めぇみち優しい掌(たなごころ)でむすぶ、愛情溢れる至福のおむすび

めえみち

 

「私ね、かごの中の鳥なんですよ。1日中ずっとここにいるの」 

 

控えめな笑顔が印象的な“めぇみち”の店主、池 博美さんが笑う。

 

博美さんが言う“かごの中”とは、2メートル四方程度の、カウンターの中のことだ。店に入ってすぐ視界に入り、博美さんが笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれる場所である。そのこじんまりとした“かごの中”には、博美さんがおむすびをむすぶ台や飯釜、食材が入ったタッパーなどが、整然と並んでいる。

 

手を伸ばせば全てに届くスペース。そんな狭い場所に1日中いて、ストレスが溜まらないのだろうか?

 

「私ね、おむすびをむすぶのが楽しくて楽しくてしょうがないの。だから1日中ここでおむすびをむすんでいたら、とても幸せなのよ。だってお客様は、今日会ったばかりの私が素手でむすんだおむすびを、なんの躊躇もなく口に運んでくれた上に、おいしいって言って下さるのよ。こんなありがたいことはないわ」

 

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そう言いながら、手際良く、そして何より美しく、おむすびをむすんでくれる。玄米ご飯をお茶碗に一度取り量を確認したら、大きなまな板の上で軽く成形する。そして、手のひらで優しくリズミカルに、むすぶ。その後、ご飯が隠れるよう全体に、2枚の海苔を丁寧に貼り合わせた。

 

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「ゴーヤー味噌のおむすびは、どこを食べてもゴーヤー味噌を味わえるように広げて具を載せるの。にがなと麹漬グルクンのおむすびは、ご飯に混ぜ込むのね。混ぜ込むタイプのおむすびは、具が混ざる分、海苔が剥がれやすくなってしまうの」

 

そう言って博美さんは、継ぎ足し用の小さくカットした海苔を、丁寧に隙間に貼りつけた。

 

出来上がったおむすびは、海苔でくるまれ真っ黒で、コロンとして、かわいらしい。こんなに美しく作られたおむすびは、見たことがない。

 

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玄米おむすび2個と、カチュー湯、丸干しイワシ、モズク納豆、香の物、季節の野菜、デザート、お番茶のセットで1050円

 

食べ物を口にした時、その食べ物のパワーを感じたことがある。「んんっ? 何これ?」と驚くのだけど、“味のおいしさ”に驚くのとは違う。“食べ物に力が宿っていることを感じて”驚くのだ。めぇみちのおむすびに感じるのは、まさにその力だ。

 

お米の一粒一粒がバラバラにならず、かといって潰れておらず、口のなかでほろっとほどける。ご飯の味も、具の味も、海苔の味も、それぞれ全てがおいしい。3つが合わさると、もっとおいしい。ずっとずっと噛んでいたくなるほど、ほんのりと甘みがあって、優しくて、じんわりとする。温かくてほっとするというのもあるけれど、腹の底から静かに力が湧いてくるというのも、ある。

 

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シンプルな料理ほど、本当においしく作るのは難しい。その最たるものが、おむすびではないだろうか。むすぶ手の動かし方、力の入れ具合、ご飯と具のバランス、海苔とのバランスなど、一つ違えば、うーんとなるのがおむすびだ。

 

どうすれば、博美さんのように何もかも完璧にむすべるの? むすび方のコツは何なのだろう。

 

「えー、わからない」「うーん、何て言ったらいいんだろ」

 

博美さんは、言葉に詰まった。なかなか次の言葉が出てこない。やっと出てきた言葉は、こうだった。

 

「私にむすび方を教えてくれた人がいてね、初女さんっていうんだけど、『これくらいよ』って私の手を上から握って、力加減を伝えてくれたの。『たなごころでむすびなさい。そこにおむすびがあることを考えてあげてむすびなさい。ご飯の一粒一粒が呼吸できるように』って」

 

博美さんは肌で、むすび方を伝えられた。感覚で体得しているから、それを言葉で表現するのは難しかったのだ。それにしても、そんな優しい伝え方をする初女さんって、いったいどんな女性なのだろう。

 

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”初女さん”とは、青森の岩木山の麓で、憩いと安らぎの家”森のイスキア”を主宰する福祉活動家の佐藤初女さんのことだ。”森のイスキア”には、悩みや病を抱えた人が全国からやってくる。そこで一緒に食事を作り、食べる。初女さんが、心を込めておむすびをむすんでくれるのだ。

 

博美さんが、おむすびの店をすることになったのは、初女さんとの出会いがあったからだ。

 

最初に初女さんを知ったのは、ラジオだった。流れてきた「自殺を思いとどまるおむすび」というフレーズが、心に残った。しかしその後すっかり忘れていたそうだ。あのフレーズを再び思い出すのは、半年後、博美さんが体調を崩して入院した時だった。

 

「私も健康なときなら、そんなことあるかしらね?ぐらいに思ってたんだろうけど、入院してね、心細くなったんでしょうね。あの元気になるおむすびのことをふと思い出して。こんな時に食べたら、本当に元気になるのかなあって」

 

退院後、どうしても気になる博美さんは、あのラジオの声の主が誰だったのか探り始めた。半年間も尋ね続け、諦めかけていた時、ようやくあの声の主は”佐藤初女さん”だと知った。早速”森のイスキア”と連絡を取り、青森まで出かけることに。

 

「行ってくるから、母さん」「どこに?」「青森へ」「何しに?」「おむすびを食べに」

 

意気揚々としてこんな会話を、娘さんとしたそうだ。

 

しかし、出発の日に台風が沖縄を襲う。搭乗予定便がキャンセルになるなどしたが、諦めることなく根気強く待って待って、なんとか青森まで辿り着いた。

 

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”森のイスキア”へは、リンゴ畑を抜けて行くのだそうだ。タクシーで向かう道すがら、運転手さんの「なんでこんなところに、あんなに人が集まるんだろうねえ。とにかく沢山人が来るんだよ。普通のおばちゃんなんだよ」と言った言葉が忘れられない、と博美さんはくすくすと笑った。

 

満月の月明かりにぼうっと照らしだされた”森のイスキア”に到着すると、初女さんが出迎えてくれた。第一印象はどうだったのだろう。普通のおばちゃんだったのだろうか?

 

「普通のおばちゃんというより、自分の本当のおばあちゃんみたいだった。初めて来たのに、自分の実家に帰ったみたいでね、『遠くからよく来たわね』『お腹すいたでしょ』『お風呂にお入んなさい』ってね。すごく人のことを包み込んでくれる感じなのよ」

 

とても温かな空気が流れていたんだろうなと想像がつく。夕飯をごちそうになり、初女さんのおむすびを食べたとき、博美さんは、自分でも意外に思う言葉を口にした。

 

「このおむすびを仕事にしたいです」

 

博美さんは、おむすび屋を営もうなんてことは、初女さんのおむすびを口にするまで全く思ってなかったという。そればかりか、飲食店をしようなんてことすら思っていなかった。なのになぜ、そんな言葉を?

 

「なんででしょうね。自分でもよくわからないわ。もう自然に、自分の気持ちのまんまに、湧いてきた気持ちをぽって言ってしまったの」

 

初女さんのおむすびには、不思議な力が宿っているようだ。この突拍子もない申し出に対し、初女さんは、何ら戸惑うことなく二つ返事で「おやんなさい」と言ってくれたそうだ。

 

「『じゃあ、明日教えてあげるわね』って。その翌日はね、本当は初女さんは取材で県外へお出かけになる予定だったの。けど直前にキャンセルになったんですって。スタッフの方がね、『キャンセルになるなんて初めてよ。きっとあなたのために先生の体が空いたのね』って」

 

起きることは全て偶然ではなく必然…そんな言葉が頭に浮かぶ。翌日の3回の食事は3回とも、初女さんとともに梅干しのおむすびをむすび、食べる。ただそれだけだったそうだが、「今までにない大事な大事な時間だった」と、愛おしそうに博美さんは言った。

 

めえみち

 

このおむすびを仕事にする。そう思って沖縄に帰ってきた博美さんだったが、なかなか実現に至らなかった。お店をするといっても経営のことはわからなかったし、子育て真っ最中で経済的な不安もあった。

 

「その間、何回か初女さん、沖縄に講演でいらしてね、初女さんにお会いする度に心苦しかったの、お店をできていないことが。でもね、そのことを初女さんに詫びるといつも『大丈夫よ。気持ちはあるんでしょう? 変わらないんでしょう? それなら大丈夫、道は開けるから。焦らなくていいのよ』と言ってくださったの」

 

初女さんが、博美さんの背中をそっと押してくれたのは、これだけではない。

 

いざお店をオープンさせたものの、博美さんはこれでいいのかと不安で悩み続けていた。娘さんからは「母さん、おむすびなんかで食べていけるの」と言われていたし、お客には「おむすびが大きすぎる」やら「おむすび1個が250円なんて高すぎる」やら「玄米はまずい」やらと言われていたからだ。

 

「不安がなくなったのは、初女さんが私のお店に食べに来てくださってからよ。初女さんが、私のおむすびを食べて一言『うん、これなら大丈夫』と言ってくださったの。これが免許皆伝じゃないけど、私のなかで全てが腑に落ちた瞬間だった。ああ、わたしはこれで生きていくんだなって」

 

初女さんと博美さんの縁は、青森でだけじゃなく、その後もずっと続いていたということだ。博美さんが不安を抱えるたび、初女さんが現れ、初女さんの言葉で、勇気づけられ救われていたのだから。

 

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博美さんは、初女さんから教わったおむすびの基本は踏まえつつ、博美さんらしいオリジナリティを加えている。例えばお米。初女さんのは白米だが、めぇみちのおむすびは、2分搗きの玄米だ。

 

「玄米にしたのはね、他店ではあまりないということもあるけれど、自分が普段おいしいと思って食べているものじゃないと、これからずっとお客様にお出しできないと思ったからよ。最初はね、玄米に小豆を混ぜていたの。でも小豆が主張しすぎて具をじゃましちゃうから、今は具のじゃまをしない、もちきびとキヌアとレンズ豆を混ぜてます。なぜ入れるのかというと、おむすび1個で食事になるよう、栄養面を考えてね」

 

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博美さんのオリジナルはお米だけにとどまらない。バジルやミントなど、少しびっくりするようなものも具にしてしまうのだ。

 

「バジルはバジル味噌にするの。どうしてこんな具が生まれたかというと、お客様から沢山のバジルを頂いたから! バジルと味噌って意外と合うし、評判いいの。お客様から『バジル味噌作っておいてね』っていつもリクエストされてしまうもの。で同じようにミント味噌も作ったら、こっちはスッとする清涼感があってね、これもいいのよ」

 

上等な有精卵を頂いたときには黄身の醤油漬けや味噌漬けけなど、頂いたものを無駄にすることなくおむすびの具として成立させ、おむすびの可能性を広げてしまう。それほど博美さんの腕が素晴らしいということだ。

 

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ローストしたビーツにオレンジ、ブルーチーズ、ざくろを合わせためぇみちサラダ(季節によって野菜は変わります)。光り輝く宝石のような、美しい一品。

 

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鯖のパンロースト。いつもの鯖が垢抜けたおしゃれな料理に。めぇみちのおむすびとも相性がよい。

 

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ベリーソースのパンナコッタ

 

めぇみちは、2012年に那覇市泊から宜野湾市大山に移転し、それをきっかけにイタリア料理を中心とした洋食ともコラボレート、益々その料理に広がりを見せている。

 

「私はおむすびで、シェフは洋食って、それぞれ担当はあるんですけどね。こんな材料あるよ使ってみたらとか、これと合わせてみたら、というようなヒントをもらうことは多いです。あ、これとか、ぬか漬けのズッキーニね。ズッキーニはぬか漬けにしたことはなかったんですけどね、シェフに言われて、そういえばウリみたいだしおいしいはずって。それからキャベツに栗を合わせたのも。キャベツはお漬物にしようと思ってたんですけど、たまたま栗があって、シェフが栗と合わせてみたらって。あと、おむすびの中のレンズ豆も、シェフがレンズ豆のカレーを作ってたところからヒントをもらったんですよ」

 

めえみち

 

めぇみちのおむすびは”出会いが生んだおむすび”だと、つくづく思う。佐藤初女さんとの出会いはもちろん、バジルをくれたお客との出会い、イタリア料理を作るシェフとの出会いがあって、今のめぇみちがある。そんな出会いを呼ぶのは、ひとえに博美さんの人柄のなせる技だと思うのだ。

 

博美さんの周りには、博美さんの力になりたいと思っている人がいっぱいいる。

 

「本当に困っていたときにね、お店の前に”今、扇風機とオーブンが必要です。余分にありましたらお譲りください”と書いておいたの。そしたら店の前にそっと置いておいてくださる方がいらして。それも箱に入ったままの新品を。本当にありがたい」

 

これだけでなく、博美さんは普段から色々なものをもらっている(笑)。「こんなものあるけどお店で使う?」「博美さんならもらってくれると思って」などと言いながら、いつも何かを手にして訪れる客が多いのだ。

 

博美さんに何かをあげたくなってしまうのは、普段から博美さんが周りの人に色々なものを与えているからだと思うのだ。博美さんとの他愛もない会話を通じて、なんだか気持ちが温かくなったり、穏やかになれたり。博美さんのむすんだおむすびを食べて、思いやりを感じたり、ほっとして元気になれたり。博美さんの優しさが周りに伝染して、みんなが優しくなる。そこからかけがえのない出会いが生まれていく。

 

博美さんは言う。

 

「初女さんがむすんでくれたおむすびを食べたら、やっぱりね、元気が出るんですよ。それってね、おむすびプラス初女さんだから。初女さんは、100パーセント200パーセント目の前の人を受け入れてくれる愛情がある。だからだと思うんです」

 

そのまま”初女さん”は”博美さん”に置き換えられると思った。

 

現に多くの客は、”初女さんのおむすび”ではなく、”めぇみちのおむすび”を食べに、足繁く通っているのだから。

 

文 田中えり

 

めえみち
イスキアのおむすび めぇみち
宜野湾市大山2-6-5
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