沖縄県うるま市の津堅(つけん)島といえば、県民なら誰しも「にんじん」を思い浮かべるだろう。
そのおいしさは有名で、津堅島は別名「キャロットアイランド」とも呼ばれている。
しかし実際に食べたことがあるか、普段の食卓に津堅のにんじんを使ったメニューが上がることがあるかと問われると、首を横に振る人が多いのではないか。
「津堅にんじんが一般の市場に出回ることはそれほど多くありません。
品質、味に対する評価が高いことから、ほとんどが県内外のホテルやレストランに出荷されてしまうからです」
うるま市地域雇用創造協議会(地域活性化プロモーションうるま)の中村さんは言う。
そんな沖縄が誇るブランド野菜を使ったロールケーキ、「津堅にんじんロール」が2013年5月に発売され、女性を中心に人気を博している。
「スポンジ、クリーム、中心に入れた餡のすべてに津堅にんじんのパウダーを入れています。
にんじん独特の青臭さがなく、糖度の高い津堅にんじんの魅力を際立たせるお菓子になったと思います」
一口食べるとにんじんの香りが漂うが、主張はそれほど強くはない。
しかし、喉を通ってしばらくすると、再度にんじんの風味がたちのぼってくる。
もっちりとした食感のスポンジに、しっとりとしたクリーム。そのどちらも上品な甘さでおいしいが、決め手はやはり餡だろう。
「ロールケーキは洋菓子の中でも人気が高く、すでに全国各地で様々なご当地ロールケーキが販売されています。その中で個性を出すために、何らかの特徴を持たせたかったんです」
洋菓子の中に餡という和菓子の要素を取り入れたのは半ば遊び心だったと言うが、試食会ではすこぶる評判が良かった。
「洋菓子を食べ慣れていない年配の方にも喜ばれて。『これだ!』と思いました」
県内外で人気の津堅にんじんだが、実は生産農家は年々減少し続けている。
箱にはポストカードを添え、オリジナルの風呂敷で包む。
「津堅島のにんじんがおいしいのは、海からのミネラルを多く含んだ土壌との相性がいいこと、また、無農薬を貫くなど生産方法にもこだわっていることなどが理由です。
しかし、無農薬で作るからこそ虫がついたり、形の整っていない規格外のにんじんが大量に出たりしてしまう。
B級品・C級品となると、一つずつ綺麗に手洗いして出荷しても手間に見合うほどの売買価格はつかないため、農家の方は『捨てたほうがいい』とおっしゃるんです。
実際、大量の津堅にんじんが廃棄処分されていて…。
見た目はよくなくても、味はA級品と変わりません。B級品・C級品をどうにか生かせないかと考えました」
中村さんが津堅にんじんの使い道を考えあぐねていたとき、2012年の産業まつりでとある商品に出会った。
「津堅にんじんで作ったパウダーです。こんなものがあるなんてと驚きました」
農業生産法人合同会社 萌芽(ほうが)は、津堅島の農産物を生産・加工販売しており、津堅にんじんを使った「にんじんパウダー」は主力商品の一つだった。
「萌芽の方にお話を伺うと、僕らと同じように廃棄処分される大量の津堅にんじんに付加価値をつけたいと考えていることがわかりました。
にんじんパウダーを口にしてみると津堅にんじんの味わいそのもので、これを使えば可能性が広がると感じました。
当時、にんじんパウダーは乾麺に練り込むなどの用いられかたをしていましたが、より多くの方に楽しんでいただくため、お菓子に使えないかと考えました」
ともに商品開発にあたる洋菓子店をうるま市内で探し、プティ・フールに白羽の矢が立った。
「プティ・フールさんは長年、山芋・黄金芋・山城茶などうるま市の特産品を使ったお菓子作りに熱心に取り組んでおり、オリジナルの商品が全国菓子博覧会で金賞を受賞するほどの実力を持つ菓子店です。
また、看板商品の一つに『東山ロール』というおいしいロールケーキがあったので、にんじんパウダーを使ったロールケーキを作ったらどうだろう? とひらめいたんです」
開発・試作に携わった、プティ・フール石川店の崎原店長
添加物はできるだけ使わない、素材本来の味を最大限に生かすなど、プティ・フールのオーナー石川さんは菓子作りに強いこだわりを持つ人だと言う。
「山城茶を使った『みほそまんじゅう』は、緑茶の上品な香りが楽しめますし、黄金芋を使った『うるまの埋蔵金』は、甘くしっとりとした黄金芋そのものの味わいを菓子で再現しています。
プティ・フールさんなら、津堅にんじんの魅力をしっかり引き出してくれると確信していました」
塩は、うるま市に工場をかまえる「ぬちまーす」を使用している。(関連記事:人類を救う塩。「塩はからだに悪い」という常識を覆したい)
「ミネラルが豊富でまろやかな味わいの塩なので、津堅にんじんの甘さがより生きるんです」
10回にも渡る試食会議を行い、老若男女の意見を幅広く聞きとり、改良を重ねた。
「途中で、津堅にんじんをしりしりーして入れてみたりもしましたよ(笑)。
パウンドケーキに入れるフルーツのような感じで食感を楽しめるという意見もあれば、歯に挟まって食べづらいという意見もありました(笑)
試食会議の回数は10回ですが、試作品の数は数十個にもおよびました」
うるま市の自然の恵みが詰まった菓子
看板メニューの一つ、うるま市産の山芋を練り込んだ「やまいもシフォンケーキ」
商品開発に携わった、うるま市内の4事業者のメンバー。(津堅島のにんじん畑にて)
完成したロールケーキは、甘さ控えめの上品な味わいで、すでに多くのファンを獲得している。
「プティ・フールさんが作った第一号の試作品と比べると、砂糖の量が25%ほど少ないんです。
砂糖を控えることで津堅にんじんの持つ自然な甘みを引き出しているので、甘すぎるお菓子が苦手な男性にも人気です。
また、にんじん特有の臭みがないため、にんじん嫌いのお子様にも好評。
我が家のこどもたちも大好きなんですよ」
また、パッケージやロゴデザインは、うるま市のデザイン会社「mono box(モノボックス)」が担当した。
「ロールケーキそのものだけでなく、パッケージやロゴデザインにもこだわりました。
全体的な商品イメージを mono box の河野さんに伝えると、再利用可能なリユースボックスや風呂敷といった素晴らしいアイディアを出していただきました」
うるま市の特産品を生かし、うるま市の企業が協力しあって産まれたロールケーキは、販売もうるま市でのみ行われている。
「実は、すでに県内外から色々とお声がけいただいているのですが、しばらくは当地での販売にこだわろうと思っています。
津堅にんじんロールをきっかけにうるま市の良さを知っていただけたら嬉しい! ぜひ足を運んでください」
うるま市の良さを話しだすと止まらない中村さんは、実はなんと那覇市の出身だ。
「子どもができたのを機に移り住んだのですが、正直に言うと、引っ越すまではうるま市がこんなに魅力的な地域だとは思わなかったんです。
住んでみるとインフラはしっかり整備されているし、子ども達の教育環境も良い。
なんでもそろっていて便利なのに、豊かな自然にも囲まれていますし、古き良き沖縄の雰囲気も残っている。
今ではもうすっかりうるま市のトリコです」
中村さん、プティ・フールのオーナー、津堅島のにんじん農家の方をはじめとして、うるま市を愛する人々によって生み出されたロールケーキは、老若男女に喜ばれる味わいで手みやげとしても人気だ。
保存料を使用していないため、賞味期限までそれほど長くはない。
しかしその分、うるま市の豊かな素材の味わいをしっかり楽しめる。
文 中井雅代
津堅にんじんロール
※初回限定パッケージは3000個限定。以降はパッケージ・価格の変更予定あり。
価格:1050円(税込)
<取り扱い店舗>
プティ・フール石川店
うるま市石川東山1丁目22-20
098-965-4702
プティ・フールみどり町店
うるま市みどり町6丁目1-20
098-972-3575
プティ・フール江洲店
うるま市江洲74-2
098-973-5784
※ 今後、うるま市内にて販売店舗を拡大予定。