Bakery&Cafe Coo(ベーカリー&カフェ クー)「正直なものを正直に」 第二の人生を謳歌するオヤジが作る、ごまかしのない天然酵母パン

Coo

 

Coo

 

「俺、65でさあ、中目黒にあった自分の会社閉めて、全部ぶった切ってこっち来たんだよね」

 

「ぶった切った」きっかけは、震災後娘さん一家の移住の手伝いで、今帰仁を訪れたことだった。

 

「沖縄って山がいっぱいあるんだなって。山があって海があって、この景色。なんかこう流れる空気感が違うよね。今は慣れちゃってこれが当たり前だけど、あの時は刺激的だったね。本土でもパン屋をやる場所を探してたんだけどね、なんか自分の中にワクワク感や力が出てこなくて。ここにきたらいきなり、あ、ここだって」

 

今帰仁の、「こんな辺境の地になんでパン屋さんがあるの」と客に言われるような場所で、Bakery&Cafe Coo店主、坂本 智(さとし)さんの新しい人生の幕が、開いた。

 

Coo

 

Coo

 

「パンってね、粉、水、塩、酵母、この4つでできてるの。この4つ以外は本当はいらないんだよね。この4つがおいしくないものは、どうやってもおいしくないわけ。バターとかマーガリン、砂糖を多めに入れてごまかそうとしてもね。正直なものを使って正直に作って正直に提供する。余計なものはいらないの」

 

シンプルに作られたパンは、噛めばガリっと音がするほどのカリッカリの外側、それに対して中はふんわりでしっとり。歯ごたえのコントラストが際立っている。ほんのりとした粉の甘み、ふくよかな味の深みを感じるのは、天然酵母パンならではだ。

 

Cooのパンは、坂本さんが起こした天然酵母を使っているものと、ホシノ酵母を使っているものの2種類がある。坂本さんの天然酵母は、干しぶどうから起こす。

 

「酵母菌の餌って糖分だから、酵素ジュースって砂糖をいっぱい入れるでしょ。でも干しぶどうで作る酵母は干しぶどう自体の甘さだけで作るから、砂糖はいらないの。酵母が干しぶどうの糖分を食べて炭酸ガスが出て。その炭酸ガスがパンの中のグルテンっていうゴム質を膨らませて、パンが柔らかくなるの。その酵母を使ってパン種を作って。パン種は1割くらいとっておいてそれを培養する。それを繰り返すから、店をオープンさせた1年半前の酵母がまだ生きてるんだよ。最初はアメリカの有機の酵母を使ったんだけど、今となっては今帰仁酵母としか言いようがないよね(笑)」

 

天然酵母にこだわる坂本さんは、粉にも当然こだわる。天然酵母は安定しにくいため、粉の扱いは苦労の連続だ。

 

「沖縄だからね、なるべく国産の南の方の粉を使いたいのよ。だから九州産を主に使ってる。でも南の粉はタンパク質の含有量が少なくて、全部のパンに使えないんだよね。しょうがなく南の方と北海道の粉をブレンドしてる。本土にいたときは仕事しながらパンも作って、自然食品店とかに置いてもらってたんだけどね。その時は北海道の粉を使ってたわけ。でも粉が変わると発酵の時間とか酵母の量、水分量とか全部変わってきちゃうから、慣れるのに時間がかかったね。それと沖縄の天候に慣れるのも苦労したな。温度と湿度がまるで違うから、発酵の度合いも変わってきちゃう。沖縄って季節の変わり目に一気に気温が変わるタイミングがあるよね。粉自体の温度が変わるし、粉が水分を吸って水分量も変わってくる。1%とか2%の違いなんだけど、ちょっとの差で全然違う。寝かせる時間とか微調整しないと、全然違うものができちゃうの。だから見極めがすごく大事」

 

パン屋に欠かせないのは何より見極める力だと、坂本さんは言う。

 

「良いパンを作るのは技術よりも見極めなの。『今』焼いた方がいい、とか『今』成形したほうがいい、とかね。何分寝かせるといいとかイーストだとはっきり言えるんですよ、酵母菌が強いから。でも天然酵母だとレシピとして書けない。本に2〜3時間とか書いてあるけど、2時間と3時間じゃ全然違って、その間に最適な時間がある。その最適な時間を見極めるのがパン屋としての腕だね。長い間パンと付き合ってないとそう簡単にはできるようにはならない。職人だよね」

 

ピピピッというタイマーの音が聞こえるなり、坂本さんは「今」のタイミングを逃すまいと「ちょっと失礼」と軽快に小走りして厨房へと向かっていった。

 

Coo

 

Coo

 

長い間パンと付き合ってきた坂本さんだが、パン一筋という人生ではない。坂本さんは、これまで38年間工業デザイナーをしてきた。

 

「物作りが好きなのよ。それと奥さんの影響でマクロビの食事法してて。マクロビに基いて作ったパン食べたらカッチカチでまずくてさ。もっとおいしくできるはずだよなって」

 

そんなきっかけでパン作りを始めた。しかしその頃は天然酵母のパンを教えてくれるところはなかったという。坂本さんは、食の雑誌”dancyu”を参考に、1人で果敢にも天然酵母パン作りに挑戦する。

 

「ぶどうから酵母起こして、パン種を作って、パン種をパンにして。でもさ、その作り方1ページしか載ってなくて、できないわけよ。酵母が起きてないからパンにならない。当たり前だよね。そんな矢先に、会社の近くでホシノ酵母を使ったパン教室を見つけて」

 

デザイナーの仕事をしながらも足繁くパン教室に通った。なんと20年間も。

 

「初級コースと中級コースがあってさ、初級コースを何十回も受けた(笑)。難しいのよ。先生が作ったのとおんなじようにできないの。パン作りはものすごいクリエイティブで、できたパンはまるで生きた彫刻だよ」

 

Coo

 

Coo

 

「デザインもパン作りも、粘土細工というか物作り。最後は感性で見極める力が大事なの。デザイナーとして見極めてきたことが、今のパン作りに役立ってる。デザイナーであれ、パン屋であれ、その見極め方を誰かに教えることはできないんだよね、独特の雰囲気だから」

 

坂本さんはデザイナーとの共通点を言いながらも、しかしその違いを、”人との繋がり”だと話す。

 

「デザイナーはね、基本1人なんですよ。使う人を想定して作るんだけどね、年齢とか性別とか。想定された人は、生身の人間じゃなくて、いわば架空の人間。その架空の人が本当に喜んでるのかどうかもわからない。でもパン屋はさ、いきなり美味しい美味しくないを聞くわけよ。お店で『美味しい〜』とか、『坂本さんのパン食べたら、今まで元気なかったのに元気になった』とか、そういう生の声を結構聞くわけ。そんなのデザイナー長年やってて1回もないよ」

 

興奮気味に話しながら、坂本さんは一言付け足した。

 

「人間最後は人と人の繋がりなんだろうなって。人と繋がれることを仕事にしていかないとダメだなって」

 

Coo

この日のビーガンランチセット。天然酵母パンのトーストやソイミートのからあげ、島とうふのローフなど。カフェでは他に、サンドイッチやフレッシュジュース、スムージーなどが頂ける 

 

Coo

 

「毎日同じことを繰り返しやってるの。それってもしかしたら素晴らしいことかもしれない。いい歳になってるから、そんなに刺激っていらなくなってる。明日がどうなるかわからないって世界じゃなくて、毎日同じことを繰り返すことで、自分の努力が見える世界。それにね、もうしがらみがない。この歳になって、俺は何歳までに何々しようっていう発想がなくなる。だって考えたってさ、30年後なんて生きてるかわからないし、10年後もちょっとヤバイんじゃない? 75になったときの目標なんて考えるか? もうね、その日暮らし、悪く言えばね。良く言えば『今を生きる』、今だよ、今っていう生き方。長い年月かけてそういう考え方になったな。経年変化みたいにね」

 

そう話す坂本さんには、短くない人生を歩んできたからこそ生まれる、そこはかとない余裕が感じられた。

 

Coo

 

その一方で、坂本さんは悩みも聞かせてくれた。パンに向き合う姿勢と同様、自分にも正直な人なのである。

 

「今自分は木の箱使って自然の成り行きでパンを作ってる。そういうのをシステマティックにやってくれる機械もあるんだけどさ。でも動力とか電気使うのが嫌だから。……でもなー、いずれ導入するかもな。システムがしっかりしてた方が、例えば誰かに任せるときに任せやすいじゃない」

 

とか

 

「さっき刺激はいらないって言ったけどさ、いざパン屋やってみて毎日同じことの繰り返しはちょっと刺激なさすぎ。だからここをベースにまた違うことをすることも視野に入れてる。デザイナーてね、1ヶ月のうちちょっと仕事しただけで、1ヶ月暮らせるくらいのお金がもらえるの。俺、失敗したかな(笑)」

 

とか

 

「始めてみてこんな広いと、俺1人でやるには広すぎて。でカフェスタッフとかも雇ってさ。そしたら結局お客さんと繋がれないわけよ。工房に入ったきりになっちゃう。もっと小さいところで、作りながら接客もするような。お客さんが来たら、『はいはーい』とか言ってさ。そういうのがよかったかな(笑)」

 

とか。

 

坂本さんは言う。

 

「この歳になってもさ、自分の中の人生の完成がないんだよね。これなのかな、あれなのかなって、今まだ探してる。自分の生き方も含めてね。自分が一番大事なことと思っているのは、楽しいか、ワクワクするかってこと。自分の中でワクワクが出てきたら、それを心の中で醸造させるというか育んでいって。そしたらなんでもできるよ、やりたいと思ったら」

 

Coo

 

楽しい、ワクワクを追求する坂本さんは、これまで様々なスポーツにも挑戦してきた。ウインドウサーフィンやトライアスロン、トレイルランやスノーボードなど数え上げればきりがない。

 

「ウインドウサーフィンってね、また明日できるっていうスポーツじゃないの。風はね、いつ吹くかほとんど読めない。今吹いてたら今やるしかないんだよ。この風は今しかないの。これが俺のベース」

 

坂本さんは、ウインドウサーフィンから学んだ「今」を大切にしながら、真っ直ぐに生きている。早朝4時半からパン作りに励む坂本さんの毎日は、これからも少しずつ更に熟成味を帯びてゆくのだろう。その姿は、無駄を削ぎ落とし、自然にゆっくりと時間をかけて発酵し、よい香りを放つ、Cooのパンに似ていると思った。

 

文/田中えり 写真/青木舞子

 

Coo
Bekery&Cafe Coo (ベーカリー&カフェ クー)
国頭郡今帰仁村字今泊3313
0980-56-3308
open 10:00~17:00
close 火・水

 

http://bakeryandcafecoo.jimdo.com