目に宿る星の話

写真・文/田原あゆみ

 

 

 

パリの冬は曇天と雨。
小雨が降る街中を歩き回って、好きなものを探す。週末は蚤の市へ。平日はブロカントや、街を歩いていて偶然見つけたお気に入りの店へ。

 

コレクターが世界中を歩き回って、見つけてきた古い本の挿絵や、古い専門書、銀製品、アンティークのジュエリーなど自分の好きなコレクションだけを専門に並べている個性的な店ばかり。

 

フランソワーズは息子と2人で様々なブロカントへ出店してアンティークのジュエリーを専門に商いをしている。華奢な身体、早口で説明をしながらあれもこれもと見せてくれる。私が探しているものを伝えると、それはないけれどこれはどう?と、ふわっとお花が開くような笑顔を見せた。

 

熱心に話を聞きながら選ぶ私に、「今度は来る前に連絡を入れて。そしたら家に招待するわ。そこでいろいろ見せてあげるから」と。にっこりと細めた目にはきらきらとお星さまが浮かんでいる。

 

私の目に彼女のお星さまの光が映る。私はきっといくだろう。

 

こうして人の縁は繋がる。

 

 

 

 

 

 

 

ミッシェルはとても魅力的な人だ。
古い本の挿絵をコレクションしている専門店は、前回パリを訪れた時に惚れ込んだお気に入りの場所。
一見気難しそうなムッシュが店番をしていて、立ち入りがたい空気感が満ちていた。そのハードルを超えて踏み込んだ世界に私は夢中だ。今回はそのムッシュの奥様のミッシェルが店番をしていた。

 

彼のファンである私は、ちょっとがっかり。

 

けれど、いろいろ見せてもらううちに、私はその世界へ没頭。「ワオ!なんて素敵なの!これは一体どんな技術で版画を起こしているのかしら?私は海や自然にに囲まれて育ったので、貝や、その化石や、変わった植物、昆虫や動物が大好きなんです」と絵を見ては歓喜する私に、彼女はあっという間に心を開き、彼女もフランスの海辺で育ったこと、そこが小さな島がたくさんある美しい場所であることを、目をきらきら輝かせて語りだす。そして、私が見ている側に来て一緒に覗き込んで、解説をしたり、歌ったりなんとも明るい魅力に溢れているのだ。

 

 

彼女の無邪気さや、明るさ、エレガントさと奔放さに私はたちまち魅せられた。私たちは好きなものが似ていたので、彼女は次々に夫が秘蔵しているコレクションを出してきた。
「秘密よ」とウインクが飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

これは19世紀の初めにドイツの医師と、その友人で印刷会社を経営者の2人が開発した技法で印刷された植物。
Nature printed plantsと呼ばれるものでとても貴重なものだ。押し花でもなく、写真でもない。日本では印葉図と呼ばれ、その技法は受け継がれなかったために現代に継承されていない。紙の上に植物が閉じ込められたような不思議な美しさがあり、葉脈や、虫食い、葉の重なりまでがそのまま写しこまれているのだ。丸でXレイで植物の本質を捉えたようだ。

 

その世界を夢中で見つめる私に、「このコレクションは主人の秘蔵だから私があなたに譲ることはできないけれど、あなたはとってもスイートだから私が彼を説得してあげる」。ミッシェルはそう言うと、私がどうしても譲って欲しい一枚をそっと隠して、「明日また来てね。私は11:30までお店にいるわ」とウインクを飛ばした。

 

私はきっと彼女とこれから何度も会うことになるだろう。

 

だってやっぱり彼女も目から星を飛ばして、その星が私の目に宿ってしまったから。

 

 

 

 

 

17世紀に、植物や貝殻、当時の機械などを模写しエッチングに起こして専門書を作ったRobert Benardの本の挿絵。全て手刷りで印刷されていて、被写体の形や模様が忠実にただただ写しこまれている。脚色も抽象もなく、ただその個性やユニークさ、自然の神秘や美しさを多くの人に伝え、その存在を刻印する為に描かれ、まとめられ、印刷された。

 

自我を超えて、目の前のものをそのまま写し込もうとして生まれたこれらの挿絵達は、だからこそ静かに長く惹きつけられる魅力がある。

 

いくつも好きな絵を見つけて、私は興奮と喜びと、ときめきによろめいた。
私は小さな時に切手の収集にはまってしまったこともあり、根っこにコレクターの要素があるのだ。

 

翌日再会したミッシェルは田舎に住んでいる彼女の母親のところへ行く為にエレガントに身支度を整えていた。夫婦2人が一緒にいるのを初めて見た。
一見気難しそうな夫は彼女の魅力と、強さにメロメロの上、うまく甘えられずにいるように見えた。

 

ミッシェルと別れる時、私たちはフレンチスタイルのお別れをした。交互にほっぺたを合わせてちゅっ、チュッ、とキスをする。

 

それを見ていたポールは、「彼女は僕にはやってくれないんだ」と言って私を見た。ミッシェルは、「あら、して欲しいならちゃんと言いなさいよ」と、女王のように言うと、夫に近づいて耳元で囁き、キスをして出て行った。

 

その出来事の隅々に2人の関係が濃縮されているような気がして、ああ、ポールはいつかミッシェルの目からきらきら星をしこたま吸い込んだに違いない、そう思って二人に背を向け、見えないところで私はほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

この後私たちはランチに招待され、地元のイタリアンを堪能した。ポールとはフランスの政治の話や、社会問題、コレクションの話に花が咲き日が暮れる頃やっとこの店を後にした。

 

旅先に目に星が宿った店主のいる行きつけの店ができるのはなんともいいものだ。

 

 

 

 

きっとこの瞬間にも世界中のどこかで誰かの目に宿る星が、そのまた誰かの目に飛び込んで、温もりのある交流が生まれていることでしょう。
今回はパリとベルギーから私がときめいたものたちを持って帰ってきました。
そんな交流の中から選んだものたち。これから大切に修復して2月頭には店頭に並ぶように準備を進めています。

 

 

どうぞお楽しみに。

 

 

 

 

 

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田原あゆみ
エッセイスト
2011年4月1日から始めた「暮らしを楽しむものとこと」をテーマとした空間、ギャラリーサロンShoka:オーナー。
沖縄在住、カメラを片手に旅をして出会った人や物事を自身の視点と感覚で捉えた後、ことばで再構築することを楽しんでいる。

 

 

エッセイ http://essayist.jp なかなか更新していません(反省)
Shoka: http://shoka-wind.com

 

 

 

 

Tavi Shoka: 

 

Shoka:オーナー田原あゆみが自分の足で回って、自分の目で見つけてきたヨーロッパ、主にパリのアンティークを紹介しています。
「アンティークは誰かに見出され、愛されたからこそ受け継がれてきたものです。時間という篩にかけられて、残ってきたものには確かな魅力があるのです。そ んなものを自分で見て回り集めてきました。ヨーロッパの銀製品や、手仕事を生かしたものたちには独特の雰囲気が詰まっていて、暮らしの中で使うと独特の景 色が美しいと感じます。暮らしの中に、時間を超えたストーリーを迎えることも愉しいことだと感じます」

 

 

*今回探してきたアンティークは、2月から店頭に並びます。

 

 

 

暮らしを楽しむものとこと
Shoka:

 

http://shoka-wind.com

 

沖縄市比屋根6-13-6
098-932-0791(火曜定休)
営業時間 12:30〜19:00