『 脳あるヒト心ある人 』 養老孟司・角田光代 著 扶桑社 ¥735/OMAR BOOKS
― 当たり前じゃない ―
毎年、年明けには普段なかなか会うことのない親類と顔を合わせる。そんなとき、自分が当たり前のように思っていること、していることが当たり前じゃないことに気付かされることが多い。
向こうの常識とこちらの常識。異なる時間を過ごして、毎日別のものを食べて、違う景色を見て、囲まれている人も違うのだから同じであるはずがない。
そんな「当たり前」について普段ぼんやりと考えていることが今回紹介する『脳あるヒト心ある人』を読んで少しクリアになった。
ずいぶん前、とある場所に仕事の面接に行った時、ひとしきり私の話を聞いてあと、黙って聞いていた向かい合った面接官が口を開いて言った。
「そんなに働いてどうするの?」
その時の私はすでに別の仕事もしていて、その空いた時間にもう一つ別の仕事を探すためにそこへ来ていた。
その言葉は驚きとともにずんと私の胸に響いた。一瞬意味が分からず、よくよく考えてみるとその人と私には「働く」ということの意味合いが違う、ということに行き着いた。
その人はそんなプライベートもないくらい大変な思いまでして働くなくても、ということだったのだと思う。
私のほうはそれを大変だと思ってもいなかったのでなんだかちょっとびっくりしてしまった。どちらがいい、悪いではなく私の当たり前は誰かの当たり前とは違う。
そんなことがないと時々それを忘れてしまう。そこに溝やすれ違いが生まれる。
というような出来事をこの本を読んでいて思い出した。
著名な異分野の二人による紙上対談。
手紙形式で先の人が最近思っていることなどを受けて、後の人が返すという形で変わりばんこに続けて書いていくというスタイル。
そうか、こんな考え方もあるのかと作家の感性と学者の理性が行き来する文面を読んでいると、こちらも様々なことを考えるようになる。
世代の違いがまた面白さを倍増。養老先生の、あの穏やかな風貌とはギャップのある鋭いツッコミに笑ったり、角田さんの意外な慎ましい私生活が垣間見れて存分に楽しませてもらった。
個人の問題から社会の問題までを時には深刻に、時にはユーモアを交えて対話を重ねた現代の往復書簡。読む人の思考を促す知的好奇心に満ちた一冊。
お正月休みの気分がまだ残っている人もぜひどうぞ。
OMAR BOOKS(オマーブックス)
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