『 bonheur ボヌール 』いくつになってもやり直せる。30代で人生を軌道修正、パリで活躍した日本人銅版画家の「幸福」のかたち

 
南桂子・著  リトルモア  2940円/OMAR BOOKS 
 
― 幸福のひとつのかたち ―
  
子どもの頃よく行っていた町の小さなケーキ店の名前が「ボヌール」だった。
ボヌール:フランス語で幸福、という意味だとつい最近この本で知った。
 
今回紹介するのはパリを拠点に、
世界を魅了した銅版画家・南桂子の作品集。
セピア色の背景に鳥、花、木々、街、教会、お城、少女などのモチーフが静かに見る人に無言の言葉を語りかけてくる。
「風景」「マロニエと少女」「花の籠」「子供と花束と犬」(表紙絵)などというタイトルが並ぶ中、大きな瞳の少女が一際目立つ。
 
帯には谷川俊太郎、mina perhonenの皆川明の詩的な言葉が添えられ、
ページを開くと、新しい古いを超えた彼女の世界が広がっている。
甘いだけのメルヘンではない。
全ての作品を通して流れる凛とした強さ。
ページをめくれば即座にその静けさに包まれる。
 
作品の後に続く、彼女の友人による略歴をぜひ見てほしい。
生まれてから17歳まで、その後から空白、
そして34歳から再び続く。
そう、彼女の銅版画家としての人生は
30代になってから始まっているのに驚いた。
 
若くしてまわりの言うがままに結婚し、
本人の不本意な、あまり幸福とは言えない
20代の過去を手放して30代で上京し、
生涯のパートナーと出会い、
40代に言葉も分からぬままフランスへ渡った。
 
それからは異国の地で作品作りに没頭し、
その後一度も日本へ戻らなかった彼女。
なんていう潔さ!
作品中によく「鳥」が描かれているのは、
ようやく自由に飛べるようになった
彼女の思いが込められているような気がする。
 
今年は彼女の生誕100年にあたる年。
あの時代にこんな女性がいたんだ!
とついついうれしくなる。
 
点と線を多用した美しい世界には
どこか心地のいい安心感があるのは
きっと彼女が自分がいるべき場所を見つけたから。
 
彼女の人生をみると、
時には立ち止まることも必要だと思う。
そして必要なら軌道修正だってしていいのだ。
 
黙々と作品に向かう彼女の姿が目に浮かぶ。
いろいろなことに行き詰ったとき、
この作品集をめくれば勇気づけられる。
いくつになっても始めることができる、やり直せると。
 
その作品の普遍性はユニセフのカードに採用されるなど
世界的な評価も高い。
本の表紙として新潮文庫のオスカーワイルドの「幸福な王子」にも使われているので目にしている人もきっと多いはず。
 
幸福は目に見えないけれど、
この本では幸福のひとつの形を目にすることが出来る。
彼女本人の人生込みの幸せがそこにはある。
ずっと長く大切にしたい本がまた一冊増えた。

OMAR BOOKS 川端明美



 

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