『 タイタンの妖女 』束の間の幸運をどう大事にするか。巨匠・ヴォネガットが描く人生の壮大な物語。


カート・ヴォネガット・ジュニア著 早川書房 ¥760(税別)/OMAR BOOKS  

 

読み終えたのに結末を覚えていないことがけっこうある。面白い、面白くないに関わらずけっこうその頻度は高い。そんなとき、人は忘れる生き物だということを言い訳のようにして、何度でも同じ作品を読むのを楽しめてお得だ、なんて思う。でも今回紹介する小説『タイタンの妖女』は初めて手にして以来、そのラストの場面がくっきりと脳裏に焼き付いて離れない。それはかなり後を引いた。

 

物語の舞台は順に、火星、水星、地球、タイタン(土星の衛星)。主人公のマラカイ・コンスタントは全てに恵まれた男。それが謎に包まれたラムファードと出会い、自分ではどうにもならないものに人生を翻弄されるようになる。時間や空間は自由自在に伸び縮みし、壮大な世界へ放り出されたコンスタント。彼の預かり知らないところである計画に巻き込まれ、そこで彼自身の意志に反して、理不尽な状況に身を置かれることになる。

 

SFの枠だけには収まらない破天荒なストーリーゆえに、あらすじを伝えるのは難しい。ただひたすら読んでいると、諦念にも似た気持ちが沸き上がってくる。人一人の力からすると、自由になることなんてほとんどないといっていい。最初は尊大な態度を取っていたコンスタントにも、少しずつ変化が芽生える。
気の遠くなるような長い旅の終盤、行き着いた先での彼は別人のようだ。

 

「ほんとうに効能のある幸運のお守りは、人間がそのほんとうの持ちぬしにはけっしてなれない性質のものなのだ。(略)ほんとうの持ちぬし、もっと高等な持ちぬしがやってくるまでのあいだそれをだいじに預かって、ご利益を受けるだけにすぎない」

 

とは、作中の言葉。
束の間の幸運をどう大事にするか。その中で私たちは何を選ぶか、果たして選べるのか。

 

巨匠・カート・ヴォネガットの描くラストの場面がもたらす圧倒的な美しさ、切なさ。それらはこの長い小説を読み通して初めて胸に沁み渡る。
この結末はきっと忘れられない。

OMAR BOOKS 川端明美




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