『玉子 ふわふわ』名だたる作家達の熱い想いを玉子でとじた一冊、パセリのオムレツに湯豆腐玉子・・・。



早川茉莉・編 筑摩書房 819円 (文庫)/OMAR BOOKS


― たかが玉子、されど玉子 ―


毎日とは言わなくても1週間に一度は口にすると言ってもいい見慣れた玉子。
この本の中でも言っているけれど
一生のうちに一体何個の玉子(卵)を食べることになるんだろう?
とついつい考えてしまうのが、
南桂子さんの表紙イラスト(「テーブルと二人の少女」)と
「玉子ふわふわ」というタイトルに惹かれて手にした本書。


37人もの作家の「たまご」にまつわる
エピソード、小説、エッセイが集められた
卵や卵料理好きにはたまらない一冊。
その作家の名前をあげてみると武田百合子、向田邦子、田辺聖子、松浦弥太郎、北大路魯山人などなど食にこだわりのある人たち。
かといって食通やグルメの書いたかたぐるしい料理本ではなくて、
本当に食べることが好きで玉子が好きという人たちが
熱く「卵かけごはん」や「目玉焼き」「オムレツ」なんかについて
滑稽なほど真剣に語ってくれる。
それがまた微笑ましかったりするのだ!


眉間にしわ寄せた大先生が台所でいそいそと煮卵を作ったり、
息を詰めて温泉卵と格闘しているのを読んでいると、
おいしいものの前では人は男も女も、大人も子どももないんだなあと思う。


またこの本に出てくる料理の描写のおいしそうなことといったら。
全部あげたらきりがないので少しだけ紹介すると、
フランスのパセリのオムレツの作り方、ゆで卵の味噌漬け、
風邪を引いたときにいい湯豆腐卵、バター醤油卵かけごはん、と
読んでいる間食欲が刺激されること間違いないので
空腹時には読まない注意が必要。


この本の魅力のもう一つは、作家が描くだけあって
「玉子」への思い入れからその人の食べ物観から人生観まで分かること。
同じ玉子についてみんな語っているのに
37人いれば37様の「玉子」がある。


第一章「東京の空の下オムレツの匂いは流れる」の中で
著者、石井さんは言う。
“玉子ひとつだって、おいしくもまずくも食べられるもの。
どうせならおいしく食べたい”
これは「玉子」の部分に例えば「生活」や「仕事」だって置き換えることが出来るのでは?と思いながら読んだ。


そしてもう一つ、向田邦子と林芙美子のエッセイが心に沁みます。
前者は脚本家だけあって、子どもの頃の思い出のストックから次から次へとエピソードが続きそれだけでドラマになりそう。
また後者はパリ滞在日記の中から収められた、
日本はまだ着物の時代に独りでフランスへ渡ったその日を描いたもの。
着物で降りたったパリのカフェで彼女が頼むメニューは
みかづきパンとコーヒーと赤いゆで卵。
彼女は心の中でつぶやく。
「私は私の生涯のうちに、外国へ来てこんな生活の出来る日のことなんかを予想していただろうか」。
貧しい生い立ちが知られる彼女の言葉だからよけいに響く。


また第5章の松浦弥太郎さん(「暮らしの手帖」編集長)の
「落ち込んだときはたまご焼きを」をもおすすめ。
この本の最後の方に、表題作の卵料理「ふわふわ」は出てくる。
これまた食べてみたい不思議な一品。


全て読み終えた後冷蔵庫を開けて、
卵があるかどうか確認してしまうのはきっと私だけじゃないはず。
たくさんの具を卵でとじたような贅沢な一冊。



OMAR BOOKS 川端明美




OMAR BOOKS(オマーブックス)
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