『 第七官界彷徨 』不遇の作家が独特の感性で描いた唯一無二の世界

第七官界彷徨
尾崎翠・著   河出書房新社  ¥620(税別)/OMAR BOOKS 
 
― 秋の訪れに一風変わった物語 ―
  
 夏ももう終わり。
まだ日差しは強くても、朝夕の風はひんやりとして、気分はもうすでに秋。
この季節が来ると読みたくなる小説がいくつかあって、今回取り上げる作品はその中の一つ。
 
「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。」
 
という書き出しから始まる尾崎翠の傑作、『第七官界彷徨』をご紹介します。
 
未知のものに遭遇したとき、最初その凄さをすぐに理解することは難しい。
この小説を初めて読んだとき、「ずいぶん変な話だな」と違和感を覚えた。今までに味わったことのない感覚。そしてその変な感じは後々まで後を引いた。
 
まず、このタイトルが意味するストーリーは、第六感を超えた七つめの感覚である「第七官」に響くような詩を書きたいと願う、主人公・小野町子を中心にその兄二人と従兄の風変わりな共同生活を描いたもの。
小野町子という名前からしてふざけているようで、登場人物たちはいたって真面目。その真面目さが、蘚(こけ)の恋愛に関する研究や分裂心理に発揮され、不器用で滑稽ながらどこか憎めない。読んでいるうちにそんな彼らが愛おしくなってくる。
  
作家について少し紹介すると、この尾崎翠が正当に評価されるようになったのは作品が世に出てからずいぶん経って後。
彼女の人生は必ずしも幸福だったとは言えない。「忘れられた作家」と言われることがあるのも、少ない優れた作品を書いて後、故郷へ戻った彼女の消息を知る人はほとんどいなかった。
後年、埋もれた作家にしておくのは惜しい、と再評価が高まり、今でも根強い人気がある。
その理由は、彼女独特の感性で、強固に編まれた唯一無二の世界。
他に何も入る隙のないほど完成された物語。
 
面白いのは、この作品には同時収録として『「第七官界彷徨」の構図その他』という作品も入っている。
その中で彼女の創作方法が明かされていて、驚くのはこの小説で彼女は円形を描こうとしていた!ということ。
すなわち小説の設計図を読み解くのも楽しいはず。
  
不遇の作家、尾崎翠。
秋の訪れにふさわしい、この一冊を始め『アップルパイの午後』『こほろぎ嬢』『地下室アントンの一夜』などといった魅力的な他作品も一読をおすすめします。

OMAR BOOKS 川端明美




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