光が入る方角は北なんです。ですから北側には森を見渡す大開口を設け、景色との一体感を楽しめるように設計しました」

 

自然に囲まれて生活したいという家主の要望に応えるため、緑豊かな周辺環境を生かした家づくりがなされているのだ。

 

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突き当りに配した坪庭からの光が、廊下を明るく照らす。

 

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家族が鉢合わせても問題なしの広々とした洗面所。「朝の忙しい時間帯に洗面所が混み合うのが悩みでした。今では誰かが顔を洗っている最中も、隣で悠々とお化粧が出来ます」と、奥様。

 

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暗くなりがちな廊下には、突き当りの坪庭から明るい光が差し込み、洗面所とバスルームの大きな窓からも緑が眺められる。
坪庭の面積自体はそれほど大きいわけではないが、開放感や明るさなど、得られる効果は絶大だ。

 

「どこにいても外の光を感じられる家がいいなと思ったんです。
特に水場は圧迫感が出やすく、湿気もこもりがちなスペース。
そこに大きな窓をつけることで、光だけでなく風も入るようにしました」

 

キンジョウさんのこだわりは、屋内にとどまらない。
「是非外からも見ていただきたいんです」と言って、家の前の道路まで案内してくれた。

 

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植栽前

 

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植栽後

 

一般的には、庭の面積をできるだけ広くするため、柵は歩道ぎりぎりに設置する。
しかし N 邸では、歩道側に三角形の芝生スペースをいくつも余した状態で柵を立てているのだ。

 

「ここは植栽スペースなんです。
家の周りに生えている木々から種類を選んで植えることで、家と周辺との境目が曖昧になります。そうすると、庭が狭くなるどころか逆に広がりを感じられるようになるんですよ。

 

また、道路に面して木を植えれば、街路樹の役目も果たします。
美しい景観を守ることに繋がるため、家主だけでなく街の人々にとっても嬉しい。一石二鳥なんですよ。

 

近年、手入れに予算がかかるという理由から、地域の自治体が管理する街路樹が減ってきているんですよ。
N 邸のように自宅の外側に木々を植える家が増えていけば、緑豊かな街づくりに繋がります」

 

一個人の家ではあるが、街の中の一軒でもある。
個人の要望や想いだけでなく、そのことをしっかり意識して家づくりを進める施主や建築士はどれくらいいるだろう?
周辺地域に配慮することは結局、個人にとってもプラスに働くのだ。

 

道路から N 邸を眺めると、そのことがよくわかる。

 

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白壁に黒色の屋根、庭に面する大きな窓、広々としたウッドデッキなど、ややもすると外から見た時に強烈なインパクトを与えそうな建物なのに、まわりの風景に心地よく馴染んでいる。

 

「柵の外に植樹した木々が成長していくと、さらに一体感が増すはずですよ」

 

「年数を重ねるごとに魅力の増す家を目指す」「建物が一番素敵な状態は常に一年先にある」という言葉通り、キンジョウさんは数年、数十年先を見越して設計しているのだ。

 

そんなキンジョウさんが家づくりで常に心がけていることは「受け入れること」だと言う。

 

「意向や好み、生活スタイルなど施主様から詳しくヒアリングした内容を、客観的に捉えて形にする手助けをするのが建築士の仕事。
ですから、僕のやりたいことを全面に押し出すのではなく、住む人々が満足することが最重要課題なんです。生活する上で危険がない限り、施主様の意向を否定することはありません。

 

ただ、施主様が細かな要望や理想をお持ちであっても、家の全体像は見えていないということも。そういう時は、ともに理想の家を模索していくんです」

 

キンジョウさんのその姿勢が、家族みな大満足の家となって実を結ぶのだ。
次に訪れた Y 邸も、キンジョウさんが設計依頼を受けた時点では、施主の望む家のアウトラインが不明確な状態だった。

 

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「 Y 邸は、いずれ仏壇を置くことになる和室の方角以外、間取りについて何も決まっていない状態からスタートしました。
けれど、細部についての奥様のイメージはとてもはっきりしていたんですね。
『壁に取り付けるスイッチはこの形が好き』と『キッチンにはオレンジ色の光の電球を吊るしたい』など、どれもあまりに小さな要望なので、始めはどんな家を思い描いているのかさっぱりわからなくて(笑)。

 

でも、『好きなものに囲まれて生活がしたい』という奥様のお話を伺っていると、全体的なイメージは外人住宅のような感じじゃないかなぁと思ったんです。
そこで、細部には奥様の要望をしっかりと反映しつつ、全体的には新築だけれどリノベーションしたような雰囲気の家をご提案しました」

 

全体像が見えると、家づくりは順調に進み始めたという。

 

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「フローリングには杉板を使用しました。
杉は、表面に塗装を施すとアンティークっぽい味わいに仕上がるのですが、温かみのある空間という奥様のイメージに沿うよう、あえて塗装はせずそのまま使うことを提案しました。

 

奥様からは『ざらざらとした質感の壁にしたい』というご要望もあったのですが、家族の意見が一致せず再度話し合うことに。
最終的には全員の意見を尊重し、玄関の壁やキッチンの一部にブロック壁を取り入れるという案に落ち着きました」

 

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完成した Y 邸の扉を開けると、そこに新築のよそよそしさはない。
すでに長年住み続けているような親密な空気に満ち、初めて訪れた私を温かく迎え入れてくれた。

 

「新築だけれど、リノベーション住宅のように味のある家をつくる。
自ら提案したことではありますが、僕にとっては新たな試みだったんです。
施主の想いを『受け入れる』だけでなく、自分自身が挑戦すべき課題も組み込むようにしているんです。
N 邸では、『景色に馴染む家』という点が新たな挑戦でした。
また別のお宅では、子ども中心の生活スタイルを実現すべく、『公園のように遊べる空間』の設計にチャレンジしました。
これまでの経験をただなぞるのではなく、施主様の様々なニーズに対応できるよう、常に前進していきたいという思いからです」

 

建築士として飛躍し続けるキンジョウさんだが、以前はパイロットになりたかったのだと話してくれた。

 

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「家族全員大満足の家になりました」と、奥様。「最初は『白熱灯のオレンジ色が落ち着かない』と言っていた義父も、最近では『この電気の色は慣れるとなかなか良いもんだね〜。家庭のぬくもりを感じるさ〜』と、これまで以上によく遊びに来てくれるように(笑)」

 

「パイロットになりたかった理由? モテたかったからです(笑)。だって、誰が見てもかっこいいじゃないですか。
夢実現のために必要なステップとして、まずは4年制大学に入学しました。
卒業することが目的だったので学部学科にこだわりはなく、たまたま受かったのが、建築の学べる学部だったんです。

 

でも、卒業を間近に控えた頃になって、身体的な理由でパイロットにはなれないことがわかって…」

 

夢を諦めざるを得なくなったキンジョウさんの頭に、これまで学んできた建築の知識を生かすという選択肢が浮かんだ。

 

「しかし、建築士を夢見て4年間懸命に学んできた同級生たちと違い、僕はまじめに授業を受けてきたわけではなかったので、引け目を感じて。
そこで、まずは優れた建築物を自分の目で見てみようと、ヨーロッパへ向かったんです。
ガウディやル・コルビジェ、安藤忠雄など、世界的な建築家の作品を目の当たりにし、強烈な刺激を受けました。
今、建築士としての僕がいるのは、その時の経験が糧になっていると言えるかもしれません。

 

それと、大学在学中に父と一緒に家を建てた経験が大きいですね。
当時は建築を職業にするつもりはなかったので、ただのバイト感覚でしたが、振り返ってみるとかなり大きな影響を受けたように思います。
朝から晩まで、父と一緒に型枠・鉄筋・コンクリート打設など、職人がやることをひと通りすべて行いました。
偉そうにあーだこーだ指導していた父も素人、私ももちろん素人。
本当に建つのか? と半信半疑でしたが、最終的には100坪もの家が完成したんです(笑)」

 

帰国後、東京や沖縄の様々な設計事務所で経験を積み、2008年に独立を果たした。

 

キンジョウケンチクスタジオ
「子どもが遊べる家」をテーマに設計した家。奥の壁には、ボルダリング用のホールドを取り付けた。

 

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子どもが駆け回る広い庭では、バーベキューも楽しめる。

 

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キンジョウさんの手がけた家々を見て回るうち、ある事に気がついた。
どの家にも、一目で分かるような「キンジョウさんらしさ」がないのだ。
同じ人物が設計した家だと言われなければ気づかないほど、一貫性がない。

 

それもそのはず。
キンジョウさんが手がけた家にあるのはキンジョウさんの個性ではなく、暮らす人々それぞれの「らしさ」だからだ。

 

その「らしさ」を最大限まで引き出す力も、キンジョウさんは備えている。
物腰が柔らかくてジョークが得意、にこやかな表情が魅力的なキンジョウさんの周りには、いつも笑顔が溢れている。
親しみやすい性格から、施主も心を開きやすいのだろう。

 

そんなキンジョウさんが、いつも忘れないようにしている両親からの言葉があるのだと教えてくれた。

 

「幼い頃から口酸っぱく言われ続けてきたんです。
『あんたは世渡り上手すぎるところがある。何をやってもうまくいくと思い込んで生きていくと、そのうち人が離れていくから気をつけなさい』と。

 

設計においてもっとも大切にすべきことの一つは人間関係だと思っています。
手がけるのは建築物ですが、そこには必ず人と人との繋がりがありますから。

 

ここ5年間は人間関係を築くことを最重要課題としていましたが、向こう5年間は『沖縄発信 → 世界着信』できる建物を建てたいと思っています。
その建物は住宅かもしれないし、公共建築物のような大きな建物かもしれない。
私自身もよくわかりませんが、そういう建物を建てる使命があるように感じるんです」

 

写真・文 中井雅代

 

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