「観光とは一体何なのか、改めて考えさせられる号になりました」
「d design travel(ディ デザイン トラベル)」の編集・空閑理(くが おさむ)さんは語る。
「沖縄は、観光地として非常に成熟した場所です。日本の他の地域が真似しようとしても、到底真似できない魅力がある。
また、ネガティブな意味で言うところの『観光地化している』場所もあるし、決してそうではない場所もあって、僕の中で沖縄観が変わっていくのを感じました。
自分たちでセレクトした場所をめぐっているうちに、沖縄や沖縄における観光についての考え方が明らかにシフトしていったんです」
「 d design travel 」は、ロングライフデザインをテーマに活動する D&DEPARTMENT PROJECT (ディアンドデパートメントプロジェクト)が手がける本で、デザインの視点から観光を捉えたガイドブックだ。
47都道府県の魅力をそれぞれ1冊ずつにまとめており、これまでに東京・静岡・山梨・栃木・大阪など9冊が発行され、沖縄で10冊目を数える。
どの都道府県にも数えきれないほどある観光スポットの中から、独自の視点で取材対象を選出している。
・その土地らしいこと。
・その土地の大切なメッセージを伝えていること。
・その土地の人がやっていること。
・価格が手頃であること。
・デザインの工夫があること。
この5つを満たす取材対象候補をすべて自分たちの足でまわり、話を聞く。
D&DEPARTMENT の代表であり、d design travel 発行人・編集長のナガオカケンメイ氏とともに、空閑さんは1ヶ月半かけて沖縄をめぐった。
「実は、僕はそれまで沖縄に来たことがなかったんです。だから単純にイメージとして思い浮かぶのは『南国リゾート』や『沖縄戦』。また、『ナビィの恋』『ちゅらさん』といった、メディアを通じて目にしてきた沖縄しか知りませんでした。
でも実際に来てみると、沖縄には日本の観光を考える上で強烈なヒントが沢山あることに気づいたんです。
例えば、大型バスで大勢の人がやってきて、パソコンでぱっとつくられたおみやげ物が安売りされている…。そういういかにも『観光地化』した場所は沖縄にもたくさんありますが、それだけじゃない。沖縄が伝えたいことがしっかり反映された場所があり、本当の沖縄を感じてもらおうと努力している人たちもいる。
過度な観光地化が進み、悲しい扱われ方をする場所は全国各地にあります。だけど沖縄の場合、日本でも有数の観光立県であるのに、ポジティブな意味の観光地として成立している。それはなぜか?
また、他の土地が沖縄みたいになりたいと思ってもなれない理由とは?
それを記すことで、他都道府県のひとも観光を見直すきっかけになるのではと思いました」
沖縄でさまざまな人たちとめぐりあい、接するにつれ、空閑さんは沖縄県民のある共通点を見出した。
「何に関しても人に押し付けないんですよね。
自然の美しさ、様々な問題に対する考え方、歴史に対する認識…。各々が考えていることはもちろんあります。でも、それを相手に押しつけることなく『思うままでいいんだよ、好きなように楽しんだらいいんだよ』と言ってくれる温かさがある。
そのことをとても強く感じました」
沖縄取材中に空閑さんが滞在していた宿、「イーグルロッヂ」のマネージャー・高良さんも、そんな温かさを持つうちなんちゅだったと言う。
「イーグルロッヂは、アメリカ軍関係者の居住施設として建てられたアパートメントですが、現在は一般観光客も利用できるコンドミニアムとして人気です。
キッチンやコインランドリーなどの設備も充実していますが、一番の特徴は温かなホスピタリティー。
マネージャーの高良さんにとって、イーグルロッヂにやって来る人たちはみな『異邦人』なんです。日本人だろうがアメリカ人だろうが関係ない。滞在者が沖縄で安心して暮らせるように、どこまでも親身になって接してくれます。
旅の間ステイするための場所というより、旅先で『日常』を過ごせる場所。母を思わせる高良さんの優しさがそうさせてくれるんですね。
沖縄とアメリカの間には難しい問題があります。みなさんそれぞれ、腹の中では様々なことを考えている。当然なことです。
でも、国や人種という括りではなく、個人として誠実に向き合うことを忘れない。問題を一方的に押し付けたりしない。
心優しい高良さんの対応を見ていると、そういうところにしか問題解決の糸口はないだろうと感じました」
取材を続ける中で、もっとも強烈な印象を受けたのは「ひめゆり平和記念資料館」だったと言う。
「何事をも押し付けることのない沖縄の方たちですが、戦争のことについてははっきりと意思を表明します。いかなる戦争も許してはいけないという、ゆるぎない思いがある。
そういう明確なメッセージが全面に出ているという意味でも、ひめゆり平和記念資料館は特別な場所であるように感じました。それだけ、戦争が残したものが強烈だったということでしょう。
僕の祖父母も戦争を経験した世代ですが、当時のことは話したがりません。一方、沖縄の方たちは辛い思い出も積極的に伝えていこうとする姿勢が見受けられます。
もちろん思い出すだけでも心が痛むに違いありませんが、沖縄の戦争体験者の語り口はリアリティに溢れていて生々しい。
ひめゆりの塔周辺には、土産物屋や売店が乱立していますが、資料館の敷地へ一歩踏み入れると空気が一変するんです。
そういった対比も含め、この場所はやはり載せなければならないと感じました」
宜野湾市の「 D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARD 」では、本の中で取り上げた工芸品や土産物も紹介している。
「 d design travel 」が目指しているのは、単なる地域の活性化ではない。デザインを軸とした観光の推進でもない。
観光の裏側に隠れた問題に焦点を当て、解決の糸口を探ること。
これが、「 d design travel 」がただのガイドブックにとどまらない所以となっている。
「うつわ・織物・染織など、伝統工芸の作家って20~40代と若い方が多いんですよね。でも地域の観光を若返らせないと、若い作家やデザイナーはどんどん都市に流出していってしまいます。なぜなら、観光そのものが古いままだと、作家たちがなかなか日の目を見られないからです。観光バスでは個人で活動している作家の店まで入っていけないでしょう?
若い芽が地域で育たない限り、工芸品が『土産物』としての地位から脱却することはできないと思うんです。
デザイナーや作家に限らず、若者が都市に流出するという危惧はありますが、最近は逆に都会からローカルへと流れの向きが変わってきている部分もあります。
ですから、今後は都市部が面白くなくなる可能性もあって…。それもまた問題ですよね。
その土地だからこその『本当に良いもの』っていうのは、どこにでもあるはずなんです。都市だから、地方だからというのは関係ありません。
自分の生まれ育った場所にある良いものを発見し、追求していくこと。それこそが観光産業において何よりの強みになるんじゃないかと思うんです。
地元愛って誰しも持ってますからね。だって甲子園が始まると、どこに住んでたって故郷の学校を応援するでしょう?
そういう地元への愛着が、沖縄の場合は特に強くて深い。だからお手本にしやすいと思うんです」
編集長・ナガオカケンメイのページ「ナガオカトラベル」。沖縄号編集時の苦悩がかいま見えるこんな一文が。「一字も原稿が書けず、無理をして再度、僕は沖縄に来た」
「 d design travel 」シリーズはガイドブックであるにもかかわらず、取り上げた地域でよく読まれるという珍しい特徴がある。
今回発刊された「 d design travel 沖縄 」を、沖縄の人が読んだ時にどう感じるか。それが一番心配だと空閑さんは言う。
「もしかすると、読んでいただけないんじゃないかな? と思ってしまって…。
というのも沖縄には、地元の観光地化を悲しんでいる方が多いのではないかと思ったんです。これまでの観光のあり方にがっかりしていて、いまさら『新たな視点の観光』と言ってもあまり共感していただけないんじゃないかなと。
でも、そういう方が読んでも『わかってるな』と思ってもらえるように作ったつもりです。
沖縄の方に何かを伝えたいというよりは、『沖縄は大事なものを持ち続けている土地なのだと感動した』という、僕らの思いを感じていただけたら嬉しいですね。
僕らが見た沖縄が正しいのかどうかはわからない。もしかしたら間違っているかもしれないけれど、このように理解しましたという、報告書のような感じです」
沖縄号の編集を終えた空閑さんは、すでに次の号で取り上げる土地へと飛び、取材を始めている。
ガイドブックであるのに、地元の人に愛されるという不思議な本。
「ナガオカケンメイはデザイナーですし、僕も編集の仕事が本職なわけじゃありません。どちらも素人なんです。
だから実は、僕らがやっていることをその土地のひとがやるのが一番いいと思っています」
沖縄に住む私達が本当に伝えたい沖縄とは、なんだろう?
それは、ナガオカさんや空閑さんが体感した沖縄とは違うのだろうか?
ページをめくりながら、自分自身に問いかけてみよう。
写真・文 編集部
「 d design travel 沖縄 」
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