内田製パンギュッと噛みしめる小麦そのものの甘み。バケットやカンパーニュなどハード系の魅力を南部から発信。

 

 

すっくり立つフランスパン、ゴロッとしたカンパーニュ…ショーケースに並ぶパンの中でも、特に目を惹くのがハード系のパンだ。その素朴で力強い佇まいは、シンプルな味で勝負できるという潔さの表れ。内田製パンの内田彩(さやか)さんは何よりも生地づくりに自信をみせる

 

 

 

噛めば噛むほど味が深まる感じがします。具材が何も載っていなくても、この生地だけで充分満たされてしまいますね。

 

「パンは生地を味わうものだと思ってます。特にハード系のパンはシンプルだからこそ、ごまかしが効かない。うちのハード系パンは、小麦そのものの甘みを噛みしめる…というか、噛みちぎるぐらいの歯応えで味わえるのが良いところです。シンプルだからお米代わりに食べられますし、いろんな料理とも相性が良いんですよ。シチューやパスタに添えても良いし、何かディップを載せてもいい。お酒好きの友達も『ワインに合うから』とフランスパンをよく買っていきます。私自身もよくパンの食べ歩きをしますが、ずっと飽きないのはこんなパンですね」

 

シンプル イズ ベストな生地は、どのようにして生まれるのでしょうか

 

ハード系のパンは粉の味がそっくりそのまま出てしまうから、いろいろ試しました。今はフランスパンの粉、ライ麦の粉、全粒粉と3種類の粉から、それぞれのパンに合う配合を見つけ出して作ってます。全粒粉は北海道産100%で、特にこだわって選んだんですよ。

 

また、生地を作る上では酵母が重要です。パン屋のカラーが一番出るところでもありますが、うちはレーズンからおこした酵母を使っています。天然酵母というと『酸っぱそう…』とも言われますけど、菌を上手におこしてあげればそんなことないんですよ。うちでは酸味がないのはもちろん、風味を保って小麦本来の味を引き立てるような酵母にしています。

 

 

 

秘訣は粉の配合と自家製酵母にあり。この良さを伝えるために何か工夫されていることはありますか?

 

フランスパンを『どうせ硬いんでしょ』とか『すぐ悪くなるから持て余しちゃう』とか敬遠する方にも、工程を変えて、風味を変えて、この生地の良さを味わって頂けるようにしています。実は、うちのフランスパンとトマトのリュスティックは生まれは一緒、生地の配合が全く同じなんですよ。フランスパンは硬さを楽しんでほしいから、そのまま一般的なフランスパンの作り方で作るんですけど、トマトリュスティックは工程が違うので、モチモチっとしてるんです。フランスパンは生地をカットしたら、4~50分休憩させてから焼いていくんですけど、トマトのリュスティックは休ませずにすぐ作っていくんですね。これで、同じ生地だとは、言われなければ気づかれないぐらい食感が変わります。それに、フランスパンの生地は老化が早いけれど、トマトのリュスティックは袋に入れておけば翌日でもまだ楽しめるので、それも取っつきやすいかなって。

 

 

 

フランスパンの形や焼き色がキレイ! 他のパンもピーナツバターがくにくにっとしていたり、どのパンも細かいところにまで凝って作られていますね。

 

パンは味が一番、見た目が二番だと思ってるので、うちのパンはもう全部可愛くしてます。フランスパンなら、切れ目。均等にパカッと開くように作りますね。これ、生地の状態が良くないと綺麗に開かないんですけど。ピーナツバターの入れ方も、少し入れてはねじってを繰り返してモコモコっとさせたり、あえてハサミを使って切れ目をつけるパンもあるんです。もちろん具材の色彩にも凝ってますよ。パンを食べ歩く中で、見た目イマイチでも美味しいパンはありましたが、どうせなら見た目から気分があがる方が良いと思って

 

パン屋さん自体をあまり見かけない、ここ南部でハード系のパンを中心に据えるのはずいぶん思いきったことのように思いますが…

 

開店した当初は、ハード系のパンの知名度、全然なかったんですよ。お年寄りやお子さんが多く住む土地柄か、パンなら甘くて柔らかいアンパンとかが人気で。フランスパンならまだしもカンパーニュなんか『何これ?』『食べられるの?』という空気だったので、初めは1~2個だけ作ったり…。一度食べてみたら絶対良さを分かってもらえるんでしょうけど、まずお客さんの手が伸びないことにはな…というのが正直ありました

 

そこで伝え方を工夫して、まず試食をたくさん出すことにしたんです。『見た目はごっついけど、ぜひ一度食べてください! 外はカリカリッと中はしっとりですよー』とか言いながら配って。メニューカードに、『ライ麦はビタミンもミネラル、食物繊維も豊富です』と長所をアピールしたり。それに、パンの美味しい食べ方も『保存は冷蔵庫でなく冷凍庫で!』とか『解凍時に霧吹き等で水をかけると美味しいです』等、手描きで作りました。パンは保存方法に気をつければ全然味が違うんです。それをちゃんと伝えて苦手意識をとってもらおうと

 

魅力の伝え方にも腐心。お店にひっきりなしに訪れるお客さんたちを見れば、それが幅広く広がっているのだと分かります。

 

今では近所のお年寄りにも、ごはん代わりにとハード系のパンをたくさん買ってもらえますし、沖縄じゅうのパン屋をめぐってきたという方が、『やっと納得いくカンパーニュに出会えた!』と喜んでくださったこともあります。カンパーニュはレストランにも置いてもらえるようになったんですよ

 

 

人気のメロンパンも、下の生地に一般的な菓子パン生地を使うのではなく、ブリオッシュ生地を使い、モゴモゴしない口溶けの良い食感になっている

 

こだわりのパンですが、メロンパン1個130円など、全体的にリーズナブルな印象を受けました。

 

都会でもないですし、パンの値段を高くはできないというのがありました。だからメロンパンも1個130円に外税。小学生が1名で買いにこられるような価格にしたかったんです。今、バターは品薄ですし、クルミやナッツ類も地味に値上りしてて正直厳しい。でもそこは生地の美味しさで魅せられればと。すごく高級なバターを使っているわけではないけど、生地でパンってこんなに違うんだと伝えたいですね。

 

低価格にしなければならない”しばり”があっても、あえてこの地でパン屋を開いた理由がありそうですね。

 

のんびりした場所でやりたかったんです。それにはここがうってつけ。周りにお店屋さんすらあまりなくて、最寄りのコンビニまでも結構な距離ある場所ですけど、そこが良くって。那覇だと賃料高いし、駐車場スペースも取れないっていう現実的な理由もありますが、近所のお年寄りやこどもたちが気軽に来られるようなパン屋をやりたかったんです。今は、おばあちゃん達が『こんな辺鄙なところに、こんな可愛いパン屋ができてー!』って喜んで通ってくれるのが嬉しいですね。

 

パン屋さんを目指したきっかけはどんなことだったのでしょうか?

 

突きつめると、ハード系のパンを充実させたパン屋を、沖縄の中でも田舎の方で…ということになりましたが、元々パン屋を沖縄でやりたいというのは小さい頃からあったんです。パン屋にはずっとなりたかった。私、おばあちゃんと住んでて、おやつがいつもおばあちゃんが作る粉もん…パンとかホットケーキ、クッキーだったんですね。それで身近だったし美味しかったしで。それで調べたら、パンの専門学校というのがあるらしい。でもそこへ行くには高校を出ないといけないらしいから、とりあえず高校行ってって専門いって、その後パン屋さんで働いたりして、ずっとパンの勉強をしてきたんです。

 

それと同じぐらい強かったのが沖縄に行きたいということ。私が育ったのは神奈川ですが、移り住んできてもう11、2年になります。小学校の図書室に日本各地の図鑑みたいなシリーズがあって、読むと沖縄県だけ、他ともう全然違う。海キレイだ、最高だと、沖縄県の本だけ借りまくってましたね。そしていつかここに住みたいと。

 

 

 

「何が今日おすすめ?」「もう少しでクリームパンが焼き上がりますよ」など、ショーケース越しに会話が弾む店内。こんなに賑やかなパン屋さんって珍しいかも。

 

お客さんと触れ合えるお店でいたいから、店内もトレイとトング持って回るんじゃなくて、ショーケースにパンを並べる形にしています。これだと嫌でも話さなきゃいけないでしょ(笑) プライス表示も文字が小さめだから、お年寄りだとちょっと読みづらいかもしれない。でもあえて書き直さないんです。『これいくらね?』ってところから会話が生まれるので。お年寄りだと、『美味しいのある?』とか『何食べればいい?』とか漠然とした質問も多いです。これはもう一緒に、『甘いものか甘くないものか、どっちがいいですか?』とだんだん絞って考えていきますね。こういうお客さんとの会話や反応から、私もまた新しいパンのアイデアをもらっています

 

 

 

常連さんも多く、もうすっかり八重瀬の街に馴染んでいるようですね。お客さんからのアイデアが活きたパンもありますか?

 

アイデアというかヒントですけど、すぐそこに住んでるおじいちゃんが庭で育てた無農薬の野菜を、『良かったら使って!』と持ってきてくださることもあるんです。これはもう八重瀬産どころか富盛産の超新鮮なもの(笑)。ホウレンソウとトマトのリュスティックに使ったホウレンソウも、おじいちゃんからのものですね。前にも、すごく青々としたセロリを頂いたので、これに合うパンを…と考えて、生地全体にセロリを練りこんでセロリの風味を活かしたパンにしました。具材が上に載ってたり、中に入ってたりするパンだと、その部分だけ楽しいってこともありますが、生地全体ならどこから食べてもずっと楽しい。それぐらい堪能したい、立派なセロリだったんですよ

 

今後も、ハード系のパンの良さを伝えていく姿勢に変わりはないのでしょうか

 

2014年の夏に店を開いてから半年経ちますが、週末は、那覇やもっと北から来てくださるお客さんも増えました。いずれはショーケースの上段、まるっとハード系のパンが並んでも良いなと思ってるんです。ただ、ハード系のパンに限らず、パンは生地が物をいうことを知ってほしいのもあります。どんなパンでも食べ応えを意識して作っていて、クロワッサンも層を折りこむ時にあえて層を細かくしないようにするんですけど、そうするとサクサクっていうよりザクザクって食感になるんですね。全てのパンで、生地の面白さが伝わればいいなと思ってます

 

インタビュー/石黒 万祐子(編集部)

写真/青木 舞子(編集部)

 


内田製パン
沖縄県島尻郡八重瀬町字富盛337
098-998-0322
11:00~19:00
定休日 毎週日曜日、月曜日