沖縄余興事情1〜「余興の練習があるんで、先に帰ります」〜




「今日、余興の練習があるからもう帰ろうね」
職場でもプライベートでも、
「余興の練習」の一言は、ないちゃーにはにわかに信じられないほどの威力を発揮する。


デートも飲み会も残業も、余興の練習を言い訳に断ったって角が立たない。
いわば強力な免罪符なのだ。


余興の練習ってそんなに大切なもの?
「余興」という言葉自体、沖縄に来るまではそれほど馴染みがなかった。
単語としては知っているが、日常会話で出てくることはまずなかったからだ。


そもそも、余興って一体なんなんだ?


辞書をひくと
「(1)宴会などに面白みを添えるために行う演芸。アトラクション。 」
と、ある。
しかし、普通の飲み会や食事会で余興をやることは本土ではまずないし、
結婚式だってせいぜいカラオケや楽器演奏程度。


アイドルの振り付けやお笑いのネタを完全コピーしたり、
上半身裸で踊りまくったり、
上から下まで衣裳をばっちりそろえて芸を披露するといった、
高度かつ手間・ひま・金のかかることは、まずしない。


沖縄では、余興そのものはもちろん、
先述したように「余興の練習」のプライオリティも同様に高いようだ。


複数の友人と外食したり、飲み会を開いたりすると、
余興の練習が理由で参加できない人のいる確率の高さといったら。
そして、
「余興の練習じゃぁしょうがないよね」
という周囲のムード。


「だって私たちも余興の練習があったらそちらを優先するもん」
といったところか。


沖縄に来て2年ほど経ったころ、親族の結婚が決まり、ついに私も余興初参加の機会を得た。
いとこ間で連絡を取り合い、週1の割合で誰かの家に集合して練習することに。


「じゃあ、◯◯おばさんの家に、金曜7時集合ね~」


ここで気をつけなければいけないのは、「7時集合」イコール「7時から練習が始まる」ではない点だ。


7時集合とは、「7時半くらいからみんなでとりあえず夕飯を食べる」ことを意味するのだ。


だからといって、7時半に(無論7時にも)全員が集合することを沖縄で期待してはいけない。
到着した順におばさんが用意してくれた夕飯を食べ、徐々に集まって来るいとこ達が夕飯を食べ終えるのを世間話をしながら待つ。
順調に行けば、8時を過ぎる頃に全員が集まり、さて、やっと練習が始まる!と思いきや、
今度は全員で近況を報告し合うのだ。
「ええ、仕事変わったって~?今の職場はどんな~?」
「お前、最近ちょっと太ってんか?」
こんな会話があちらこちらでそれぞれに繰り広げられる。


その頃には、一番乗りで到着した人の小腹が減ってくるので、
「だあ、甘いものもあるよ」
「自分もシュークリーム持って来たよ~」
「ミスドも買って来てあるさ~」
と、今度は食後のデザートタイムが始まる。


この辺にきてやっと


「はっさ、お前達の練習はなかなか始まらんなぁ~」


と、お決まりのツッコミが状況を見守っていたおじさんあたりから入る。
が、その表情は柔らかい。
甥や姪が和気あいあいとしているのを眺めているのが幸せなのだろう。


「だからよね~」
「でも、このシュークリーム美味しいね~」
「自分コーヒー飲みたい!」


そんな感じでさらに30分が経過する。


気付くと時計の針はそろそろ9時を指そうとしている。


「もう始めんと~、明日も仕事で早いからよ~」


約束の時間には遅れるが、明日の心配はする。


「じゃあ、とりあえず、ダンスをするということは決まりで、何を踊るかはそれぞれ考えて、
動画を見つけておくってことで。」


これくらいなら、集まるまでもなく、メールでも決められることだが、
余興の練習はなんと言っても
「集まることに意義がある」。


「オッケ~、じゃあまた来週な~」
「今度は誰のうちでやるか?」
「◯◯おじさんのうちでいいあんに?」
「じゃあ、また7時に(=7時半から夕飯)な!」


そうして、集まる前と後でほとんどなにも変わらないまま、それぞれが帰路につく。


「ねえねえ、結局今日もほとんどなにもやらんかったね」
「だからね。」
車中での旦那さんとの会話もお決まり。


しかしながら、私はこんなお気楽な「THE・余興の練習」が大好きなのだ。
親戚の結婚が決まる、それは、このよーんなよーんなした雰囲気の集まりが日常化することを意味し、
毎度繰り広げられるこの状況に思いを馳せ、私はなんともあたたかい心持ちになる。


いとこたちとのとりとめのない会話で笑い、それを暖かく見守る叔父叔母達の姿を見ると
「沖縄に嫁いできてよかったなぁ~」
と、心から思う。


「わたし、余興ってどうしても好きになれない、踊るとかありえない」
と愚痴るないちゃー嫁は多い。
さもありなん。
幼い頃から余興の盛んな地域で育ったわけではないのだから。
私は一体全体どういうわけか、ないちゃーなのに余興も余興の練習も大好きで、
「こんな性格でラッキーだったな~」
と、幸運を喜んでいる。


しかし、沖縄余興の真骨頂は、もちろんその本番に発揮されるのである。


(沖縄余興事情2に続く・・・)

やまとぅー撫子