『 遠い太鼓 』これから迎える秋に。ギリシャ・イタリアでの作家の三年間を綴った旅行記。

遠い太鼓
村上春樹・著 講談社 ¥840/OMAR BOOKS

 

9月になった。夏の余韻はまだそこかしこに残っている。
というよりも日差しは十分暑すぎるといっていいくらい。秋はまだまだ遠い。

 

忙しくなってくると「紀行もの」を読むという自分の読書傾向に今更ながら気付いた。

 

急にどうしても読みたくなって、今回紹介する『遠い太鼓』をすぐに他店で買い求めた。だいぶ前の作品でありながらそれを少しも感じさせず、今読んでも楽しめる旅行記のスタンダード。

 

物を書くのに何かと雑音の多すぎる日本を離れて、ギリシャ・イタリアに滞在した著者の三年間が綴られている。

 

『ノルウェイの森』がこの海外生活の間に書かれたのは有名な話。
でもあのシリアスな小説の雰囲気とは変わって、この旅行記は読むと随所に笑いがもれる。

 

言葉が分からず、意思の通じにくい遠い異国での生活。
一見悲劇に見えなくもない出来事も、村上さんの手にかかると滑稽な、瑣末な出来事に思えて、人間てばかだなあと笑えてしまう。

 

家を借りることになったギリシャ人女性との、お互いの話がかみ合わないやりとりから、地図を描けない種族(=世の女性たち)への考察へと移っていき、結局降参する村上さんの様子がまた可笑しい。
また別の章ではブルース・リーの映画を見に行った時の件が絶妙なユーモアで語られる。その描写による臨場感はさすが作家。まるでコメディ映画を一本観た気になった。

 

ずいぶん久しぶりに読み返してみてこんなに笑えることに驚いた。
もちろんそれだけではなくて、その日食べたもの、目にした風景、そこに暮らす人々との関係を通して日々考えたことなどが作家独自の視線で描かれ、読者もまた一緒にその場にいるような錯覚を抱く。それが旅行記の醍醐味。

 

ここからあれらの作品群(「ダンス・ダンス・ダンス」「TVピープル」他)が生まれたんだなあと思うと、このエッセイにもまた違った味わいが出てくる。

 

日記は1986年の秋から始まり、1989年の秋に終わるこの『遠い太鼓』。
タイトルはトルコの古い唄の歌詞からきている。

 

読み始めるにはぴったりのこの季節。
ボリュームもあるので、寝る前に少しずつ読むのもおすすめです。

OMAR BOOKS 川端明美




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