「オープンして初めてお客さんが買ってくれて、初めて『美味しかった〜』って言ってもらった時、『ああ、完成したんだ』って思いました」
宮里豆腐ドーナツ店店長、宮里詩織さんは、小学生のお子さんを持つ専業主婦だった。試行錯誤して作り上げたドーナツだったが、これで完成、となかなか思えなかったという。
「試作して、試食したみんなが美味しいって言ってくれるけど、家族や友人だから美味しいって言ってくれるのかなって思っちゃうわけですよ。不安にかられていたんですね。けどお店をオープンして、知り合いじゃないお客様が『美味しい』って言ってくれて。その時にやっと、心の底から安心できたんです」
緊張が解けた時のように、その顔はふわりと嬉しさに満つる。
「食べてくれる人のことを思いながら作るんですよね。どうやったら美味しいと思ってくれるかな、どうやったら喜んでくれるかな、どうやったら体に優しいものができるかなって。誰かのためを思って作らないと、いいものができないと思うんですよ」
宮里豆腐ドーナツ店のドーナツが完成したのは、お客を思う詩織さんの気持ちが、しっかり伝わった時だった。
期間限定のソーセージドーナツ。ケチャップをかけても美味しい。
紅茶(手前)と、さんぴん茶(奥)のドーナツ
詩織さんの思いが詰まったドーナツは、優しい味。それは、おからが入っているって言われなければわからない。おからってパサパサするイメージがあるけど、全くパサついていないから。しっとりとしていて、優しい甘さに包まれている。油で揚げずに、焼いて仕上げたドーナツは、深みのある生地の味わいをダイレクトに感じ取れる。
「生地の配合は苦労しました。全粒粉や薄力粉など数種類の小麦粉とおからが入っているんですけど、何かがほんのちょっと量が違うだけで、このしっとりとした食感にならないんですね。それから水分ですね。おから自体が水分を含んでいるので、それを見越した調度良い水分量を探し当てるのが大変でした。1グラム単位で調整するので、もう精神的にも疲れてしまって。そういう時は、頭を空っぽにして、いろんなところにスイーツを食べに行ってましたね(笑)」
一番人気のプレーン(左)、チョコチップ(中)、くるみ黒糖(右)
詩織さんは、パティシエどころか、お菓子屋で働いた経験もない。家庭で、お子さんのためにお菓子作りをする程度だった。お菓子作りが趣味とまでも言えないほどだったのに、なぜおからを使ったドーナツの店を持つことになったのだろう?
「主人が豆腐屋さんになりたいって言ったのがきっかけだったんです。子供の頃から豆腐が大好きで、しょっちゅう食べてたみたい。何年も前から豆腐屋になりたい、自分で豆腐を作ってみたいって言っていたんですね。まあいつかねえって感じで聞き流していたんですけど。まさか本当に豆腐屋さんになるとは思わなかった〜(笑)。本人は真剣に、コツコツと調べあげていたみたいで。お豆腐屋さんから機械を譲ってもらえるチャンスが来たので、やるなら今しかないって」
詩織さんのご主人で、宮里豆腐ドーナツ店のオーナーでもある学(まなぶ)さんには、自分で豆腐を作りたい理由があった。沖縄には島豆腐屋が数多くあるのにだ。
「夏の暑い日には、ご飯におぼろ豆腐、かつお節、醤油をかけて食べるのがお気に入り」と詩織さん
「主人が九州に出張に行ったとき、初めて国産大豆のお豆腐を食べて衝撃を受けたって言っていたんですね。自分が今まで食べていた豆腐は何だったんだろうって思うくらいの衝撃だったって。大豆ってこんなに美味しいんだ、こんなに甘いんだって。国産大豆の美味しさを沖縄で伝えたいって言っていますね。内地と沖縄の島豆腐は製法が違うから、味の出方も違うらしくて」
島豆腐は、大豆を煮ないで生のまま作る生搾り製法を取る。それに対し、本土の豆腐は、煮た大豆で作る煮搾り製法だ。最初に煮ることで、大豆の臭みを削ぐことができ、クセがなくその甘味をしっかり味わえる豆腐になる。宮里豆腐ドーナツ店は、ドーナツ工房の奥に豆腐の工房が併設されていて、学さんの作った豆腐も販売している。その豆腐の製法は本土の煮搾り製法、使う大豆は福岡産の“ふくゆたか”だ。
「おからって、豆腐を作れば作るほど、沢山出てしまうんですよね。おからには栄養素がいっぱい詰まってるし、クセのないしっとりした美味しいおからができるんですよ。捨ててしまうのは勿体無いなって。じゃ、ドーナツに入れたらどうかなって。その時、家でドーナツ作りに凝っていたので(笑)」
おぼろ豆腐(左上)、木綿豆腐(右上)、ざる豆腐(下)は、それぞれ食感が違う。「最初は何もかけずに、そのまま味わってほしい」
豆腐のキメの細かさ、大豆の甘さに驚くお客も多い。
ご主人の夢に先導される形で始まったドーナツ作り。おからが主材料となることで、作るドーナツの方向性も決まった。
「おからってヘルシーな食材の代表みたいなものだから、せっかくなので、ヘルシーに寄せていこうって思いましたね。最初は揚げドーナツを作ってみたんですよ。でもカロリーが気になるし。焼きドーナツっていうのがあるらしいよって聞いて、作ってみたら美味しかった! 斬新だなとも思いましたね。焼きだと時間がたっても美味しいままなんですよ。揚げているとどうしても油が酸化して、油がジュウジュウして食べられなくなったりしますもんね」
また、国産大豆にこだわったおからだから、他の材料もこだわろうという方向性もできた。
「バターは北海道産の100パーセントバターと決めています。バターが品薄で困った時期があったんです。その時にどうしようかなって。外国製のものとか、ちょっとマーガリンが入っているのだったら、手に入る。でもどうしてもやっぱり、北海道産の100パーセントバターが使いたいんですよね。手に入らないなら、ドーナツを作る数を減らそう、手に入る分だけで作ろうって決めました。自分の信念を曲げてまでドーナツを売るくらいなら、数を減らしたほうがいいなって。それから卵もこだわりました。親鶏が何を食べて育っているかで決めようと思ったんです。上原養鶏場さんの上原発酵卵というのを使っているんですが、独自の発酵飼料をあげているところなんですね。鶏を見ればどんな卵を産むかわかるから、直接足を運ぼうと主人が養鶏場まで出向いたんです。自分の目で見て確認して、話を聞いてきてくれました。社長さんがとても熱心な方で、どんな思いで育てていて、こんな卵を作りたいんだよってことを、すごく話してくれたみたいで。こんなに思いの詰まった卵があるんだって、ぐっときてしまって。私、元々卵が苦手だったんです。卵の匂いがダメで。でもこの卵は、ウッってくる匂いがない。それに卵自体に柔らかい甘みがあるんですよね」
詩織さんが素材にここまでこだわるのには、主婦であることが影響している。
「主婦だから、いろんな情報を耳にするわけですよね。耳にして自分が気になることは、周りの人も気になるんじゃないかなと思っていて。例えばマーガリンには悪いものが入ってるって聞くと、どうしても気になるんですよ。気になるものを使って、お客さんに嫌な思いをさせるのは避けたくて。だから気になるものを取り除いて、気にならないものだけを材料にしたい。そうすると自然に近いものが作れるんじゃないかなって。子供がいることも大きいかもしれないですね。子供には自然に近いものを食べさせてあげたいですよね」
市販のものより家庭で作ったお菓子の方が、余計なものが入っていなくていいと皆が分かってること。けれど、家で作るのは結構骨が折れる。小麦粉を計ってふるって、他の材料と混ぜて…と思うと、時間の制約がある中、なかなか重い腰が上がらない。
「自分もそうでしたよ。だったら、私が作って、みんなが難儀しないでも家庭に近い味を食べてもらえたらいいなって思っていますね」
とはいえ、主婦だからこその苦労もあった。
「今までは自分がお金を出して、人様が作ってくれたものを買う、自分が消費者の側だったのに、今回は逆じゃないですか。自分が作ったものを、お客様にお金を出してもらって買っていただく。それっていいのかなって。お金を出して買ってもらうって考えると、ものすごい恐怖を感じました。お店のオープンを先延ばしにできないかなって思って、オープンの2日前は泣きましたね。最初は楽しい気持ちでドーナツを作っていたはずなのに、どうしてこんなにプレッシャーなんだろうって」
ご主人の学さんとは、よくぶつかり合いもしたそうだ。学さんも、全く畑違いの仕事から豆腐作りに挑戦。夫婦がそれぞれに新しいチャレンジを、しかも同時にしていくのだから、苦労も多かったであろうことは想像に難くない。ぶつかり合いもしたが、支えてくれたのも学さんだった。
「ドーナツが完成と言っていいのかわからなくなってしまって、不安にかられていたとき、『自分をもっと強く信じなさい』って何度も言ってくれましたね。『ドーナツ作りにどれだけの時間を費やしてきたか、自分が一番良くわかってるでしょ。僕は本当に美味しいと思っている。みんなも美味しいって言ってくれているでしょ。みんなの言葉ももっと信じなさい』って」
自分を信じ、みんなを信じ、無事オープンの日を迎えた。そしてお客からも「美味しい」と言ってもらえたことで、詩織さんはようやく大きなプレッシャーから解放された。
「お客さんがお店に来て、『美味しかったよ』って言って下さる。うちのおからを買ったお客さんは、『こんなして食べたら美味しかったよ』って色々アイディアを教えて下さるんですね。例えば『おからサラダにしたよ』とか『そのままフライパンで炒って塩かけて食べたよ』とか『ダイエット中でおからをご飯代わりにして、カレーをかけて食べたよ』とか(笑)。お客様自身がアレンジを楽しんでくれている。そういうのを聞いて、『お店やってよかったね、豆腐やドーナツを作ってよかったね。こんなに喜んでくれる人がいるんだよ〜』って主人と毎日言っていますね」
自分の子供におやつを作っていた普通の主婦が、苦労を乗り越え、家族に支えられながら、みんなのおやつを作るようになった。毎日お客から、「美味しい」の“お墨付き”をもらっている詩織さんの顔は、自信に溢れ、キラキラと輝いている。
文/和氣えり(編集部)
写真/金城夕奈(編集部)
宮里豆腐ドーナツ店
沖縄市高原4-11-3
098-930-3160
10:30〜18:30(売切れ次第終了)
close 日
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【宮里豆腐ドーナツ店ドーナツ取扱店】
ペンギン食堂(国際通 ハピナハ1F)
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薬草ワールド ハッピーモア市場
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有機農産物 ぱるず
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【宮里豆腐ドーナツ店豆腐取扱店】
薬草ワールド ハッピーモア市場
オーガニック市場てんぶす
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仲松商事(販売部)
http://nakamatsu-syouji.com/
有機農産物 ぱるず