『 庭のつるばら 』平和に時間が流れていく。夫婦晩年の静かな生活を綴ったエッセイ集。


庄野潤三・著 新潮社 ¥438(税別)/OMAR BOOKS

 

エイヴォン、みやこわすれ、ブルームーン。この本の中に繰り返し出てくる花の名前。黒豆の納豆、ガーリックトースト、北京ぎょうざ、とこちらは食べ物。淡々と記された文章には花と食べ物の固有名詞がいくつも出てくる。夫婦の晩年の静かな生活をまるで彩るように。
「家庭の日常」をテーマに書き続けた作家による、自身の晩年の生活を綴ったこの作品。
著者があとがきで、「同じようなことばかり書き続けて飽きないかといわれるかもしれないが、飽きない」と言うように読者もまた読んでいて飽きない。

 

二人きりで住む老夫婦の家へ遊びにきた孫が、文豪の机の下を「アフリカ」と呼んで遊び場にしている場面や、近所の人が畑で丹念に育てた花を切って届けてくれる様子、頂き物の新茶を老夫婦二人で味わう時間、娘婿夫婦の家を行ったり来たりするやりとり、季節ごとに代わる代わる花を咲かせる自宅の庭。

 

—ハーモニカ。
例えばこの一言だけのように、ごく短い文章ばかりが並んでいる。
その日どんなことがあったか、誰が来て、何を話して、何を食べて、何が咲いていたか。
ただそれだけの生活を記しただけのものが、読む人の心に沁みる。
何故だろうと考えてみると、それはおそらく「時間」そのものが書かれているからだと思う。紙の上を平和に時間が流れて行く。引き止めることも出来ないまま、大切な人々との生活だけが過ぎていくのをとらえる眼差しがとても優しい。
読んでいて、武田百合子さんの『富士日記』を思い出した。
その男性版、とでも言おうか。
庭に咲いた花を切り、その都度部屋のどこかに活ける。それを眺めて暮らし、咲き終わるとまた次の花を活ける。その繰り返し。
時々忘れそうになるような生活の偉大さがそこにはある。

 

本のページに終わりが来ないことをついつい願いたくなるようなエッセイ集。家族や身近な人々と過ごす日々の大切さに気付かせてくれる一冊です。

OMAR BOOKS 川端明美




OMAR BOOKS(オマーブックス)
北中城村島袋309 1F tel.098-933-2585
open:14:00~20:00/close:月
駐車場有り
blog:http://omar.exblog.jp