濃いめに淹れられたコーヒーは、一口飲むとほんのりと酸味を感じる。
こくりと喉を通ると、ほどよい苦みが少しだけ口に広がった。
店主の久高さんがコーヒーを淹れる際に使うのは布フィルターだ。
これまで様々な淹れ方を試し、最も自分好みの味が出せたのが布フィルターだと言う。
「丸みのある味わいになるんです。
でも、コーヒーの味わいを左右しているのはフィルターの種類だけではありません。うちは焙煎器も独特なので、その影響も大きいと思います」
久高さんが愛用しているのは手回しの焙煎器。サイズは小さめだと言う。
「一度に焙煎できるのは300〜400g程度。1回15分ほどかかり、1日2〜4回ぐるぐる回して焙煎しています」
少量しか焙煎できないため、どうしても手間がかかる。
しかしその分、じっくりと豆に手をかけることもできる。
「豆の袋を開けた時と焙煎する直前、焙煎後と合計3回ハンドピック(出来のよくない豆を取り除く作業)をしています。大型焙煎器ですと一度に何キロもさばきますから、ここまで細かく豆の状態をチェックするのは難しいと思います」
メニューによって、使用する豆の種類も焙煎具合も異なる。
「ホットコーヒーに使用している豆はエチオピア産。酸味を残し、華やかな味わいになるよう焙煎しています。
カプチーノにも使うエスプレッソは万人受けするブラジル産の豆で。酸味や苦みが少なく飲みやすいのですが、ミルクに負けないよう、しっかりとコクが出るように焙煎します」
メニュー表には、「苦めの珈琲」というストレートなネーミングのものも。
「タンザニア産の豆を使用しています。
一般的に深煎りすることは少なく、大抵の方が酸味を残すよう焙煎する豆なのですが、僕は酸味を消すためにぎりぎりまで深煎りします。だから苦みが強い。でも、これがたまらない!とおっしゃるコーヒー好きな方も多いんですよ」
淹れ方も、その都度こまかく調整している。
「気温や湿度によっても変わりますが、使用するお湯の温度は82〜83度。
当店のコーヒーを飲んだ方から『豆の甘みを感じる』と言っていただくことがよくあるのですが、それにはお湯の温度が大きく関わっています。
熱すぎるお湯で淹れると、苦みや雑味が出やすいんです」
使用する豆の量にもこだわりが。
「コーヒースプーン一杯分が約10グラムなのですが、僕は一杯のコーヒーを淹れるのに23〜25グラムの豆を使います。
コーヒーは、ギリギリまで抽出してしまうとフィルターに残っているえぐみが出てきてしまう。
ですから、豆を多めに使っておいしいところだけを抽出しているんです」
見事なラテアートを一瞬で完成させた後、一言。「もう一つお作りしても良いですか? お見せしたデザインがあって」
いかにも楽しそうに描いてくれたジョン・レノン。「絵心ないのバレちゃいました?(笑)こんな僕が描くラテアートだから、ちょっとヘンテコなのも面白いかなって」
3回も行うハンドピックにしても、手回しで行う焙煎にしても、久高さんはおいしいコーヒーを作るために手間をかけることが何ら苦にならないようだ。
火のついたコンロの上で延々と焙煎器を回し続けるのは、本人をして「夏は地獄」と言わしめるほど大変な作業だが、それさえも「つらくはない」と話す。
「手間をかければその分ちゃんとおいしくなる。それが楽しいんですよ。
それに、おいしければおいしいほどお客様は喜んでくださいます。そのときの嬉しさがあるから、全然つらいとは思わないですね」
生来のマメな性格が、食事やスイーツのメニューを作る際も反映されている。
たそかれ珈琲はコーヒー以外のメニューも豊富で、材料も自家製にこだわって作られている。
サンドイッチに用いるパンも、ホシノ天然酵母を使って久高さんが自ら焼いている。
「夜に仕込んで朝発酵させています。ですから休みの日でも夜は店に来て、酵母菌の面倒をみているんですよ(笑)」
豆のペーストの舌触りに、レタスのシャキッとした食感がよく合う「豆のペーストとトマトのサンドイッチ」。
じっくりと味わうと、豆の優しい風味に様々なスパイスの味わいが混じっているのがわかる。
「豆はセロリ・玉ねぎ・ローリエ・クミンと一緒に炊いて香り付けをしています」
サンドイッチの脇にそっと添えてあるピクルスにさえ、ローリエ、クミン、クローブ、鷹の爪、りんご酢、はちみつ、きび砂糖といった数々のハーブやスパイス、自然素材の調味料が使われている。
ジャムバタートーストやクロックマダムなどに使う、ジャムやあんこ、ハムやソースもすべて手作りだ。
あんこを手作り?
店で使うあんこと聞けば無意識に業務用の袋に入ったものを想像してしまい、思わず訊き返してしまった。
「ええ、もちろん手作りしています。あんこを炊くのって楽しいですよ」
「自家製あんこバタートースト」。パンの素朴な味わいに、甘さ控えめのあんこがぴったり。
また、白砂糖や膨張剤は使わず、無添加を心がけている。
「白砂糖はあまり体に良くないと以前から聞いていたので。
膨張剤については最近聞いたんです。聞いてしまったからには使うわけにはいかず…(笑)」
ケーキを膨らませる際は、膨張剤の代わりに泡立てた卵白を使っていると言う。
からだへの優しさを重視して作られてはいるものの、チョコケーキはしっとりとしてコクがあり、その味わいは本格的だ。
「今まで食べた中でおいしいと感じたものにどうやったら近づけるかなと、色々な素材やレシピを試し、試作を繰り返すんです。あれ入れて、これ入れて、やっぱりこれは引いて…という風に。
そうやって少しずつ理想の味に近づいていく過程も好きで」
今の味に満足しきっていないところも久高さんらしい。
「常に改良を重ねています。お客様には自分が感動したものだけをお出ししたいので、よりおいしいレシピにたどり着いたらすぐにメニューも変えます」
若い頃から飲食の仕事に携わっていたのだろうと思いきや、学生時代は音響について学んでいたと久高さんは話す。
自家製パンの切れ端はおいしいラスクへ。「サンドイッチを作るときに残ってしまう耳がもったいないなーと思って作ってみたら、意外にも人気商品に(笑)」
久高さんの実家では、音楽好きな父親が流すジャズがいつも流れていたと言う。
「息子たちが音楽をやることを奨励する、ちょっと変わった家でした。普通だったら『バンドなんてしてないで将来のことをしっかり考えろ』とか言いそうなものですが、僕は高校時代バンドでドラムを担当していましたし、2人の兄達もそれぞれみなバンド活動をしていました。
高校卒業後は東京にある音響の専門学校へ通うことにしました。演奏側でなくとも、何らかの形で音楽に携わる仕事に就きたかったんです」
専門学校に入学してしばらく経った頃、久高さんは妙な違和感を覚えるようになった。それまで無心に聴いていた音楽が、いつの間にか色あせて聴こえるようになっていたのだ。
「音楽が仕事になってしまうと分析しながら聴かないといけなくなるんです。それで急につまらなくなって。
そうではなく、僕は純粋に音楽を楽しみたいと思ったんです」
音楽を楽しみながら仕事をするにはどうすればいいか? 考えた末に久高さんは、飲食店という「箱」を作り、そこで好きな音楽を好きなだけ聴きながら仕事をすればいいのではないかと思いついた。
カフェでアルバイトをしながら、調理師免許とソムリエの資格も取得。
8年間の東京生活を終えて沖縄に戻ったあとは、兄の営むイタリアンレストランでバリスタ兼ソムリエとして働いた。
3年半の経験を積んだ後、久茂地川のほとりに自身の店をオープンさせた。
「一般的なコーヒーショップ」を想定して入店した人はきっと、店内でしばらく過ごした後に店の持つ意外な特性に気づき、驚くと同時ににんまりしてしまうだろう。
その一つが先述の「食事メニューの豊富さ」だが、他にもある。
店内には、プロの録音スタジオや映画館でも使用されている、世界有数のスピーカーブランド「JBL」のスピーカーが設置されている。
音響について専門的に学んでいた久高さんならではのセレクトだ。
上質なスピーカーから流れるのはジャズ。久高さんが父親から譲り受けたレコードが、ターンテーブルの上で回っている。
川沿いを走る車の音が気にならないほど、重厚で濃密なサウンドがさりげなく店内に響く。
「音楽関係の仕事をなさっているお客様からも『音が上等!』と褒めていただいたことがあります」
もう一つの意外な特性は、アルコールメニューの豊富さだ。
カルーアリキュールにコーヒー豆を漬け込んで。
ソムリエの資格を取得していることからもわかるように、久高さんは無類の酒好きでもある。
店を始める際は、バーにするかコーヒーショップにするかで悩んだほど。
「昔、母が喫茶店を営んでいたことがあるんです。
父からは音楽の影響を受け、母からは店の方向性について影響を受けたと言えるかもしれません」
人気メニューの一つ「珈琲屋のカルアミルク」に使用するカルーアリキュールには、自家焙煎した珈琲豆を漬け込んでいる。珈琲屋ならではの味わいが楽しめる一品だ。
「昼間から飲んでいかれるお客さんもいますよ」
ワインについても、メニューには「グラスワイン」としか書かれていないが、種類は豊富にとりそろえている。
「気になったらぜひお尋ねください。色々とお勧めできると思います」
にこやかにそう言う久高さんは、客とのコミュニケーションにも積極的だ。
「どんなことでも話しかけて頂けたら嬉しいですね。ご要望にはできるだけお応えしたいですし」
要望を受けて、メニューにないものを提供したこともあると言う。
「ご年配のお客様に『甘いコーヒーはないの?』と訊かれて。
メニューにはないのですが、店にある材料で作れるモカをお出ししました」
食事やつまみのメニューでも、臨機応変に対応している。
「たとえばサンドイッチに使う自家製ハムですが、酒のおつまみとして単品でお出しすることもできます。サンドイッチの中身も、苦手なものを引いたり好みのものを足したりと、できるだけご希望に沿いたいと考えています」
店内奥に設置された本棚には、文庫本がぎっしりとつまっている。
「ご自由に手に取ってご覧ください。コーヒーを味わいながらの読書も大歓迎です」
上質なスピーカーから流れるジャズに、大量の本。アルコール類は昼間でもオーダーすることができ、つまみの相談にも乗る。
まるで長居してくださいと言っているようなものでは?
「長居というのは店を気に入ってくださった証拠。店主としては嬉しいことです。
『時間を買いにきた』という気分で、ゆっくりくつろいで頂けたら嬉しいです」
今後は、店内の白壁を展示スペースとしても活用したいという。
「芸大に通う学生さんや卒業生、仕事をしながらアート活動をしている人たちの作品を展示できたらと考えています。周りにもそういう活動をしている友人が多いので、発表の場として無料で貸し出す予定。写真展なんかもいいですよね」
コーヒー教室やラテアート教室も開きたいと話す久高さん。
オープン間もない店で、これから新たなアイディアが次々と実現されていくのだろう。
紙フィルターと違い、布フィルターでコーヒーを淹れている間は両手が塞がってしまう。
布フィルターはカップに置くことができず、ずっと手で持っていなければならないからだ。
「だからコーヒーを淹れている間は他のことが何もできないんですよ」と久高さんは苦笑する。
しかしこの店で、過ぎ行く時間について気を揉む人はいないだろう。
ジャズに耳を澄ませたり、店内に飾ってあるレコードジャケットのデザインを楽しんだり、久高さんとおしゃべりしたり、窓のを外をぼんやりとながめたりしているうちにあっという間に時は過ぎる。
「歩いていたらコーヒーの匂いがするからさ」と言いながら、店に入ってきた人がいたと言う。
その人の気持ちはよくわかる。
歩いていて、ふらりと立寄りたくなる雰囲気の店なのだ。
入るときは気軽に。
そして一歩足を踏み入れれば、こだわりのコーヒーをお供に濃密な時間が過ごせる。
そんな珈琲店なのだ。
たそかれ珈琲
那覇市牧志1-14-3 1F
open 13:00~21:00
close 毎月10、20、30、31日
mail leisurelyhp@gmail.com
blog http://d.hatena.ne.jp/kudakayuzo