定員4名、少人数制のお菓子教室「オカシノニワ」では、主宰の山口こず恵先生が作ったものを試食し、自身が作ったケーキは丸ごと持ち帰ることができる。
この日作ったのは「抹茶と大納言のスフレロール」。
スフレ仕立てのやわらかなスポンジ生地で、純正生クリームを使用した濃厚クリームをロールし、北海道産の大納言小豆をトッピング。
甘さは控えめ、抹茶の風味が濃厚な大人のケーキだ。
「抹茶のほろ苦さが最高!」
「小豆もホクホクですね」
と、試食でも大好評。
自身で作ったものを誰にあげるかという話題にも花が咲く。
「半分は家族に、半分は主人の実家に持って行こうかな」
「えー! 優しいお嫁さん。私は独り占めしちゃいたい…(笑) でも、今回は職場かな」
毎月10日、その月に作るケーキと教室開講日がブログで告知されるやいなや、あっという間に定員に達してしまうことも多いお菓子教室は、山口さんの自宅を開放して行われている。
「お菓子作り初心者の方でも、気軽に参加できる教室ですよ」
という言葉に、お菓子作りの経験がほとんどない私でもできるのだろうか? と期待感が高まった。
お菓子作りを始める前に、15分ほどかけて材料と手順をしっかり確認。工程で気をつけることも細かく伝える。
抹茶風味のクレームシャンティ(生クリームを泡立てたもの)の下準備。あら熱をとったら冷蔵庫に入れ、冷やしておく。
天板に敷く紙を用意する。
ここで取り出したのが子ども用のらくがき帳だ。
「製菓材料品店には専用の紙が売っていますが、100均でも売っているB4サイズのらくがき帳の用紙二枚を重ねて作ることもできます」
この時重要なのは紙質で、クッキングシートはあまり適さないと言う。
「パウンドケーキやロールケーキを作る時には、余分な水分を吸収してくれる『わら半紙』などが最適。だかららくがき帳がいいんです。
水分を吸わないクッキングシートだと、仕上がりが変わってしまいます」
天板に沿って紙を折るときは、1ミリほど内側に折る。
「そうすると隙間なく綺麗に天板に入ります」
ロール生地を作る。
ボウルに卵黄と上白糖を合わせて泡立てるのだが、上白糖を使うのにも理由がある。
「上白糖だと生地がしっとりと色よく仕上がるんですよ。
きび糖などでも作れますが、仕上がりの色合いはどうしてもくすんでしまいます。
卵黄と砂糖を一つのボウルに合わせたら、すぐに手を動かして混ぜ合わせましょう。
砂糖は卵の水分を吸う性質を持っているので、手早く泡立てないと卵黄がダマになって残ることがあるんです。
泡立て器は高速にセットして、一気に泡立てます」
工程だけでなく、なぜそうしなければならないのか理由まで説明するのが山口さん流。
一つ一つの作業の理由が明確なら、初心者が自宅で一人おさらいするときにも、細かな注意点までしっかりと思い出せる。
卵黄と砂糖の泡立て具合の目安は、生地を持ち上げて平仮名の「の」の字を書いたとき、すぐに消えずにしばらく残るようになるまで。
「すぐに消えてしまうようでは泡立て方が足りない証拠。再度泡立てましょう」
適度に泡立ったら、ここで一手間。
ハンドミキサーに残った生地もしっかりと指でぬぐいとる。
それをボウルの縁につけると汚くなるので、次に使う器材・ゴムべらに移す。
「そのゴムべらでさっと全体を混ぜ合わせます。
卵黄は乾燥しやすいのでボウルの内側に飛び散った生地から固まっていくんです。すると良い生地になりません。
全体的に混ぜ合わせてから次の工程に移ります」
卵白と上白糖を合わせ、メレンゲを作る。
「卵白は大きく分けると、サラリとした『水様卵白』ともったりとした『濃厚卵白』から成ります。
そのまま砂糖を入れると、水様卵白と混ざりやすく濃厚卵白とは混ざりにくいので、砂糖を入れる前に卵白だけを簡単に泡立て、ほぐしておきましょう。
全体的に泡立ったところで砂糖を加えます」
卵白と砂糖が均一に混ざるよう一旦手でかき混ぜてから、泡立て器を使う。
「メレンゲは、作るお菓子の種類によって砂糖を入れるタイミングや量が変わりますが、今日は優しくふんわりとしたメレンゲを作ります。
泡立て器を持ち上げて横に二度振ったとき、二本のラインが重なるのが目安。
先ほどの卵黄は泡立てすぎてもあまり問題はありませんが、メレンゲは泡立て過ぎると目がつまってしまうので気をつけて」
泡立て具合も手の感触ではなく、見てわかる目安を教えてくれるのがありがたい。
最後にざっと手でかき混ぜる。
「ハンドミキサーだとどうしてもムラができるので、必ず手を使ってかき混ぜて。
ここでは、先ほどのようにミキサーについた生地を指でぬぐってはだめ。潰れた気泡を戻しいれてしまいます。
ボウルの縁にトントンと打ち付けて落とすくらいでOK」
メレンゲに卵黄生地を加えて混ぜ合わせる。「泡をつぶさないようにゴムべらを使って」
ふるっておいた薄力粉と抹茶を入れ、しっかりと混ぜる。
「ここが今日のポイントの一つ。中心から外側に向かって手を返すように、リズミカルに混ぜてね。
卵黄の黄色と抹茶の緑が混ざる様子が綺麗でしょう? この瞬間が私好きなの。
粉っぽさがなくなってからさらに80〜100回ほど混ぜます」
混ぜ終わりを告げるのは、生地にでてくる「艶」だ。
「最初はマットな色合いなんだけど、徐々に薄力粉のグルテンの効果が発揮されて艶が出てくるんです。
今日作る生地は薄力粉の量が少ないので、しっかりと混ぜてください。
生地の一カ所を見つめて混ぜると、艶が出てきたのがはっきりとわかりますよ」
はっきりと見てとれるほど艶が出てくる。
「温めておいたバターと牛乳に、生地の一部を流し入れます。これを『犠牲生地』と呼びます。
しっかり混ぜたらボウルに戻して再度混ぜましょう。
バターと牛乳は底にたまりやすいので、下から混ぜ返すようにして。
これで生地の完成! さぁ、型に流し込みます」
真ん中から四つ角に向かってヘラを動かし、型の隅まで生地を行き渡らせる。
ゴムベラを寝かすようにして表面をならし、全体の厚みをそろえる。
天板を持ち上げ、20センチほどの高さから1〜2度テーブルに落とす。
「こうすることで中の空気が抜けるんです」
210度に予熱しておいたオーブンで15分焼く。
15分経ったら天板を引き出し、生地の表面に手を当てる。シュワッとする感じがなければ完成。
生地の中の熱をとるために天板を再度持ち上げ、テーブルに1〜2度落とす。立ち上がり部分の用紙ははがしておく
生地のあら熱がとれるのを待つ間、ここまでの工程を受講生が実習する。
最初の説明で一度、山口さんが作りながらもう一度注意点をしっかりと伝えているので、受講生はみなスムーズに工程を進めていく。
「初心者向けに開講しているお菓子教室ですので、できるだけ材料や素材をシンプルにし、工程もわかりやすくするよう心がけています」
「手の返し方はこんな感じ」少人数制なので一人一人に細かく指導することができる。
山口さんの教室では、使用する原材料にもこだわっている。
「小麦粉・卵・牛乳・バター・生クリームなど、原材料は安心できるものを選んでいます。
またコアントローのようなリキュール類など、普段使わないような材料は最小限に押さえています。
例えばショートケーキのスポンジなどは、生地が焼き上がったら一般的にはシロップを塗布するのですが私は使いません。生地のやわらかさやクリームの味わいを引き立てたいからという理由もありますし、工程を一つ省くことでより気軽に作れるようにするという目的もあります。
材料や工程をシンプルにすることで、素材そのものの味わいが引き立つお菓子になるんです」
「手作りに勝るものはない」と断言する山口さんは、幼い頃からお菓子作りが大好きだったという。
「小学生のときにはすでに、お菓子屋さんになりたいと公言していましたね。
母と4人姉妹の女ばかりで育ったので、よく妹と一緒に本を見ながら作っていました。当時使っていた本が今でも残ってますよ。雑誌『non-no』の付録(笑)そういうのを見ながらバナナケーキやチョコケーキなんかを焼き、お友達にあげるのが好きだったんです。喜ぶ顔を見るのが嬉しかったんですね」
高校卒業後、沖縄県内の調理師学校へと進学した。
「その頃の夢は、『おいしいおやつが作れるお母さんになること』。
でも、当時は製菓の専門学校が県内になかったんです。県外に出ることはできなかったので、西洋料理の授業で洋菓子を作れるかな?と思い、調理師学校への進学を決めました」
しかし実際は、お菓子を作る授業は数少なかったと言う。
「授業があまり楽しくなくて休みがちでした。不良受講生だったと言えるかもしれません(笑)。
だから、当時の先生に最近ごあいさつにうかがったときはびっくりしていましたよ。『おまえがこの道に進むとは!』って(笑)」
学業と平行し、山口さんは県内のホテルで働き出した。
受講生の分のスポンジが焼けたら、クレームシャンティの続きを作る。先ほどのように、まずは山口さんが手本を見せる。
「学校を卒業したら厨房で…と考えていたのですが、作ることよりも接客の方が楽しくなって。また、調理の世界の厳しさを間近で見ることができ、『自分には無理だ』と。
それで調理をあきらめ、料飲部門というサービスの仕事に就きました」
卒業後もそのまま同じホテルで働き、計8〜9年の経験を積んだ。
「でも、料飲部門にずっと勤めていると最終的にはマネージメントの仕事になっていくんですよね。経営とか経理の仕事で、表にも出ることが少なくなって。
そこで、『あれ? 私がやりたかった仕事ってこういうのじゃない気がする』と気づいて」
他の世界も見てみようとホテルを退職し、広告代理店に就職したのが26歳の時だった。
「広告代理店って様々な業種の方と仕事ができるんです。それがすごく楽しかったですね」
総務と企画の部署で働き、妊娠・出産を機に退職した。
専業主婦となり育児に専念していたが、娘が二歳のときに転機が訪れた。
最初に作って冷やしておいた抹茶ペーストに生クリームを加え、固めに混ぜ合わせる
生地をひっくり返し、端の方からゆっくりと紙をはがす。
巻きはじめの部分にクリームを乗せて伸ばす。「パレットナイフに人差し指をしっかりそえると伸ばしやすくなります」ナイフについたクリームは、ボウルのふちでこそぎ取って集めると塗りやすくなる。
生地の半分程度の面積に小豆をのせていく。
「自宅を開放してお菓子教室を開いている人がいると聞いて。それが、mon chouchou(モンシュシュ)のあけみさんでした。(関連記事:オーダーメイドのケーキ、一口で魅了される焼き菓子。「大事」が伝わるお菓子店。)
それまではお菓子教室ってちょっと敷居が高いというイメージがあったんです。入会金を払って、大人数で受講する感じ。
だから、『個人で教室が開けるんだ!面白い!』とすぐに興味がわきましたし、私もお菓子を作りながら色んな方とお話をするのが好きだったので、こういうカタチだったら私もできるかも、と」
本格的に製菓を学ぶために、辻製菓専門学校の通信教育を受け始めた。
大阪と東京での実習を経て、4年前に自宅でのお菓子教室を開講した。
苦手な人が多いという、ロールケーキの巻きの工程。「今日のビッグイベントですね。手前の生地をぴっと折ります。ここが芯になります」
左手で紙を押さえ、右手で紙の手前部分の中心を持つ。「ぐるぐるっと、ロールケーキに少し圧をかけながら上に抜ける感じで巻いていきます」
ひっくり返して「巻き締め」をする。紙の上から定規で押していくと、ロール部分がきゅきゅっと締まっていく。
端にクリームを塗り、冷蔵庫の中でしばらくなじませる。
教室を始めてすぐに、これが自分の求めていた働き方だと実感したと言う。
「私が作ったお菓子を食べた人においしいと感じてもらうことが、私にとって最大の喜びではないんです。
それよりも、一緒に作った受講生が『家族においしいと言ってもらった』とか『職場に持って行ったら好評だった』と喜んでもらうほうが嬉しい。そうやって皆さんの笑顔を見られるのが一番の喜びなんです。
自分のお菓子を作るのではなく、皆さんのお菓子作りと、皆さんの周りに笑顔が生まれるのをお手伝いできることが幸せなんです。
ホテルで働いていたときはいつも違和感がありました。厨房って客席から遠く離れた奥の方にあるので、調理しているとお客様の様子がほとんど見えないんですよ。それがなんだか寂しくて。
でもこうしてカタチを変えることで、自分の求める調理との関わり方を実現できたように思います」
中央部分のみ避けて粉砂糖を振る。
丸口を使ってクリームを絞り出す。「丸みをつけるのがポイントです」
小豆を乗せ、仕上げにもう一度粉砂糖を振って完成。
また、オカシノニワでは子連れでの受講も受け付けている。
「アトリエ内にスペースを設け、小さなお子さんと同じ空間にいながらお菓子作りをすることができます。
小さい子どもがいるから外に出られない、好きなことができないというのは寂しい。育児の時期だからこそ、お菓子作りを楽しんで気晴らししていただきたいという気持ちもあります。
色々とご了承いただかなければならないこともありますが、できるだけご協力したいと考えています」
お待ちかねの試食タイム。
バレンタインのテーマだった「チョココーヒーのスティックチーズケーキ」も一緒に。
「ん〜、抹茶が濃厚でおいしい!」
「うちで作ったケーキがきっかけで、結ばれたご縁もあるんですよ!」
山口さんが嬉しそうに話してくれたのは、オカシノニワで「苺のシャルロット」を作った女性の話。
「頑張るケーキ」と山口さんが名付ける、少し難易度の高い「苺のシャルロット」
その女性は持ち帰り用のケーキを男友達に贈った。すると、そのケーキを食べた男性のご両親が「こんな美味しいケーキをつくれるなんて。ぜひ彼女にしなさい!」と強く勧めたのだそう。
それがきっかけとなって交際がスタート、やがて結婚に至り、次に教室にやってきた時には姓が変わっていたのだと言う。
「先生に教わったケーキがきっかけで結婚しました!と報告してくれて。すごく驚きましたし嬉しかったですね。
その日に作った苺のタルトも、『お姑さんに持って行かなきゃ』と嬉しそうに話していました」
その女性に限らず、オカシノニワで作られた持ち帰り用のケーキは、受講生にとって大切な人の元へと必ず届けられる。
大好きな人に贈りたくなる、そんなケーキなのだ。
子どもの誕生日ケーキを作りたいと、個人レッスンを申し込んだ父親もいたと言う。
「お父様手製のケーキだなんて、お子さんはどれだけ喜んだことでしょう。目に浮かびますよね。
どんなケーキを作るときも、愛情に勝る調味料はありません。
大切な方を想ってケーキを作るお手伝いをさせていただきます」
「今が本当に楽しいし幸せ。
だから、細く長く続けたいです」
山口さんは満面の笑みでそう話してくれた。
お菓子好きな女性たちが集まるのだろうから、教室で作り、試食し、たのしくおしゃべりすることが最大の目的なのだろうと私は考えていた。
実際、それももちろん楽しい。
でも、オカシノニワは教室を出たあとに本当の幸せがやってくる。
家族、友人、同僚、恋人…。
大切な人が、自分の作ったお菓子で笑顔になる瞬間を見られるのだから。
さらに自宅でも、山口さんが理由まで明確に説明してくれた工程の一つ一つを思い出し、ケーキを作ってみる。そしてまた、新たな笑顔が生まれる。
授業が終わったあとにもに幸せが続く、そんなお菓子教室なのだ。
オカシノニワ
那覇市首里鳥堀町
(詳しい住所はおたずねください)