「人が集まりますよね、コーヒーは。人を惹きつける。バーだとためらうけど、コーヒーだったら『あ、コーヒー飲めんねや』って」
沖縄随一の歓楽街、那覇市松山にあるコーヒーショップ、 “THE CORNER” 店主 橋本考志(たかし)さんは、コーヒーの魅力をそう語った。想像していた答えは、その味や奥深さ、はたまた1日に何度も飲みたくなるような中毒性。角度の異なるその答えに、この店の個性を感じた。
明るい間はひとけが少ないが、日が沈むとその姿を一変させる街。ネオンが派手にきらめいて、遊び慣れた男女が多く行き交う。そんな夜の街に3坪だけの小さなコーヒー店が、存在感をあらわにする。「コーヒーは人を集める」と橋本さんが言う通り、人が次々とこの店に吸い寄せられる。
「おお!! 久しぶりやないですかあ。来はるの待ってましたよ〜」
「まいど! いらっしゃい!!」
店に足を踏み入れるや否や、橋本さんの張りのある元気な声が響く。その快活さにつられて客は思わずニコリとなる。コーヒーを淹れている間も、何かしら言葉を発する。「お近くなんです? コーヒー、お好きなんですか?」「今、お客さんのために美味しいの淹れてますからね〜」などなど、とにかく人懐っこい。
「僕がコーヒー淹れてる間、待ってもらってる時の沈黙が苦手なんですよ。この距離でしょ、黙ってるとお客さんは携帯見ちゃうんですよ。携帯見ないで、僕が淹れてるの見とってよ〜って(笑)。もちろん話しかけんでみたいなお客さんには、しゃべりませんよ(笑)」
こんな調子だから、すぐにお客と顔見知りになる。オープンしてまだ間もないというのに、もうほとんどのお客が常連に。昼間は学生や主婦などだが、日が暮れると夜の店の出勤前のスタッフも多くなる。中には、外からひょっと店を覗き、人差し指を上に向け何やら合図を送るお客も。
「前のビルのクラブの店長さんなんですよ。あれは『いつもの、お店まで持ってきて』の合図です(笑)。アイスラテを店まで持っていくっていうのが、僕のルーティンなんです」
THE CORNERには洒落た回数券があり、その常連もそれを利用、管理は橋本さんがしているそう。配達する際に例えば「チケット、あと1杯分ですよ」と言うと、「じゃ、また新しいの入れといて」と回数券代を支払うというのだから、橋本さんはお客からの信頼も厚い。
またこんなお客も。THE CORNERの営業時間は昼の3時から夜中の3時まで(営業時間は変動するため、Instagramで要確認)。夜中の2時頃から閉店間際には、キャバクラなどでの仕事を終えた若い女性たちが、一息つきにふらりと訪れる。
「そこのカウンターに座って、15分くらいかな、僕としゃべってから帰りはるんです。ある女性に『なんでその店で働いてるん?』って聞いたことがあったんですよ。そしたら『ここでお金を貯めて、世界1周がしたいんだ』って話してくれました。よう頑張ってはる子が多いんですよ」
彼女らにとってこの店は、華やかな場所から日常に戻る、スイッチの切り替えの場所。気安くて頼れるアニキ的な存在の橋本さんとおしゃべりすることで、素の自分に戻る。1日の終わりに、橋本さんから元気をもらっているに違いない。
橋本さんがいつも元気な理由は、やっとコーヒーに出会えたという喜びがあるから。コーヒーを淹れる時、お客とおしゃべりする時、とても楽しそうで、こちらにまで嬉しさが伝わってくる。
「自分、野球をやめた後、野球以上に打ち込めることがずっとなかったんです。コーヒーに関わらせてもらって、こうしてやっと打ち込めることに会えたんです」
橋本さんは小学校2年生の頃からずっと、野球一筋の人生だった。学校卒業後にはプロや社会人チームにも選手として籍を置いた。引退後、一度は東京の飲食店に勤めたものの、「野球熱がうずいて」独立リーグに再チャレンジしようともした。ずっと野球から離れられなかった。
「最後悪あがきして、まだやれるんじゃないかってテスト受けようとしたんです。技術的にも体力的にも限界やったのはわかってたんですけどね。それでも問い合わせてみたら、そもそも年齢制限にひっかかって。30過ぎてましたから。『じゃあ、球団職員の募集はないですか』って。野球に関われる仕事だったら、野球やってる気になれるかなと思ったんです。それで独立リーグの球団立ち上げで福井へ行ったり、その後は東京でスポーツメーカーに勤めたり。けど裏方の仕事は、想像してたのとは違いましたね。僕が大人になりきられへんかったっていうのもあるんでしょうけど」
そんな時、飲食店時代に縁のあった沖縄のカフェから声がかかった。「あんなデカイ店の店長できんのや、マジかって」。驚きと不安が入り混じり一度は断ったものの、後日、「やはり」と自身から願い出て、来沖。もともとコーヒーが好きで、そのカフェでコーヒーを淹れてみたいという思いもあったものの、店長としての役割があったため、バリスタは他のスタッフが担当した。そのカフェからも離れ、悶々とした日々を過ごしていた頃、ある一報が橋本さんの耳に入った。
「前のカフェでコーヒー豆を卸してくれていた仲村さん(沖縄市“豆ポレポレ”店主の仲村良行さん)が、焙煎技術を競う大会で優勝して日本一になったって。コーヒー屋やりたいなっていう漠然とした思いはあったんだけど、そんなすごい快挙を知って、仲村さんの技術を広めないわけにはいかへんと思ったんです」
まだ沖縄に知り合いが少なかった中、自分は日本一の人を知っている。そのことが橋本さんの背中を押した。仲村さんのコーヒー豆を使いたかったのは、その快挙だけでなく、その人柄もよく知っていたから。
「とにかく真面目なんですよ。前勤めてたカフェでね、同僚にすごい一生懸命コーヒー技術を教えてた。そういうのずっと見てたから、この人の豆には嘘はないなって」
すぐに仲村さんと連絡を取り、自身の思いをぶつけて、THE CORNERオープンへの準備にとりかかった。カフェに勤めた経験はあっても、コーヒー技術に関しては素人同然。イチからの学びが始まった。
「コーヒーをやらないかん状況に持っていけたってことが、本当に嬉しかった。ずっと気持ち的に行ったり来たりというか、どっちつかずみたいな状況やったから。仲村さんにみっちり研修してもらってハードだったんですけど、もうむちゃくちゃ楽しかったですね。なんか嬉しくてフワフワしてました(笑)」
仲村さんにはできたばかりのこの店に足を運んでもらい、マシーンの配置などレイアウトから教わった。なぜここなのか、なぜそうなのか、一つ一つ理由を明らかにして納得しながら進んでいった。そんな中、橋本さんが最も嬉しかったのは、自身の好きな淹れ方を採用してもらえたこと。
「こうしてほしいって、淹れ方にこだわりのある焙煎士さんが多いのに、仲村さんは、『この方法で淹れてくれ』って言わないんですよ。『橋本さんは、どういう風にコーヒーを淹れたいの?』って聞いてくれたんです。『僕はこうやりたいけど、仲村さんはどう思います?』って返したら、『それは橋本さん次第ですよ』って」
橋本さんは、1杯1杯丁寧に淹れるハンドドリップを、と伝えた。
「淹れ方に難しいも簡単もわからないんですけど、ハンドドリップで淹れたら単純に美味しかったんで。そしたら仲村さんが『よし、それでいこう』って言ってくれたんです。『橋本さんが美味しいと思うコーヒーを出そう』って」
「自分が一番美味しいと思っているコーヒーを出したい」という橋本さんの思いが、どんどん形になっていく。最も時間を割いたのは、そのハンドドリップ方法の見極めだった。
「コーヒー豆の分量だったり、僕は3段階に分けてお湯の量を調整して注ぐんですけど、そのやり方だったり。いろんな分量、方法を試して、その度に味を見て比べて。仲村さんと確認しながら僕の方法を見つけたんです。気の遠くなるような作業を男二人、このちっちゃいスペースで延々とやったんですよ」
その淹れ方が寸分でも違わないよう、ソーサーの下にはスケールを置き、注ぐお湯の量もきっちりと量る。
「豆は18グラムで、お湯は240cc。ほら、量ピッタリ! 最後の1滴の渋みやエグミが、コーヒーをまろやかにするんです」
3種あるブレンドも、橋本さんが好みや希望を出してオリジナルを仲村さんに作ってもらった。“sunshine” “jupiter” “luna”。中でも“sunshine”は、内地出身の橋本さんが沖縄に着いた時の感覚を表現したもの。
「内地から沖縄に着くと、ちょっと海外に来たような感覚になる。生暖かくてトロピカルな南国の空気感」
果実のような爽やかな酸味の広がる個性的なブレンド。コーヒーを口に含むと、橋本さんはすかさず言う。
「香ばしくって美味しいでしょ。なんたって日本一の焙煎士、仲村氏監修のコーヒー豆なんで!(笑)」
その自信満々ぶりに思わず吹き出してしまった。橋本さんは元アスリートだけあって、真っ直ぐで清々しい。コーヒーが好きだという強いエネルギーを言葉に乗せて、直球でぶつけてくる。嫌味がないから、その押しの強さも嫌じゃない。橋本さん自身がまるで、
“sunshine”のよう。
夜の街と、コーヒーと、太陽のような店主。最初は、似つかわしくないと思った。けれど、そのコーヒーにホッとしたり、そのはつらつとした様子に元気をもらったりする人は、この街だからこそきっと多い。THE CORNERに夜な夜な人が集まるのは、そのコーヒーだけが理由ではないはずだ。
写真・文 和氣えり(編集部)
THE CORNER COFFEE & BEANS
那覇市松山1-14-13 ホテルタイラ1F
098-943-1213
15:00〜翌3:00(変動あり)
https://www.instagram.com/thecornerokinawa/
※定休日・営業時間は、instagramでご確認ください。