L’tete(ル・テテ)/クッキーのキャンバスに花で描く、モネの“睡蓮”の世界

 

そのクッキーを目にしたら、誰もがきっと息を飲む。その可愛らしさに、はっとせずにいられない。赤、青、黄、オレンジ、ピンク、パープル…。色彩豊かな花びらが描くのは、まるで美しい風景画のよう。

 

「花びらというより、色とりどりの絵の具を乗せている感覚なんです。モネの“睡蓮”とか、ああいう色合いが好きで。昔のヨーロッパの絵画の色彩が頭にある感じです」

 

そう話すのは、エディブルフラワーのクッキーなど花をモチーフにした焼き菓子店 L’tete(ル・テテ)店主 上地みゆきさん。みゆきさんは、“睡蓮”の世界を花びらの絵の具で描く。もはやお菓子の域を超えていて、彼女のアート作品といっても過言ではない。

 

リース

みゆきさんは、見た目だけでなく味にもしっかりこだわる。クッキーは、バニラ、シトラス、ココア、シナモン味などの数種。アイシングの有無でクッキーの甘さが調整されていて、全体のバランスが計算されている。

 

というのも、クッキーでありながら2つとして同じものはないのだ。たとえば、花のリースをイメージしたという一番人気の“リース”。エディブルフラワーの花びらの他に、ドライフルーツやナッツなどが並ぶが、どれも色や組み合わせが異なる。みゆきさんが、その時の直感を頼りに並べるという。同じ“リース”クッキーでありながら、別の日には全体のテイストが異なることもしばしばだ。

 

「最初に完成図があるわけではなくて、感覚だけです。あらかじめ色と素材の組み合わせを決めてしまえば、スタッフにも作ってもらえるなと思うんです。けど、“こう”って決めてしまうと、そこから広がらない気がして。この花とこの素材を一緒に並べたらまた違う表情が出るんじゃないかとか、もっといいマリアージュがあるんじゃないかとか、毎回実験的にやっている感じです」

 

初めてのお客はその美しさに感嘆し、常連客は新しい表情のそれに心を踊らせる。そしてどのお客も、どれにしようかと頭を悩ませるに違いない。

 

ブーケ

 

みゆきさんは、店の営業日を“オープンアトリエ”と名付ける。そのオープンアトリエは毎週金曜日で、週に1度だけ。1枚のクッキーを完成させるのに多くの時間を費やすからだ。

 

「自分で『かわいい〜』と思ったら、生産性あるなし考えないで、手をかけちゃうんです。この“ブーケ”というクッキーだと、実際に花束を作るような気持ちで、1つひとつの花びらをピンセットで置いていきます。そしたら1枚つくるのに10分くらいかかってしまって。1時間に6枚しかできない(笑)。今は半分くらいの時間でできるようになりましたけど。週1のオープンでも結構ギリギリなんです。最初は、2,3日は開けたいって思っていたんですけどね」

 

時間を要するのは飾り付けだけではない、エディブルフラワーの下処理にも。生花の花びらを丁寧に広げ、色が飛ばない低い温度のオーブンで乾燥させる。もしくは、厚い本に挟みしばらく重しをした後、やはりオーブンで乾燥させるそう。

 

オープンアトリエでは、いくつかケーキが並ぶことも。この日は、読谷産イチゴのロールケーキとジンジャーパウンドケーキ。

 

みゆきさんがここまで手間をかけるのは、お客の喜ぶ顔が見たいという思いがあるから。

 

「1個1個すごく心を込めて丁寧につくって、顔が見える相手に届けたいというのが、一番の理想なんです。幼い頃から、喜んでくれる相手の顔を思いながらお菓子をつくるのが、大好きだったので」

 

みゆきさんのお菓子づくりの原点は、自身のお母様が手づくりしたバースデーケーキやクリスマスケーキ。

 

「母は家族の誕生日に毎回ケーキを焼いてくれて。どんなケーキ屋さんのより、母のケーキが一番美味しかった。お店のみたいにふんわりときめ細かいスポンジじゃなかったけど、すごく特別感があってぬくもりを感じるというか。クリスマスのときには、ツリーの形をしたケーキを抹茶でつくってくれたりしていましたね」

 

お母様の手伝いをしたくてしょうがなかったみゆきさん。小学生の頃から一緒につくり、中学にあがったくらいからは、みゆきさんが家族のケーキをつくっていた。

 

「お父さんの誕生日に一生懸命ショートケーキをつくったり。当然すごく下手なんですけど、『美味しい美味しい、ありがとう』ってすごく褒めて喜んでくれました。私もとても嬉しくて。だからずっとつくってきているんですよね。その時ダメ出しとかされていたら、『ケーキは買ってきたほうがいいよ』ってなってたかも(笑)」

 

現在家庭を持つみゆきさんは自身のお母様と同じように、家族の誕生日にはケーキを焼く。お子さんが幼い頃には、好きなキャラクターのケーキなどをつくっていたそう。

 

 

子育てが落ち着いた頃からは、家庭のお母さんにも作れるシンプルなケーキを教えるお菓子教室“Labours(ラブール)”を主宰していた。手づくりの“手”の意味を込めた“L’tete”という屋号でお花のお菓子をつくるようになったのは、辛い時期を乗り越えた最近のこと。

 

「3人の子供が成長してクラブチームの活動やら部活やら習い事やらで、ものすごく忙しくなってしまって。どれもこれもと頑張り過ぎて、心と体のバランスを崩してしまったんです。家からも出られない状況になって、やむなくお菓子教室を閉めました」

 

数ヶ月が経ち、引きこもりから脱しようとしていた時、たまたま新しくできた花屋の前を通りかかった。

 

「cottaba(コッタバ)さんという小さなお花屋さんで。そのお店に入った時に、すごく癒やされたんです。美術学科出身だからか、色に惹かれるんです。飾られている花の色や、そのグラデーションから、インスピレーションをもらえるような気がしました。それで思い切って『お手伝いさせてください』って、お店に無理やり入れてもらって(笑)。毎日お花を見たり触ったりしているうちに、少しずつ元気になって。するとある日オーナーさんが『ここでお菓子を販売してもいいよ』って言ってくださったんです」

 

フラワーショップcottabaとコラボレーションしたギフトボックス

 

お菓子をつくる機会をもらうと、みゆきさんにあるアイディアが湧いた。

 

「お花屋さんで販売するんだったら、お花のお菓子がいいなって思ったんですね。じゃあどんなのがいいかなと考えた時に、はっと『私、いいの持ってる』って思い出して。以前、花模様のローラーを一目惚れして買っていたんです。でも使っていなくて眠ってました。この模様のクッキーを並べたらかわいいなって。久しぶりに頑張ってみようって思いました」

 

一番最初につくったお花のお菓子は、花模様のバニラサブレ。そこから徐々にメニューが増えていき、エディブルフラワーを使うアイディアも生まれた。

 

「お花と一緒にクッキーを買ってくださったり、そのうちクッキーを目当てに来てくださるお客様もいらして。『食べるのがもったいなくて、しばらく飾ってから食べたよ』とか。この1枚をすごく愛でて大切にしてもらってる。喜んでもらえたんだと、嬉しかったです」

 

お客のその言葉や、「絶対できるから、やってごらん」というオーナーの言葉に背中を押され、2018年11月、お菓子教室だった場所でL’teteをオープンさせた。

 

花模様のバニラサブレと、シトラスサブレ

 

レモンの花クグロフ

 

店主の上地みゆきさん(左)と、スタッフの米須望さん

 

「お花屋さんで働いていなければ、このお菓子はできなかった」とみゆきさん。ケーキからクッキーへとメインのお菓子が変わっても、“贈った人の笑顔がみたい”という思いはなんら変わっていない。

 

「お菓子って、なくても生きていけるけど、あったらものすごく人を幸せにしてくれますよね」

 

花が咲いたような明るい笑顔で、お菓子の魅力をこう話す。L’teteのクッキーを贈られたら、誰もが顔をほころばせる。それは絵画のように美しいからだけでなく、みゆきさんの贈られる人への思いもこもっているからに違いない。

 

写真・文/和氣えり

 

 

L’tete(ル・テテ)
読谷村波平205
090-6867-8659
open 金(但し、第5金曜、祝日にあたる金曜はお休みします)
10:00~18:00(売り切れ次第終了)
https://ltete.okinawa
https://www.instagram.com/l_tete_/