角田光代・著 新潮社 ¥1,400(税抜)/OMAR BOOKS
もし・・・していたら。
誰もが考える人生の「もし」を主題にした小説『平凡』を今回はご紹介します。
この角田光代さんの短編集である『平凡』では6つの「もし」が描かれている。それぞれの主人公たちはあのとき、あの選択をしなければ、今の人生変わっていたかもしれない、と胸の内で思いを巡らす。旅先で、相手の帰って来ない部屋で、キッチンで、知り合ったばかりの女性の家で。短編集でありながら、「人生」って、とつい考えさせてしまう奥深い作品。
波風のない平穏な日々を送る主婦、関係の破綻したカップル、幼馴染みとの再会に違和感を覚える女性など、読者はいつのまにか、そんな彼女や彼に似たような自分を見つけることになる。
この中では特別な事件は起こらない。いや本人たちにとってはごく私的な重大な問題を前に悩んだり、悶々と考え続けたり、答えを出したりする。でもそれはその渦中にある人にとっては人生の一大事であっても、他人からみるとありふれた話であり、あるいは時が経って振り返ってみると、「そんなことあったなあ。
どうしてあんなに大騒ぎしたんだろう」と自分のことが疑わしくなるときがある。その心持ちが丁寧に描かれていて要所要所で身につまされる読者はきっと多い。
また小説なのに実話よりリアルだと感じるのは、その空気や状況の再現力という作家の技量が大きいのはもちろんのこと、著者が「生活」を愛しているからだといつも角田さんの小説を読む度に思う。生活にはつきものの、美しいことばかりではないことも決しておろそかにはしない。あるいはそういうものにこそ、目を凝らしてかすかに光るものを掬いとろうとする。
もし、を考え始めると際限なく行き着くこともない。現実と「もし」の間を行ったり来たりするだけ。それでも私たちは「今」にぼんやりとした不安を感じたり、壁にぶつかったり、理不尽な悲しみに出会ったときに考えずにはいられない。
確かめることは出来なくても。でも読んでいるうちにそれでもいいかなと思えてくる。もし、と想像するのは目の前の、どうにもうまくいかない現実を決めつけずに、いくつものあり得るかもしれない未来へ開いておく一つの方法、でもあるかもしれないなあと読み終えてしみじみそう思った。
どこか自分に似た見知らぬ誰かの物語を読み終えて、私たちはまたありふれた日常に帰っていく。たくさんの「もし」に支えられた平凡な毎日へ。読む前よりもほんの少し輝きが増したそれぞれの物語へ。
OMAR BOOKS 川端明美
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