『 終わりの感覚 』心の迷路に誘う、記憶をめぐる一級のミステリー。


ジュリアン・バーンズ著  土屋政雄・訳 新潮社 ¥1,700(税別)/OMAR BOOKS

 

熱帯夜が続く毎日。
そんな厳しい暑さを忘れてしまうほど、どんどん引き込まれてしまう心理サスペンスのような小説はいかがでしょう。

 

最近身近でタイムリーな話題が、「誤った記憶を作る」研究が現実に成功したという話。
それって怖いな、と思っていたら、たまたま読み始めたこの本がまさに記憶をめぐる物語だった。
ブッカー賞受賞作(世界的に権威のあるイギリスの文学賞の一つ。同賞受賞作にカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』がある)とあるから、期待を裏切らないでしょうと読んでみたら、ますますこの賞への信頼が増した。

 

家族や長年付き合いのある友人たちと思い出話を話しているとき、「えっそうだっけ?」と戸惑うときがある。
言った言葉や見たこと、聞いたこと、同じ時間を過ごしたはずなのに、互いの記憶の違いにあまりにも相手が自信満々だと、全く身に覚えがなくても「そうだったかも」と、自分の記憶の曖昧さに自信を無くす。

 

自分の行動、感じたことが本当のことなのか、今となっては確かめようがない。
人は都合のいいように記憶を作り変える。それはもう当たり前のように、無自覚にやっているから普段は気にしないけれど、ときどき他人と記憶合わせをやってみると分かる。

 

結局、他人と自分の記憶をすり合わせたものが一番信用できるのかもしれない、と思う。
この小説を読んでいるとますますそう考えるようになった。

 

一見すると派手な事件は起こらなくとも、まるでミステリーのように読者を心の迷路に誘う。

 

ある男性の人生の回想から始まるこの物語。
過去に関係のあった人物から何十年も経て、彼の元へ日記が届く。
彼、トニーにはそれがどんな意味をなすものなのか分からないまま、それを辿っていくうちにある過去へ行き着く。
ここから先はもう言えない。

 

後半その謎は加速度を増し、最後にはあっといわせる展開が。
思わずうわっと声を上げそうになってしまった。これはもう一級のミステリーだ。

 

最近思うのは、個人の歴史ほど面白いものはないということ。どんな人のものでも。
いくら周りから平凡な人生を送っているように見える人でも、その内には豊かな物語を抱えている。それはもう例外なく。
単なる時間の積み重ねではなくそれ以上の何かがある。

 

そう、だから人の話は聞くのをやめられないのです。

OMAR BOOKS 川端明美




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