月桃の宿 あかいし 皆で食卓を囲み、お母さんの手料理をいただく。愛おしい時間の流れる里山の宿

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月桃の宿あかいし

ここは本当に石垣島なんだろうかと思う。新石垣空港からひたすら北上すること3、40分。ハイビスカスの花が咲き乱れる、じっとりとした南国の風景は広がっていない。深緑の山々が連なって、懐かしさのある日本の原風景が広がる。里山と言うにぴったりの場所。

周囲に視界を遮るものはなく、“月桃の宿あかいし”は、遠くからでもすぐにあれだとわかった。ひと目見て年季が入っているとわかる木造の建物。長い時間が経過したからこそ醸し出る重厚感。威厳のような、それとも客人の到着を待つ温かさのような、なんとも言えない雰囲気を纏っていた。

月桃の宿あかいし

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庭は綺麗に手入れされ、木々や花々が豊か。整然とした庭、趣のある建物…、どれも素晴らしいけれど、最も圧倒されたのは、母屋に入ってからの景色。そこは、庭以上に緑に溢れていた。とても室内とは思えない。

月桃の宿あかいし

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すっかり日が暮れて夜の帳が降りる頃、宿のご主人、鈴木博次さんが部屋を回って声をかける。

「そろそろ夕食にしましょう〜」

母屋の食堂は、立派な梁が何本も張り巡らされ木の温かみに溢れた場所。食卓には、博次さんの奥様、勝子さんの手料理が、大皿に盛られて幾皿も並ぶ。博次さんが海でとってきたもずくの酢の物に、甘いパイナップルの入ったサラダ、具だくさんの煮物、もずくや野菜や鶏の天ぷら、出汁の効いた混ぜご飯に、大きな椀に入った島豆腐とアーサのお吸い物…。

「さあ、いただきましょう」

1つの大きな食卓を宿泊客全員と博次さん勝子さんで囲む。「いただきます」をして同時に食べ始める。どれも、勝子さんの手のぬくもりが伝わってくるような、温かくて優しい味。美味しいと伝えると、「そーお?」と嬉しさとはにかみのこもった優しい声を返してくれた。

月桃の宿あかいし

この日居合わせたのは、三重からやってきた石垣島を自転車で回る60代の男性と、千葉からやってきた来春就職を控えた女子大生2人組。男性が、近くの売店で島の泡盛、“請福”を買ってきてくれた。

最初はどことなくぎこちなかったメンバー。けれど博次さん勝子さんも、それをわざわざ盛り上げるようなことはしない。黙々と箸を進める。変に気を使わないところがなんとも、本当の家族っぽい。ただ、お酒が進むにつれ皆の舌が滑らかになっていく。たまたま集まったこの“家族”、同じ時間を共有するのはこの一度きりと、一期一会の時間を楽しむ。いつしか博次さん、勝子さんを「お父さん」「お母さん」と呼んでいた。

月桃の宿あかいし

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話題は、石垣の言葉や慣習、明石地区の開拓時代の話そして、お客の一人である男性の、自転車で日本中を巡るセカンドライフの充実ぶりなど。お父さんも、自身の人生の楽しみを身振り手振りを加えながら、次々と披露してくれる。

「僕は東側の海沿いの道を歩くんだ。人なんかほとんどいない。いるのは牛だけだよ。北端まで行って帰って10キロほどあるんだけど、海沿いを歩いてると色んなものが流れ着いてくるんだよ。外国籍のボートとか、救命胴衣とか。その救命胴衣、使ってるよ。だって買うと高いでしょ」

「塩作ってるんだ。沖まで自分で作ったイカダで出て、ペットボトルに数本。シンメーナービ(円錐状の大型鍋)に入れて、薪で焚いて、それから天日干ししてね。塩は甘いよ。この間の夏休みには、内地から遊びにきた孫と一緒に作ったんだ。ラベルに“石垣の塩”って書いて、嬉しそうに持って帰ってったよ」

月桃の宿あかいし

「今ね、宿の2階に星見台を作ってるの。そこで星見ながら、一杯やったら最高だよ。完成した頃、またみんなで飲みましょう」

「楽しみはね、いーっぱいあるの。それを掘り起こさないとね」

“人生には辛いこともあるかもしれない。けれどもそれ以上に楽しいことが、いっぱいいっぱいあるんだよ”。お父さんの話は、もうすぐ社会へ巣立つ若い2人へのエールのようにも聞こえた。

月桃の宿あかいし

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「明日の朝は早いから、名残惜しいけれど、そろそろお開きにしましょう」

請福の瓶が空になり、そんな言葉でしめるまで、和やかな時間は続いた。

翌朝、早く出発するメンバーに合わせて、また皆で朝食を囲む。その後その出発を、全員で外に出て、車が小さくなるまで手を振って見送る。

一晩だけの家族は、ここで解散。

何も飾ることはない、普通で、温かくて、ありがたい。特別じゃない普通のことが、こんなにも心に染み入るとは思わなかった。

写真・文/田中えり(編集部)

月桃の宿あかいし

月桃の宿あかいし
石垣市伊原間370
0980-89-2922