「丸焼きひとつを一人でぺろり平らげる方もいらっしゃいますよ」
という言葉はにわかには信じがたい。ぽとぽとと脂をしたたらせて焼かれるその姿に、こってりテイストを想像してしまうからだ。しかし一口食べれば、その言葉にさもありなんと納得する。脂っこさとは無縁のさっぱりとした味わい。たっぷりのにんにくと特製のタレで味付けされた香ばしい肉は、この上なくジューシー。
「オーブンで2時間回し焼くあいだに余計な脂はすべて落ちますし、特製タレの主成分はお酢と玉ねぎ。丸焼きというとジャンクなイメージがあるかもしれませんが、うちのチキンは肉もタレも焼き方もすべてがヘルシー志向なんです」
その確かな味にやみつきになるひとも多く、毎週必ず買いにくる人もいるほど。
「パーティー専用ではなく、日常的に召し上がってくださる方が多いですね。食べ方のアレンジをお客様から教えていただくこともよくあります。カレーやシチューに入れて煮込む、チャーハンなどに入れて炒める、ほぐしたチキンにホワイトソースをかけてグラタンに、野菜とはさんでサンドイッチに、キャンプ好きな方は生で買って野菜と一緒にダッチオーブンで焼いたり・・・そうそう、中に詰めているにんにくも、チキンの旨味ですごくおいしいと好評で。ご飯ににんにくだけ乗せて食べるという方も多いんです(笑)」
クリスマスが控える12月は予約が殺到、1日から予約を受けつけて10日には閉め切り、23日〜25日の3日間は毎朝4時に起きてチキンを焼き続けると言う。今では多くのファンを持つブエノチキン。しかし、オープン当初を振り返って店主の幸喜さんは
「最初の9年間はとても苦労したよ」
と語る。
「材料以外に加えるのはバターのみ。チキンそのものがおいしいので調味料も必要ないんです」
幸喜さんは以前、那覇市でフライドチキン屋を営んでいた。
「僕は根っからの商売好き、そしてもともとチキンの販売にも興味があったんです。でもフライドチキンはなかなか売れませんでした。大手チェーン店にはどうしてもかなわなかったわけ。フライドチキンではなく丸焼きも良いな〜と思っていたとき、アルゼンチンから戻られた方が普天間で丸焼きのお店を開いていると知って」
「ブエノチキン普天間店」の門をたたき、丸焼きのノウハウやタレの調合を学んだ。
「ちょうど浦添に店舗があったので、のれん分けのような形で引き継ぎいんだんです」
フライドチキンと比べると売り行きはよかったが、店だけではやっていけず仕事をかけもちする日々が9年間続いた。幸喜さんが途中であきらめなかったのは、売り上げが伸びるという確信があったから。
「沖縄の人は肉が好きだし実際に売り上げは少しずつですが上昇していました。きっといずれは人気がでると信じていたんです」
オープンから約10年経ったころ、ブエノチキン浦添店の名は多くの人に浸透、幸喜さんはかけもちしていた仕事をやめた。
豆乳で煮込んだスープ
「うん、なかなかいいね!」と幸喜さん。
特製タレは少しずつ改良を重ね、30年を経て独自の調合に。使用するにわとりは県産のやんばる若鶏、中に詰めるにんにくは大粒タイプ。にんにくの量はオープン当初と比べると倍量にまで増えた。しかし、味付けは昔からできるだけ控えめに。
「チキンそのものの味とにんにくで十分おいしい。だからアジクーターにはしない、あくまでもヘルシーに。また、にんにくの粒の大きさにもこだわっています。食べごたえが感じられるように手間ひまかけてちょうどいい大きさに切っているので、料理人さんからも『絶妙の大きさ』と褒めて頂いています」
常連客が「独特の味付けが病みつきになる」「無性に食べたくなる」と口をそろえるように、脂っぽさとは無縁なのに濃厚な味わいがクセになる不思議なチキンだ。
多くの人に愛されるこの味を受け継ぐべく、娘の朝子さんが二代目として昨年から修業を始めた。
「チキンのアレンジレシピをもっと増やしたいですね」と朝子さん
慣れた手つきで素早くチキンをさばくのは妻のさちこさん
一羽(約4人分)で1,500円、半分で750円という価格も嬉しい
大手広告代理店に勤め、コピーライター、CMプランナーとして活躍してきた朝子さんだが、仕事をやめることに抵抗も迷いもなかったという。
「私自身がブエノチキンの大ファン! この味は絶対に受け継ぎたいと思っていました。両親が元気なので継ぐのはもう少し先かなと思っていたのですが、最近父が膝を痛めてしまって。ちょうど私も30歳になるし、そのタイミングで会社に置いていた自分用のお茶っぱもコーヒーも切れ、ハンドクリームもなくなり…(笑)これはいいタイミングだなって。
会社でクライアントのためにやっていたことをブエノチキンのためにできるわけですから、やりたいこと、実現させたい夢が沢山あってわくわくしています」
朝子さんにとって仕事を辞めて家業を継ぐことは、自己実現と挑戦の好機でもあるのだ。
サンドイッチには特製カレーソースをプラス
「男の子が来てるから一つあげたら?」とさちこさん。朝子さんが手づくりのサンドイッチを手渡すと…
帰宅を待てずその場でパクリ。「おいしい〜!」
「家族の時間やおいしくご飯を食べる時間を大切にしてもらうきっかけ作りをしたいんです。会社勤めをしていた時、仕事はとても楽しかったのですが家族とゆっくり過ごす時間がなかなか持てなくて。みんなで食卓を囲む機会も減っていました。沖縄では子ども達の孤食率も高く問題になっています。
チキンの丸焼きって家族みんなで食べるイメージがありませんか?一つのチキンを囲んでそれぞれ取り分けて……。ブエノチキンがそうやって家族を繋ぐチキンになったらいいなーって思うんです」
家族で安心して食べられるよう、安全性にも気を配っている。
「健康志向の丸焼きチキンを目指しています。沖縄の安全食材の一つとしても、多くのひとに知ってもらえたら嬉しい。通販もあるので、ぜひ本土の方にも食べて頂きたいです」
朝子さんの言葉からもうかがい知れるように、幸喜さん一家は本当に仲がいい。
「私が大学で内地にいったのをきっかけに、父が折にふれて手紙やメッセージを送ってくれるようになりました。中でも一番印象的だったのが『商売は笑売』という言葉。本当の豊かさとは儲けや利益ではなく、温かい人との出会い。不思議なんですけど、ブエノチキンを訪れる人はみな笑顔なんですよ。また、買うのは一人なのに大勢でいらっしゃったり。『あ!お客さんいっぱいいらした!』と思ったら、買うのは一羽(笑)でも、そういうのってすごくありがたいな〜って。父と母が築き上げたものをしっかり受け継いで、さらに多くの人を笑顔にすることができたら最高ですね」
親孝行な娘さんですねと言うと、「本当にそうなんですよ」と目を細めるご両親。一方朝子さんは、「うちのチキンは両親の人柄で売れているのかもしれません」。
思わず、三人がチキンの丸焼きを囲んでいる温かな食卓の様子が浮かぶ。ブエノチキンはそう、一家団欒のしあわせの味。朝子さんという若い原動力を得て、これからも進化し続ける。
写真・文 中井 雅代
ブエノチキン浦添店
浦添市内間1丁目14−2
098-876-0452
open 昼12時〜夜8時ごろ(売り切れ次第終了)
close 月、1月1日〜5日
*丸焼きチキン
・一羽(約4人分)1,500円
・半分 750円
ブログ:http://bueno.ti-da.net
お取り寄せ:http://buenourasoe.com