茨木のり子・詩 小畑雄嗣・写真 ¥1,800(税別)平凡社/OMAR BOOKS
つい先日出先で目にした、斜めに縞の入った陶器のカップが今でも気になっている。どこかの工芸品なのかもしれないが、素焼きでほど良い厚み。これで珈琲を飲みたいなあと、購入しようか迷ったすえ、結局買わずに帰ってきた。
今回紹介する『茨木のり子の家』を久しぶりに開いてみて、あっと声が出たのはその中に先のコーヒーカップによく似たものを見つけたから。もう何度も手にしている本なので、知らずに刷り込まれていたのかもと思いつつ、またこの本の魅力の一端が少し分かったような気がした。
この本は、詩人・茨木のり子が亡くなるまで暮らした家の様子をを2008年から2010年にかけて写真に収めた一冊で、戦後を代表する女性詩人の私生活がうかがえる内容になっている。
玄関に据え付けられた明かりのスイッチ。そこにマジックで書かれた南燈、外燈、階を示す消えかかったマジックの文字。積み重なった月日を語る、革張りのソファのひび割れと角がとれ塗料がはげた肘掛け。素朴な木の椅子に、書斎机の上のちびた鉛筆たち、錆びたクリップに留められた原稿用紙。縦横、斜めと無造作にたくさんの本が並んだ大きな本棚。明けた窓に迫るキンモクセイの植木。一つ一つ時間をかけて集められたであろう、形がばらばらの美しい陶器の類。
ページを捲っていると、生活の痕跡、という言葉がふいに浮かぶ。私がコーヒーカップを買うのに迷う、というのも日々の暮らしの一部だ。迷って、決めて、買う、そういったことの繰り返しの跡が、家という箱の中には詰まっている。それらは無言の内にその持ち主の人生を語ってくれる。
1958年に建ったというこの家で「自分の感受性くらい」「食卓に珈琲の匂い流れ」「倚りかからず」などの詩は書かれた。巻末の甥にあたる方のエッセイで言われているように、この家の「独特の落ち着き」が紙面から伝わってくる。なるほど、詩人の家はこういうものかと頷いてしまいそうな、言葉に敏感な人特有の美的センスが生活のあちこちにちりばめられられていて、この本のあと、改めてまた詩作品を読み返してみるのもいい。
詩人・茨木のり子の暮らしが垣間見れる家の写真集。本の最後のページが終わる頃、やっぱりあのコーヒーカップを買おうと決めている自分がいた。
OMAR BOOKS 川端明美
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