旅の途中、知らず知らず入り込んだ小径を進むと、
思いがけず素敵な店に遭遇した。
そんな思い出をきっと多くの人に残しているカフェが、本部(もとぶ)町にある。
古民家を改装した店内でいただけるのは、沖縄の食材をふんだんに使った料理。
「店のメニューはどれも、私が小さい時から食べてきた野菜や味に由来しています」
と、オーナーの谷口かおりさん。
「たとえばジビランの酢醤油。モロヘイヤに似た粘り気のあるジビランは祖母が作っていて、昔から慣れ親しんだ野菜なんです。
お吸い物はしいたけだしで。うちの中身汁はかつおとしいたけで取っただしを使うんです。あっさりしているところが大好きなので、参考にしました」
野菜はできるだけ地のものをと、祖母手づくりの野菜を使ったり、名護のファーマーズまで買いに行ったりすることが多いという。
「自分たちが食べて育った料理をアレンジしている、という感じですが、調理法はシンプルなものが多いんです」
もっちりとした食感が魅力のバナナケーキは、
「バナナ、クルミ、バター、卵を混ぜて焼いただけ。簡単ですよ」
素材にこだわっているから、シンプルな調理法でもごちそうになる。
とはいえ、もちろんすべてのメニューが簡単でシンプルなレシピという訳ではない。
人気の定番メニューのカレーは、2時間かけてじっくり炒めたたまねぎがおいしさの立役者。
恩納村出身のかおりさんは、23歳から5年間、東京のカフェで働いていた。
沖縄で飲食店をオープンさせる夢を実現するために東京を後にし、物件を探し始めた。
かおりさん細い小径を見つけては分け入り、めぼしい古民家があると家主を探して直接交渉していたと言う。
「改装も必要なので、かならず家主さんとお話するようにしていたんです。
ある日、この家に続く道をたまたま発見して」
本部町伊豆味の緑に囲まれた場所。
落ち葉に覆われた川沿いの道は、森のように生い茂る木が落とす影で暗く、独特の雰囲気がある。
「まるで森のトンネルみたいでしょ。進みながらワクワクしたのを覚えています」
トンネルを抜けたところには、まさに理想通りの家が佇んでいた。
「それまで見たどの物件とも違っていて、素敵さが別格だったんです。家主さんに連絡をとると最初はダメだと断られたんですが、あきらめきれずに手紙を書きました。それも3枚も(笑)。どういう店をやるかという計画と、自分たちの想いを綴ったんです。
そうしたらすぐに電話をかけてきて下さって、快く承諾してくださいました」
改装前の写真を見ると現状とのあまりの違いに驚くが、改装費を伺い、破格とも思える金額にさらに目が丸くなる。
「大工さんを一人お願いし、あとはやり方を教えて頂いて自分たちでやりました。壁をぬったり釘を打ったり」
新たな姿に生まれ変わっても、変わらず「家」としての温もりを感じるのは、かおりさんたちが愛情を込め、自らの手で改装したからに違いない。
料理を引き立てる皿は、「室生窯」で作られているやちむんだ。
作家の谷口室生さんはかおりさんのご主人でもある。
「沖縄の食材はやっぱり沖縄の器だとさらに映える気がします。
こちらで料理を召し上がったことがきっかけとなって、やちむんにも興味を持っていただけるようになったら嬉しいですね」
店内にはいくつかの作品が並べられ、料理を待つ間にじっくりと物色する人々の姿も。
「今後は、ライブや個展などのイベントもやっていきたい」
と、かおりさんは生き生きした面持ちで語ってくれた。
緑深い静かな場所にひっそりとあるハコニワ。
そこに続く小径は、私たちを異空間へと導く秘密の道のようにも思える。
窓の外に広がる自然を眺め、不思議な時間の流れの中に身を置いていると、隣りに座った女性が
「いつものをください」
と注文する声が聞こえた。
最初は偶然かもしれない。
でも、一度来るとまた訪れたくなる場所。
そしていつの間にか、そこは多くの人々が憩う安らぎの空間となり、
今日も小径に誘われてやってくる誰かを温かく迎え入れている。
写真・文 中井 雅代
Cafe ハコニワ
国頭郡本部町字伊豆味2566
0980-47-6717
open 11:30~17:30
close 水 木