ピパーチキッチン県産のハーブや野菜をふんだんに。毎日食べたい定食ずらり。


 
「パン粉焼きにしたり色々試したけれど、白身魚は結局、シンプルなソテーが一番おいしいなって」
 
下味はぬちまーすとピパーチのみ。表面がかりかりなのは弱火でじっくりと焼いているから。高級な素材を用いているわけではないのに、その味わいには凛とした品がある。
 
とろりとしたソースは「豆乳とキャベツをベースに、もずくでとろみをつけました」。
 
魚ともずく、海の幸同士の組み合わせは互いの良さを引き出し合う。
 
「ソースになかなかとろみが出ず、思いつきでもずくをいれてみたらとろみが出ただけでなく味にも深みがでました」 
 
ご飯、サラダ、スープもついて760円という低価格も嬉しい。
 

 
舌触りがまろやかなのでパクパク食べすすめていくと、後からじわじわと辛さがやってくる。最初からその辛さに気づかないのは、ふんだんに入れられた野菜の甘みが辛味を調和しているからかもしれない。
 
「最初に野菜のスープを作るんです。イーチョーバー(フェンネル)やハンダマーの茎などをたっぷり入れて煮出した、薬草スープみたいなもの。そこに、とろみがつくまでことこと煮込んだにんじんをたっぷり入れています」
 
辛味は島唐辛子とピパーチで。
 
「ピパーチというのは八重山に自生する胡椒のこと。沖縄のハーブや野草を沢山使った料理を出したくて店名につけました」
 
八重山出身の安信(やすのぶ)さんは、高校生の時から「まるでお風呂に入るのと同じように」料理をしていたと言う。
 

「温玉を乗せるとまろやかになりますよ」カレーはサラダ付きで650円
 

タイム、ピパーチ、ローズマリーをシーズニング、1日以上漬け込んでから焼くハーブマリネのポークステーキは870円。「私はこれが一番のお気に入りメニューです」と妻のマリヤさん
 
「八重山では、高校生はみんな一度帰宅してお昼ご飯食べるんですよ。これって島ならではかもしれませんね。でも、家に着いてもご飯が用意されてるわけじゃなくて、母が切った野菜が置かれてるんです。それを自分たちで炒めて昼食にしていました。炒めるのって2〜3分じゃないですか? 簡単料理です。これが我が家の教育でした、母がラクするための(笑)。でもそのおかげで、料理するのは当たり前でしたね、僕だけじゃなくて兄弟みんな」
 
高校生の安信さんにとっては、料理は生活の一部でしかなかったが、大学進学を機に上京し、バイトで飲食店に勤めたのがきっかけで一気にのめりこんだ。
 
「料理を作るのが楽しくて、ずっと働いていました。もともと絵を描いたり粘土をしたりと、手を動かして何かを作ること自体も好きなんです」
 
店で使用する食器も、すべて安信さんの手づくりだ。
 

 

 

 
知り合いの紹介でアメリカの寿司屋で働いたこともあるという。
 
「店で出してるのは日本食だったけど、まかない料理が面白くて。メキシコ人が沢山働いてたから、メキシコ料理もよく食べました。すごくおいしかったし、彼らの作り方が僕にとっては斬新だったんです。玉ねぎの切り方一つとっても違っていて、衝撃でした」
 
その後大阪の韓国総菜屋でも働いて経験を積み、2011年12月、沖縄にもどって店をオープン。
 
コンセプトなど明確に決めていたわけではなかった。
 
「漠然と考えていたのは、とにかく気軽に入れるお店。だから、カフェというよりは定食屋のようなお店にしようと。そして、県産品を使った料理をお出ししたい、そう思ってオープンさせました」
 

副菜は県産芋のはちみつレモン煮、ゴーヤとキャベツのスペイン風オムレツ、もずくの煮こごり、クレソンのしらあえと野菜たっぷり
 

 
メニューは週替わり。魚、豚肉、鶏肉がメインのものと、カレー、やんばる鶏の親子丼の5種だ。
 
「魚と肉は必ず、そして野菜もなるべく県産のものを使っています。野菜を多品目使うことも心がけていて、
カレーと親子丼以外のメニューには副菜も4品おつけしています」
 
米にもこだわっている。
 
「毎日精米したての米を届けてもらって、一日何回も炊いています。朝一気に炊くのではなく、営業中もずっと炊いていて、1日7回くらいは炊いてますね。ご飯屋さんは米が命だと僕は思っているので」
 
男性客への配慮も。
 
「カフェだとお腹いっぱいにならないという男性が多いと思うので、当店では特に男性にはご飯を多めによそい、ご要望があればおかわりもお出ししています。せっかく来ていただくのですから、満腹で帰っていただきたいなと思って」
 

 
食後に100円で飲めるコーヒーも、自家焙煎するほどこだわっている。
 
「ホットはインドネシアのマンデリンを単一使用、アイスはブラジル、コロンビア、インネシア産をブレンドしています」
 

焙煎後に殻を飛ばすのも手作業
 

 
「当店のコーヒーは陶器焙煎です。この焙煎器は、陶芸の先生が作ってくださったもの。シーサーの形なんですよ(笑)。陶芸教室で、一休みのときに先生がコーヒーを淹れてくださるのですが、それがとてもおいしくて。一口飲んですぐ、『これは普通のコーヒーじゃないな』と。うかがったら陶器で焙煎しているんだよとおっしゃって。それから焙煎のしかたなども教えて頂いたんです」
 

 
ふんわりとまるみのある味わいなのに、そこはかとない深みもある。不思議な感じがするのだが、文句なしにおいしい。喉にひっかかるような渋みがなく、後味もおだやかで優しい。
 
それはまるで、安信さんの人柄そのもの。
 
「実は私、ずっとコーヒーが飲めなかったんです。本当に1年くらい前まで。でも、安信の陶器焙煎したコーヒーがすごくおいしくて、それから飲めるようになりました」と、妻のマリヤさん。
  

 
夜も昼と同じメニューが食べられるが、これからは夜のメニューを増やしていきたいと言う。
 
「夜はお酒も出しているので、スモーク系のメニューを充実させようかなと検討しています」
 
「私はスイーツを作ってお出しできたらいいなと思っているのですが…。できるかぎり頑張って、皆さんにもっと喜んで頂きたいですね」
 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 
若い夫婦だが、驚くほどに実直だ。二人で手づくりしたという店の内外装は「誰でも気軽に入って、ゆっくり寛いでいただけるように」。メニューもコンセプトも「いっぱい野菜を食べていただきたいから」。いつも食べるひとのことを第一に考えている。自分が大事にされている、そう感じさせてくれるマリヤさんの接客もまた、素晴らしい。居心地の良さの最大の理由は、二人の思いやりの深さなのだろう。
 
安信さんは手先が器用なだけでなく、几帳面な性格でもあるようで、盛りつけ時も真剣そのもの。長身を曲げ、陶芸に没頭しているかのような姿勢で丁寧に盛りつける。料理を一口食べれば、その几帳面さ、丁寧さ、実直さのすべてがありありと伝わってくる。
 
「誰でも気軽に入ってほしい」という二人の願い通り、年配の常連さんも多い。
 
老若男女すべての年代に愛され、毎日通いたくなる店。二人の打ち立てたコンセプトにはなかったかもしれないが、ピパーチキッチンは必然的に、そういう店になりつつある。
 

写真・文 中井 雅代

 

ピパーチキッチン
住所:那覇市西2-6-16
電話:098-988-4743

 

営業時間:
月〜木:11:00-16:00(ラストオーダー15:30)
土日祝 :11:00-16:00(ラストオーダー15:30)
     18:00-22:00(ラストオーダー21:00)
定休日:金曜日
ブログ:http://piparchikitchen.ti-da.net