「『あんこが無性に食べたくなったー!』と言って、一週間に一度やって来る常連さんもいるんです。この症状、『あんこ切れ』って呼んでるんですよ」
みやび茶屋仲元店主のジミーさんと雅美さんは笑いながら話す。“電池切れ”さながら、“あんこ切れ”とは新しい表現だ。
雅美さんの炊くあんこは、しっかりとした甘さがあるものの後味はすっきり重くない。つぶあんなのに、こしあんのような光沢があり、見るからに柔らかそうだ。皮の舌触りが残るつぶあんはちょっと苦手という人も、滑らかな食感に驚くはずだ。
「皮が柔らかくて口の中に残らない十勝産の小豆を使ってます。一晩水につけなくても炊けるくらいなんですよ。味だけでなく香りもよくて。材料は小豆のほかに、砂糖、塩、水と、シンプルなので、小豆の美味しさを生かすものを選びました。お砂糖は、県産の三温糖を使っています。黒糖も試したんですけど、黒糖だと味が強くて小豆の味が消えてしまったので。お塩も県産のもので、海のミネラルが豊富。味を引き締める重要な役割をしてくれるんです」
良い素材を選んでも、それだけであんこが美味しく炊けるわけじゃない。気温や湿度といった条件が少し変わるだけで、味は大きく左右されてしまうのだ。雅美さんにはその変化を見極める目が備わっている。
「その日その日で小豆を炊く環境は違うから、今日はこれがうちのベストと思えるようなものをお出ししています。お天気を無視するとね、上手くいかないんですよね。ちょうどいい水分量だと思っても、熱が冷めると水分が飛んで硬くなったってしまったり、砂糖が足りないと艶が出なかったり、色みが悪くなったりね。でも、毎日炊くから違いがわかるんです。だから継続って大事なんだなって思います」
“あんこ切れ”を起こすお客さんの多くが夢中になっているのが、まるっとした可愛らしいおはぎだ。おはぎといえば、ぼてっとした楕円の形をイメージしてしまうが。
「まるフェチなんです。(笑)まんまるを見るとわくわくしちゃう。昔からなぜか惹かれてしまうんです…」
雅美さんの作るおはぎには表情がある。つぶあんとは思えないほど滑らかな口当たり。その可愛らしい形。そしてもう一つが、口の中でほろっと崩れていきそうな餅米の軽さだ。
「一般的には餅米とうるち米を混ぜることが多いんです。餅米だけだと固くなってしまうから。それに、米粒を半分残してつく“半殺し”や、全部潰して餅状にする“皆殺し”が主流の潰し方なんですけど、うちはすべて餅米を使っていて、全く潰さないんです。ふわっとにぎることで、餅米特有の粘り気が軽さを生むんです。それに固くなりづらいんですよ」
まるで小豆も餅米も呼吸をしているかのように、生き生きとしているおはぎ。雅美さんは、握りたてを食べてほしいとの思いから、店にショーケースを置いていない。
「もう全然ちがうんです。時間が経つと、ふわっとした食感がなくなってきてしまったり、きなこやゴマは、時間がたつと湿気を含んでじとっとしてしまうんです。だから、もちろん注文がきてから握りますし、持ち帰りの方にもお渡しするお時間ぎりぎりに握り始めます。持ち帰りの方も早めに食べて欲しいですね」
小ぶりなまんまるどら焼き
もっちりした白玉ののった温かいおしるこや抹茶アイスの乗った冷たいおしるこまで、
思う存分あんこを楽しめる
素朴な味を求めて、子どもから90歳になるおばあちゃんまで訪れる。おはぎ1個分、150円を握りしめた小学生がくることも。意外なことに、あんこ男子も多い。着々とあんこ切れを起こす人が増えているようだ。
「沖縄市内だけじゃなく北部や南部から来てくれる方も多くいますね。日、月、火と定休日が多いので、せっかく遠くから来てもらったのに定休日だったなんてことが結構あったみたいなんです。それでもまた挑戦して来てくれる方もいる。嬉しい限りですね」
このおはぎは、雅美さんのお祖母様から代々伝わるもの。砂糖の量や素材など変えてはいるものの、根底にあるのは祖母のおはぎだという。
「私の実家は、おやつといえば和菓子。父が甘いものが好きだったのもあって、常に祖母が作った手作りのおまんじゅうやおはぎが食卓に置かれていたんです。おはぎも楕円のぼてっとした形で見た目も地味だし、しびれるような甘さだし、一個食べたらもう入らないっていう代物だったんですけどね。思い出の味です」
本土では、お彼岸におはぎを供える風習がある。春と秋、年二回登場するおはぎは、きっと誰にとっても懐かしい味だ。しかし、ここ沖縄でおはぎというと、少し珍しい印象を受けるかもしれない。沖縄では十五夜にふちゃぎというお菓子を食べる。小豆を使ってはいるが、甘さはなく塩味。中の餅も餅米ではなく餅粉から作られたもので、おはぎとは似て非なるものなのだ。沖縄に馴染みが薄いおはぎを選んだ理由、それは一体何なのだろうか。
25年前、雅美さんがはじめての沖縄旅行で訪れたコザの街。賑やかで異国情緒溢れたコザにすっかり惚れこんでしまった。その後も足しげく通い、縁が縁を呼んで、コザの中心街にほど近い場所に見つけた瓦屋根の家に、ジミーさんと二人移り住んだのが10年前のこと。
当時のことを振り返るジミーさん。
「隣に知花花織の先生が住んでいたんです。その方が引っ越すことになって、たまたま内見させてもらったんだけど、そのとき直感的に『ここでなにかやりたい!』と思ったんです。何をするかも決まっていないのに、誰かに借りられたら困ると思って、すぐに借りましたね。だから1年半くらいは家賃だけ払い続けたんですよ(笑)」
その横で、すかさず雅美さんが口をはさむ。
「私は最初から、いつかこの空間を生かして何かやれたらいいなって思ったんです。とにかくここの古い感じに惚れ込んでしまって」
二人共、空間のもつ魅力にすっかり虜になってしまったという。そんな空間を生かすことができたきっかけ、それが“あんこ”だった。
「移住して4年ぐらい経った頃、急にあんこが食べたくなったんです。沖縄にもあんこはあるけれど、月桃の風味だったり黒糖を使っていたり、とにかく沖縄の味なんですよ。それはそれで美味しいのだけど、どうしても“和のあんこ”が食べたかった。だったら自分たちで作ろうって作ったんです」
ふるさとの味は、時折無性に食べたくなることがある。それまであんこを炊いたことがなかった雅美さんも、そんな衝動に駆られたようだ。
「炊いたあんこでおはぎをこしらえて、まわりの人にもふるまったんです。それが意外に沖縄の人にも好評で。それまで全く別の仕事をしていたんだけど『これからは雅美の世界観で好きなことをやってみよう』というジミーの言葉に後押しされて、おはぎ屋を始めることにしたんです」
お店を始めると決めたものの、二人とも飲食の経験はゼロ。しかし、逆に経験がないからこそ、怖いもの知らずでできたと振り返る。
「普通、商売するならお客さんが来やすいような立地を先に考えるでしょ?でも、そんなことも考えずにここでおはぎ屋をやろうって。とにかくここがよかったんです。すりガラスやお仏壇や欄間があって、その古さや懐かしさが私の実家と重なるんです」
確かに迷ってしまいそうな場所にお店はある。しかし、雅美さんのきらきらした目が、二人にとってどれだけ魅力的な場所であったかを語る。
ジミーさんも続く。
「独特の、ゆっくり時間が流れているような空気感があるんです」
すりガラスの引き戸をあけると、広がる畳間。和の空間に流れる懐かしさも、おはぎの美味しさを引き立てている。
水練りした小麦粉で作ったすいとんは、薄めの生地でワンタンのような食感。
昆布と椎茸の出汁で作った味噌仕立て。
素麺とうどんの中間の太さの冷麦。
濃厚なごま味噌のつけだれは、雅美さんの地元埼玉ならでは食べ方だ。
新メニューまんまる焼き。熱が通って甘くなったキャベツとコーンの甘さと、味をまとめる隠し味のチーズ。添えられた柚子胡椒と香味野菜のざくざく感がアクセントになる。
お客さんの声をきっかけに生まれたのがランチメニューだ。おはぎにすいとんに、冷麦。根底にあるのは雅美さんのふるさとの味だ。でも、家庭の台所で作られた素朴な美味しさは、誰にとっても懐かしい味に感じるだろう。
県内にカフェやお菓子屋さんは数知れず。だが、おはぎが主役の和カフェはただひとつ。
「沖縄にあるものは、沖縄に美味しく作れる人がいるから、わざわざ自分達が作らなくてもいい。美味しいものを食べたい人はそこに行けばいいんです」
ジミーさんはきっぱりという。沖縄の食文化が好きだからこそ、沖縄にないものを提供することに特化しているのだ。みやび茶屋では、おはぎの他にも沖縄ではなかなか味わえない料理を楽しむことができる。
「最初はね、おはぎとお抹茶しかメニューになかったんですよ。専門店として始めたから。でも、地元の人に『沖縄の人は、お食事もスイーツも食べたいのよ』と言われたんです」
雅美さんのおはぎは、清明祭やお盆など沖縄の伝統行事にも注文が入るようになり、沖縄に根づき始めている。
「“仲元”の名に恥じないお店でありたいと思っています。“仲元”はお世話になった家主さんの屋号なんです。それを頼んで店名に使わせてもらったんです。内地の人間に屋号を使わせてくれるなんて普通はありえないこと、本当にありがたいです」
二人は口を揃えて言う。屋号を店名にもらうほど信頼を得ていた二人。そんな二人はすっかり地域にも溶け込み、みやび茶屋のある風景もコザの日常の一部になった。
和の味を求めて、今日もたくさんの人がみやび茶屋を訪れる。初めてなのに、なぜか懐かしさを感じるおはぎの魅力にどんどん引き込まれていく。そしてすっかりあんこ切れ。その美味しさに魅了されていく。もしかしたら、おはぎが沖縄で定番になる日は、そう遠くないのかもしれない。
文 杉村 彩
みやび茶屋仲元
沖縄市諸見里3丁目22−15
TEL 098-932-5747
open 11:00 〜 18:00
lunch 11:00 〜 14:30
夜会 1日1組限定 19:00 〜 23:00
close 日・月・火
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