ボーダーインク沖縄に関する本ならなんでもござれ。ジャンルはボーダーレスの地元愛あふれる出版社。

ボーダーインク

 

お盆や清明祭(シーミー)など、沖縄の行事が行われる時期になると、書店の目立つところに置かれる本がある。
「よくわかる御願(ウグヮン)ハンドブック」は、県内での発行部数が10万部に迫るベストセラーだ。
2006年に出版されて以降、今でも売上を伸ばし続けている。

 

「企画の時点で、これはきっと多くの人が手にとる本になるだろうとは思っていましたが、実際はその予想をも遥かに超えていました。『化けたな』と思いましたね」

 

出版社「ボーダーインク」の編集・新城和博さんは語る。

 

御願(ウグヮン)とは、沖縄の年中行事の際に神仏に願いをかけることを指す。
ただ祈るだけではなく様々な供え物が必要で、そのために準備する料理や仏壇への供え方など決まり事が多い。

 

「何しろ各家庭で代々受け継いぐものですから、『どうするんだったかな』とすっかり忘れたり、『あちらの家ではこうやっているけれど…』と迷ったりと、沖縄のお嫁さんの悩みは尽きません。
そこで、わかりやすく使いやすいハンドブックがあればいいのでは? と考えました。
実は、弊社にも長男に嫁いだ女性がいまして。彼女の話が最大のきっかけでしたね」

 

長男嫁でもあるボーダーインクの営業・金城貴子さんは次のように語る。

 

「金城家に嫁いだときに、行事ごとが大変だったので自分で料理のレシピや行事のやり方の記録をつけたんです。細かく書いておいたので、そのノートには今でも助けられているんです。
『こういう本があったら、県外から嫁いだ女性や沖縄の若い人たちの助けになるんじゃないかな?』と思い、企画しました。
でも実際は、沖縄出身者や年配の方なども手に取ってくださっているみたいです」

 

出版後、編集部が想像していなかった反応が返ってきた。問い合わせの電話が殺到したのだ。

 

ボーダーインク
編集・新城和博さん。

 

「主にお嫁さんたちからの電話ですね。『自分がこれまでやっていた方法と本に載っているやり方が違う。どちらが正しいですか?』とか、『こういう時はどうしたらいいですか?』というように、御願に関する質問の電話が後を絶たなくて。
質問があまりに多いので、『Q&A』のページを増補しました。

 

ただ、御願というのは各家庭によってやり方が違うのが当たり前。ハンドブック通りにしなくてはならない、ということではありません」

 

「御願ハンドブック」に代表されるように、ボーダーインクから出版されている書籍はいずれも沖縄に特化し、なおかつユニークな題材をとりあげたものばかりだ。

 

ボーダーインク
左から営業・金城貴子さん、編集・喜納えりかさん。

 

ボーダーインク
勇ましい闘牛写真と不釣り合いな、いかにも女性らしい雰囲気の著者は闘牛大好き女子!

 

ボーダーインク
撮りためた写真を本にしたいとボーダーインクの門を叩き、出版に至った。「企画を聞いた時点で『これは面白い本になるぞ』と思いました。各メディアでも取り上げられ、話題沸騰中です」

 

ボーダーインク
喜納さんのお勧めは、沖縄ならではの育児ネタを漫画にした「琉球こどもずかん」。「沖縄のママさんたちにインタビューしてネタを集めたのですが、どのおうちの話を聞いても大爆笑! 口コミで面白さが評判となり、売れ行きも好調。在庫は残りわずかです」

 

ボーダーインク
「目からウロコの琉球・沖縄史」は、新城さんが愛読していたブログを書籍化したもの。「著者の上里隆史さんは、若手のイケメン歴史家。琉球・沖縄の歴史に関して驚くほど豊富な知識を持っているだけでなく、ブログの内容がとてもおもしろかった。これは是非書籍化して、多くの人に読んでもらいたいと企画したんです」。ニービチ(結婚式)をテーマにしたら面白い本ができるのではと編集部が企画したのが「ああ、沖縄の結婚式!」。結婚式の司会を務める機会も多いフリーパーソナリティの玉城愛さんに執筆を依頼した。

 

ボーダーインクから出版される本のジャンルは、エッセイ、コラム集、歴史、民俗、教育、政治、コミックなど、実に幅広い。
出版する本の定義はあるのだろうか?

 

「沖縄に関する内容ということ以外、定義はありませんしジャンルも問いません。
つまり、ボーダーレスですね。社名の『ボーダーインク』にはその意味も込めているんです。

 

企画出版に関しては、自分たちで企画をするものと持ち込み企画がありますが、出版するか否かを決めるのは『これは面白い本になりそうだ』という直感によるところが大きいですね。でも、それだけではありません。
ベストセラーにはならないかもしれないけれど、これはぜひ世に出したいと思うものは出版に踏み切ることもあるんです」

 

また、企画出版のほかに自費出版の依頼も受け付けている。

 

ボーダーインク
「最近は20〜30代の方の持ち込み企画が少ないのでちょっと寂しい。面白い企画があったら是非うちに持ち込んでください」と、編集の池宮紀子さん

 

「自費出版についてのご相談は年間20〜30件ほどあります。
ご本人の予算も関係してきますから、実際に出版に至るのは10冊ほどですが、他都道府県と比べると多い方だと思いますよ。
沖縄ではほとんどの出版社が沖縄に特化した本を出しているので、著者と読者との境目が薄いんだと思います。一般の方でも気軽に本を出したくなる環境と言えるかもしれません。

 

自費出版の相談内容はさまざまです。詩集や絵本を出したいという方や、『旅行記を書こうと思って。これから行くんだけどさ〜』という方も(笑)。

 

自分の書いたものが本になる喜びは何物にも代えがたいものです。
また、たとえ数百冊でも世の中に広がり、読んで感動したひとがひとりでもいたのなら、それは素晴らしい作品だと言えると思うんですよね」

 

自費出版だからといって本の質が落ちるわけではないと、新城さんは言う。
根っからの本好きであるだけでなく、沖縄の人々に対して強い愛情を持つボーダーインクのスタッフならではの考え方ではないだろうか。

 

ボーダーインク
古本屋店主が書いた「那覇の市場で古本屋」は、県外からも注目を集めている。ソルトコーディネーター・青山志穂さん著「琉球塩手帖」は、沖縄の塩が主役というオリジナリティ溢れる一冊。

 

ボーダーインク
「新書」と呼ばれるサイズで出版しているシリーズ。「読みやすさなどを考えてサイズを決めていますが、現在、新書シリーズを出しているのは、県内だとうちくらいだと思います」

 

ボーダーインク

 

ボーダーインクの創立は1990年。
「沖縄出版」に勤めていた宮城正勝さんが部下の新城さんを伴い、「もっと若いひとも読みたくなるような、かたくない、面白い沖縄本をつくりたい」と独立したのが始まりだ。
そこに池宮さんが加わり、やがて喜納さんや金城さんを正社員として迎えた。

 

新城さんは次のように語る。
「宮城さんと池宮さんに関しては20年以上の付き合い。喜納さんや金城さんも10年来の同僚ですし、もう、家族みたいな感じですよね」

 

女性陣たちは明るくパワフルで、事務所は活気に満ちている。

 

「いつもみんなで、『歳とっても働きたいよね〜』と話しているんですよ」と、喜納さんは言う。

 

「企画段階では何も見えていない。それが徐々に形を取り、最終的に本になって書店に並び、多くの人が手にとってくれる。そういう一連の作業が、出版という仕事が大好きなんです」

 

ボーダーインク
新城さん自身もこれまで5冊の著書をボーダーインクから出している。「様々な媒体で発表した文章や、連載していたコラム、書評などをまとめた本です」編集だけでなく作詞なども手がける新城さんの本の内容は、様々なジャンルに話が及んでおり、読み応えたっぷり。

 

ボーダーインク
金城さんのイチオシは「沖縄猫小(おきなわ まやーぐゎー)」。「宮古島在住の写真家・上西重行さんの猫本です。写真主体の本かとおもいきや、添えられている文章もすごく良いんです。独特の語り口で、癒やされますよ」

 

ボーダーインク

 

ボーダーインク
植物好きな池宮さんが気に入っているのは、「琉球ガーデンBOOK」。沖縄の家の庭や道端などでよくみかける植物を紹介。名称だけでなく、「庭に植えると魔除けになるとされる」「縁起がいい」などの言いつたえも記載している。

 

ボーダーインク

 

 

出版だけでなく、本にまつわるイベントの企画・開催にも積極的だ。

 

「『琉球怪談』は面白いですよ。年4回開催しているのですが、沖縄は怪談好きな方が多いのか、なかなか好評です。

 

また、10月には「ブックパーリーNAHA」と銘打って、1ヶ月間、本にまつわるイベントを多数開催する。
その中のひとつが、那覇市の沖映通りで行う『えきまえ一箱古本市』。
その日はだれでも古本屋さんになることができ、自宅から持ち寄った古本を販売するんです。
私たち社員も出店しましたが、並べている本についてお客さんとやりとりするのが楽しい んですよね。こちらも思い入れのある本を出品するものだから、ついつい話が弾んで。

 

他にも、『県産本フェア』や『ブックパーリーNAHA』など、色々と企画しています」

 

ボーダーインク

 

こちらから1つ質問を投げかけると、四方から答えが飛んでくる。
誰かの答えに突っ込んだり、説明を加えたりと、始終にぎやかなインタビューだった。
ボーダーインクは活気があるだけでなく、スタッフたちが本当に楽しそうに仕事をしている出版社だ。

 

「女性の方が数が多いんでね、僕ら男性社員は小さくなってますよ」と新城さんが言うと、喜納さんが口を開いた。

 

「そういえば毎年旧暦の3月3日には、女性社員は会社の業務をお休みして海に『浜下り(沖縄の伝
統行事)』に行くんですよ。男性社員たちは通常業務(笑)。
今年なんて、つい盛り上がって浜下りで披露する社歌まで作っちゃったんだよね」

 

聴いてみたいと言うと、喜納さんがすかさずウクレレを取り出し、その場で大合唱が始まった。

 

のどかなウクレレの調べと歌声を聴きながら、なるほどこんな雰囲気の出版社だからこそ「御願ハンドブック」や「琉球こどもずかん」、「闘牛女子」のような本を生み出せるんだなーと納得した。
本と本作りと沖縄を心から愛する人たちの集まり。
それがボーダーインクなのだ。

 

ボーダーインク
今もなお改訂中という「ボーダーインク社歌」の歌詞。

 

ボーダーインク

 

 

げらげらと笑い転げてしまうもの、マニア心をくすぐるもの、考えさせられる歴史ものや戦争の話…。

 

バラエティに富んだボーダーインクの本は、沖縄県民だけでなく、居住者や県外在住者にいたるまで多くの人々が手に取っている。
その独特な魅力は、沖縄を愛する者としての誇りが生みだしているのではないだろうか。

 

書店へ足を運んでみよう。
海や街を歩くだけでは知ることのできない、沖縄を探しに。

 

写真・文 中井 雅代

 

ボーダーインク
ボーダーインク

沖縄県那覇市与儀226-3 

TEL 098-835-2777
FAX 098-835-2840 

MAIL books@borderink.com
HP http://www.borderink.com
ブログ http://www.borderink.com/?cat=16