『 もしもし下北沢』よしもとばななが描く、「街」が持つ特別な力幸せとは、即席ラーメンのようなものではない。

 
よしもとばなな/著  毎日新聞社  1575円/OMAR BOOS


―お店に灯りを点して―


数年前のこと。
仲の良い女友達とあるお店へ夜ごはんを食べに行った。
そのときのことが忘れられない。


そのお店は洋食を出すこじんまりとした居心地のいい場所で、
それは今でも変わらないけれど、
その夜は何かが違った。


まず店に入った瞬間、
オーナー、店員さん皆が笑顔で出迎えてくれた。
彼らはそれまで楽しい会話をしていた様子で、
入ってきた私たちに向けたその笑顔から
そのわくわくした感じが私たちにも伝線したようだった。


友人が頼んだトマトベースのパスタはとてもおいしくて、
パスタにうるさい彼女が
今まで食べたパスタの中で一番おいしいかも、
と呟いた。


その夜は話も弾んで、
そのお店の活気、
かすかなBGM,照明、
他のお客さんのざわめき、
パスタソースのいい匂い、
私たちの気分、
これら全てがいいように重なって幸福な空間が出来上がっていた。


何か特別なことが起こったわけじゃない。
口には出さなかったけれど、
何だかとても幸せな気持ちになっていた。
たぶん友人も同じように感じていたと思う。
ちょっとした魔法にかかったようだった。
あの夜はおそらく二度と再現は出来ない。


この小説を読むとそんなことが思い出された。
「場」の持つ力、みたいなもの。


ストーリーは、あるつらい出来事があって突然父親を失った
まだ20代の“よっちゃん”が「下北沢」に移り住み、
ビストロ「レ・リヤン」で働くことで
新しい生活を始めるところから始まる。


そこにお母さんが一緒に住まわせて、と
せまい部屋に転がり込んでくる。


この街にとって新参者だったふたりは、
「下北沢」でいろんな人に出会ったり、
おいしいものを食べたり、恋をしたり、
お酒を飲んだり、笑ったり、泣いたりして
この街でしっかり地に足をつけて生活することで光を取り戻していく。
 

誰にでも思い入れのある「街」があるだろうけれど、
その「街」を作るのは自然や建物だけではなくて、
そこに暮らす人や時間によっても作られる、
ということをこの本は伝えてくれる。


また「お店」や「お店」をやっている個人の力についても。


私自身もお店をやっているから読みながら背筋が伸びるようだった。


幸せは毎日の何気ないことの積み重ねの中にあるもので、
即席ラーメンのようなものでは決してない。
変わり映えのしない見慣れた目の前の風景や
だらだらと過ぎていく時間もまたかけがえのないもの。
変わらないものは何もない。
変わるからこそ愛おしい。


本の冒頭にフジコ・ヘミングさんの言葉が出てくる。
とてもいい言葉(字数が足りないので書きませんが)なので
実際本を手にして読んでみてほしい。


あと、映画「ざわざわ下北沢」もおすすめ!


いつも通りお店に灯りが点っているのを見て、
「あっ、今日もやってる」
と喜ばれるような灯台のような存在。
そうなるには、日々の営業を続けることが何よりも大事なんだと
つくづく思った今回の読書。


とりあえず明日もがんばろう。



OMAR BOOKS 川端明美




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