「ワックスとかスプレーを僕は使いたくないんですよ。あのベットリ重い感触が苦手で。湿気がすごい沖縄だと特にそう感じますね。手触りも見た目も自然なのが好きなんです。じゃあ整髪料に頼らなくても決まるスタイルって?と考えると、お客様が美容院にいる間に、僕がどれだけ作りこめるかになるんですよね。そうすれば家では乾かすだけで良いものができるから」
しましげおさんは2013年に、故郷の沖縄で一人っきりの美容院を開いた。それ以前は、数多くのヘアサロンがひしめく東京は渋谷で23年間働いていたベテランの美容師だ。
整髪料は、使わずに済むなら使いたくないのが本音。美容院に行くたび整髪料を操る美容師の指先を凝視し、勧められるまま同じものを買い、自宅で懸命にマネするも、全然違う!…という失敗が多々あるから。だが、これまでの経験から、整髪料を手にしない美容師の方が少数派の気がする。そんな稀有な美容師、しまさんが自信を持って勧めるのが、パーマだ。
パーマこそ、ヘアクリームやスプレーが不可欠では?と思いながら見遣れば、柔らかなカールが顔回りを品良く見せている。まるで天然パーマのような質感。思わず触れてみれば、パーマ後の髪にありがちなミシミシとした軋みもない。
「洗い流さないトリートメントとして、リタオイルという16種類もの植物性オイルが入ったものだけは毛先に付けていますけど、あとはもう何も。状態の良い髪なら何も付けずにドライヤーで大きく乾かすだけでも大丈夫ですよ。ずっと整髪料を使ってきたって方も、ブローやオイルだけで仕上げてみれば『これだけで十分なんだ!』とか『これから楽になるわ』って気に入ってもらえますね」
感触も、印象も自然なスタイルにするために、しまさんのパーマは、通常のそれよりもずいぶん手のこんだものになっている。
「ロッドの巻き方ですね。僕はあるタイミングで、ロッドをいったん外して、また巻き返していくんです。そうすると、カクッってならないから、この部分からパーマかけただろって見破られないような、わざとらしくないカールができるんですよ。のび方も自然で、3ヶ月経っても良い味が出ますし。これは別に僕オリジナルのやり方ではないですけど、時間や手間だけじゃなく薬剤も倍かかるから、ここまでやる人って、あまりいないと思います」
パーマでは、やはりダメージも気になるものだが、髪を傷ませないための工夫も。
「薬剤も、ソフトからハードまでレベルがあるんですが、なるべく優しいものを使ったり、機械を使って加温せずに、薬剤を温めておいて、その熱でかけたりと髪への負担を少なくして、手触りもごく自然な感じにもっていきます」
この触り心地の良さは、しまさんが薬剤からロッドの巻き方まで、片っぱしから試して掴んだものなのだ。
「前にいた店では、よくあるデジタルパーマはやってなかったんですけど、デジタルパーマで失敗して駆け込んでくる方は結構いて、触るともうすごく傷んじゃってるんですよね。その後に、クリープパーマっていうのも出たけど、それもまだ軋む気がして。エアウェーブも根元のおさまりもちょっと…。どうしたら見た目も良くて、ダメージも最小限にできるかなって考えた結論がこのパーマですね」
練り上げたのはパーマだけではない。全ての土台となるカットもそうだ。今まで3桁近い数の後輩たちに教えたというカットの巧さは、技術の差が出やすいショートカットで見れば、一層明らか。
しまさんは、「この生え癖だと、こう流れませんか?」「顔型や首の長さ的には、このあたりのラインが綺麗に見えると思います」「ここの位置で締めてあげるとポンッと後頭部出ますよ」など、次々に言い当てながら、迷いなく、丁寧にカットしていく。現れたのは、綺麗な丸み。どの角度から見ても立体的なフォルムだ。このスタイルも、もちろん整髪料要らず。
「こんなに後頭部がクッキリ出たの初めて!超絶壁なのに・・・」と喜ぶ
「カットで言うと、僕はセニングシザー(梳きバサミ)を使わずに、ハサミだけで仕上げていくんです。セニングで切った髪って、ダン、ダンって引っかかりが多少なりとも出るんですよね。だから時間はかかるけど、ハサミで少しずつ重たいところを取ってやれば、キレイに落ち着くんです。ショートカットって冒険ですけど、カットしたお客様には『今まで良い風になったことないけど、切って初めて良かったと思う』とか『横顔とか後ろからも褒められたよー』って言ってくださる方が多いですね」
1人っきりの店だが、作業効率よりもお客さんの満足度のために手間を惜しまない。だからこそ、自宅では乾かすだけで良い、楽ちんなスタイルが実現するのだ。そして、これがしまさんのやりたかったこと。しまさんは自身を“やりたがり”と分析する。
「たとえばカラーでも、1色だけでザッと塗るんじゃなくて、層みたいに何色も塗って表情豊かに見えるようにしたり、シャンプーも毛先と頭皮でシャンプーを使い分けたり…そういうことを思いっきりやりたくて。僕、やりたがりなんでしょうね。でも普通のお店では、やっぱり利益や効率を優先しなきゃいけないから、『そんな余分なことするなら別料金もらったら?』とか『あと5分で、そのお客様のシャンプー終えてね!』とかあるので…じゃあ隠れてやろうってこっそりやってましたね(笑)」
何にも邪魔されず、納得いくスタイルをイチから作り上げたい。“やりたがり”は、シャンプーなどの基本的なことにも及ぶ。
「そもそも『シャンプーやロッド巻くのはアシスタントの仕事だ』って言う人も多いし、立場が上になるにつれて、もうハサミしか持たなくなるってことも多いけど、僕は全部やりたいんですよ。今までの店でも、手が空いてる時は他の人の手伝いしてましたしね。シャンプーも人任せにしたくないし、髪を良い状態にするために頭皮のマッサージだって、僕がじっくりやりたいんです。まぁヘトヘトにはなるけど、『スタイリストさんのシャンプーってやっぱり違うね』とか喜んでもらえるし、もうそこから思うようにやりたいなって気持ちが膨らんで」
その想いが積もり積もって、沖縄に帰り、自分だけのお店を持つことを選んだ。東京よりも沖縄の方がより自由な環境が得られるから。
「東京だと、店舗を借りるにしてもお金が高いから、どうしても効率重視になっちゃうでしょうし、それじゃ意味ないなって。だったら沖縄戻って、イチから自分の気に入るように作ろうと思ったんです。元々、渋谷で働いている時も、同僚たちに、『しまさんって楽しそうにやるよね!』って言われてたんですけど、本当に楽しいんですよ。髪についてやりたいことはどんどん出てきますし。しかも今は全部、自分で良いと思うようにできますからね。たとえば大型店だと忙しい時は、もうみんな声張り上げちゃってて、テンション高すぎて『うわぁ…』って思うこともあったんですけど、ここなら落ち着いて、お客様の空気に合わせてできますし」
外人住宅のようなたたずまい。この建物を見たいと、南風原町からわざわざ自転車でやって来た人もいるほどだ。
しまさんの“やりたがり”は、空間づくりにも表れている。目にまぶしいほど白く、開放感あふれる建物はOKINAWA STANDARDのもの。高く縦にとられた窓からは、手入れの行き届いた庭が臨める。
「僕1人の店ではあるけど、座面を2つにしたのは、カップルや友人同士、親子で連れだって来てほしいなっていうのがあって。ここでお喋りしながら髪切って、そのあと食事に出かけていく…なんて使い方も良いですよね。好きなようにくつろいでもらいたいなって」
キッズカットも好評だ。「僕も子供が2名いるから分かるけど、子連れでヘアサロンって敷居高いじゃないですか。でも、ここなら僕しかいないし楽なのか、近所の子供たちもよく来てくれますよ。」
涼しげなプールの水面や刈り込まれた芝に目を細める。まだまだのびるという、生け垣のハイビスカスの成長も楽しみだ。内装やインテリアだけでなく、窓の風景から楽しめる美容院ってあまりないかもしれない。自然を感じながら、自然なスタイルを作ってもらう。今までの美容院のイメージが変わっていきそう。
パーマもショートカットも、賭けだ。決まれば、脱・無難。垢抜けたスタイルが手に入る。だけど、リスキー。今まで何度、涙をのんだことか。気づけば弱気に「傷んだところだけ切る感じで…」とか、つまらないオーダーを繰り返すことに。でも、もう一度だけ、しまさんを信じて冒険してみてもいい気がしている。この一人と一人だけの空間なら、髪の悩みや希望を切々と訴えたって、きっとあやまたず聞き届けてくれるはず。そして、すでに”整髪料が要らない”という時点で、大きなアドバンテージをもらっているから。
文 石黒万祐子
biotope HAIR WORKS(ビオトープ ヘア ワークス)
HP http://biotope-hairworks.com
沖縄県沖縄市池原2-15-12
098-911-8293
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