tuitree(トゥイトゥリー)植物のもつ力を素材にこめて、染め、織る。

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「天然染料の場合は植物をどれだけ使っても色が強く出なかったり、思っていたのとは違う色が出たりする。でもそれは失敗ではなくて、『この時期だからこんな色になるんだー、面白いなー』と、受け入れられるんです。
同じ植物でも春と秋では出る色が変わるし、幹と葉でも違います。
そうやって、色々な要素が関連して違う色になること自体が面白いんです。
 
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マングローブで、3色に染めたリネンとヘンプ
 
植物から染料を作るその工程や作業がとても楽しいんですよ。ぐつぐつと煮出してる様子はまるで魔女みたいですし(笑)。 作る度に『へ~、この植物からはこんな色が出るんだ~』なんて知っていくのが面白くて」
 
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染織家の近岡恵子さんは、tuitree(トゥイトゥリー)の名で製作活動をおこなう傍ら、雑貨店 TUKTUK(トゥトゥク)を経営している。
自宅に工房を構え、沖縄の植物を用いた天然染料で染織りを行う。
 
「自分で藍も育てるようになりました。
藍は豆科の植物で様々な種類があるのですが、庭に植えているのは南蛮駒繋(なんばんこまつなぎ)と呼ばれるもの。台風でだいぶやられてしまいましたが…。葉を取って水につけると緑色の液体が出てくるんですそれに消石灰を入れて混ぜ、沈殿させます」
 
 
近岡さんが庭で育てた藍を用いて作った染料は、顔を近づけると、ツンと鼻をつく独特な香りがする。 
 
「天然染料の匂いって面白いんです。煮出したサガリバナや発酵させた藍は変わった匂いがするけれど、月桃やベニノキはすごく良い香り。月桃には鎮静作用がありますから、 染料を作っているときは家中にその匂いが充満して、まるでアロマをたいているような感じになって心地いいんです。それに、染めをしているときは外から虫が入ってこないんですよ。防虫作用のある植物を使うことも多いので、虫除け効果が発揮されるんですね。
 
ウッチンには抗菌作用があってアトピーの症状を抑制する効果もあるようなのですが、植物で染めたものはその植物の持つ力が入っていくように思います。
素材にもこだわっていて、麻のように肌触りが気持ちよく、からだに優しいものを選んでいます。リトアニア産リネンやタイのヘンプなど、麻全般が好きですね。
 
私にとっては染めってすごく難しいんですよ、どうしても染めムラができてしまう。ムラ自体が悪いわけではないのですが、糸を染めてそれを織って、染めムラが模様になった方が私は好き。
 
ストールのような既製品を染めることもありますが、基本的には糸を染めて織っていきます。
やっぱり織りまでやりたいんですね。
織りがなかったら、私はきっともう本土に帰っていると思います」
 
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オーシッタイの琉球泥藍を購入し自宅で醗酵作業する
 
近岡さんが沖縄に移住したのは約15年ほど前。染織りを習うことが目的だった。
 
それまではアパレルの仕事についていた。1~2年ほどのつもりで就職したのが20歳。がむしゃらに働き、気づいたら26歳になっていた。
 
「今思えば、ちょっと頑張りすぎていたかも(笑)。
でも、ブランドのデザイナーも好きだったし、仕事も楽しかった。若さから一生懸命だったのかもしれません」
 
やがて部下ができ、スタッフを査定する仕事を任されるほどになった。
 
「その仕事がすごく辛かったんです。人にAとかBとかつけるのがイヤで…。『自分はそれほどの人間でもないのに』という思いがいつもありました。もちろん誰かがやらなければならない仕事ですし、それをちゃんとこなしている人もいて偉いなぁと思うのですが、私にはできませんでした」
 
6年間続けた仕事を辞め、すぐに旅行に出た。
 
「それまでは海外というとヨーロッパとかこぎれいなところに行っていたので、他の所にも行ってみようと。
仕事も辞めたし、帰国しないといけない期限が決まっているわけでもなく、結局3ヶ月ほど滞在しました。タイやインドネシアでやさしい地元の村の人たちの生活様式や工芸に出逢ったんです」
 
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糸の小売りも。「用途は自由なのですが、プレゼント用とか使い勝手がいいみたいで、人気です」
 
「シルバーや籠を作っている職人さんや絵描き、音楽家…様々な分野の活動を目にしましたが、特に腰機(こしばた:布送具を腰に当てて固定する織機)や地機(じばた)などを使って人々が織物をする様子を見て、『面白い!』と感じ、興味をひかれたんです」
 
帰国後は雑貨屋などで働こうかと出発前は考えていたが、東南アジアの織りの文化に触れたことがきっかけとなり、近岡さんは帰国後、日本で染織を学ぶ道を模索。一念発起して沖縄へ移住したところ、偶然の出逢いがあった。
 
「住む部屋を探そうと入った不動産屋でたまたま出会った方が首里花倉織の伊藤峯子先生で。先生に首里織りを教えていただけないかとお願いしたところ、お引き受けくださったのです。とても感謝しています」
 
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「よもぎと藍で染めたそれぞれの糸を編んで作った紐です。様々な組み合わせで展示会の度に作るのですが毎回多くの人に喜んでいただいています。四つ組みと言って、四本の紐をミサンガのように編むんです。お洋服の上から腰に巻いてもいいし、めがねのストラップにしたり、首に巻いてネックレスにしてくださったお客様も。
 
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「これはミニ風呂敷。五穀豊穣をテーマに織りました。雨絣を入れて雨を表現し、こちらはマングローブ。見せたい方を表にすれば、一枚で様々な見え方になるので面白いですよ」
 
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先生のもとで学びながら、生活費をまかなうためにアルバイトも掛け持ちする日々で、忙しかったがとても充実していたと言う。
しかし移住から3年経った頃、近岡さんは交通事故に遭ってしまった。
 
「車にひかれて脚を骨折してしまったんです。
脚を骨折したということは、しばらく織物ができないということ。それでは先生に迷惑をかけてしまというわけで、工房を辞めることにしました」
 
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「月桃、ガジュマル、福木、紫根で染めた縦糸に、月桃の茎を煮込んで裂いて入れました。普通、籠って劣化するじゃないですか、虫がついたりしてぼろぼろに。でも、これは何年経っても全然ぼろぼろにならないし、色も変わらない。やっぱり月桃の持つ防虫パワーが作用しているのだと思います」
 
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毎年参加している染織グループ展示会「うちくい展」(http://nunupana.com)に今年出品したもの。「ストライプを4本、5本、4本、5本と、ミンサー織りのように織ったのですが『わかりづらい』と言われちゃって(笑)そうですよね。使用した糸は琉球藍とマングローブで染めたもの。いつも縦縞ばっかりだったので横縞は初めてだったんです」
 
しばらくの入院生活を余儀なくされたにも関わらず、近岡さんはまったくめげなかった。
 
「入院生活も楽しかったんです。沖縄の病院食って沖縄そばやウムクジなんかが出てくるんですよ(笑)。びっくりしちゃって。美味しいし(笑)。
整形外科に入院していたので同室の患者さんはみんなおばあ。明るくて楽しいひとばかりで、まったく暗い気持ちにはなりませんでした」
 
近岡さんは退院するとまたもタイへ飛んだ。
二週間の滞在期間中に、山岳民族をたずねたり、雑貨を買い集めたりした。

帰国後、購入した雑貨を販売すべく雑貨業を始めた。
 
「でも、いつかはまた織りをやりたいと思っていたので、脚のリハビリも行いながら少しずつ準備をしていました。
 
雑貨販売については、海外で買ったものを販売するということをそれまでもやったことがあったので、今でも楽しくやらせてもらってます。
また、沖縄で生活していくうちに知り合いや友人も増えて来ていたので、(張り子アーティストの)豊永盛人さんや喜舎場智子さん(関連記事:伝統を守りたいからこそ、独自のアレンジを加えた房指輪を)、香月礼さん(「ものを創ることには何の境界もない」っていう言葉が、今も私の指針に」)、MIMURIさん(「目で見たものを大切に描きたい。他の人とは違う、自分だけの絵を」)といったアーティストの作品や民芸品、工芸品も置かせていただいていて、たくさんの作家さん方からいつも刺激を受けています。
現在は生活雑貨や食品、海外で買い付けた雑貨なども置いています」
 
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脚の骨を折り、雑貨屋を営むようになっても、近岡さんは染め織りをやめなかった。
 
「本当に、どうしてこんなに織りをやっているんだろう? って自分でも思いますね。カルマかなにかじゃないかな?って(笑)。
きっとね、前世かなにかで布をふみつけたり引きちぎったり燃やしたりして、布の大切さを実感するために今こうして染織りをやってるんじゃないかと考えることがあります。
だって、染め織りって本当に大変なんですよ。実際に織り機で織る前にも相当の手間ひまがかかります。織る前までで8割と言っても過言じゃないくらい」
 
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織りに必要な様々な機具が並ぶ。
 
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「織り機に糸を通すまでに、色々な作業やそれを行うための機械が必要なんです。
ひとつひとつ工程を紹介していたら、沢山ありすぎて話が長くなっちゃう(笑)。
糸を巻く機械、よりをかける機械…。手作業なので時間もかかります。作業自体は楽しいのですが、ときどき糸が絡まっちゃう。そうするとイライラしてきちゃって、一旦一休みして、また作業を再開して…。
それが終わったらこっちの棒を『ギッギッ』って巻いて…糸をほどいてまずこれに入れて、次にこれに巻いたらこっちに一回通す。そのあとこれに巻いて〜、一旦外してあれにセットしたらこれを通して、次にこっちを通して……あー、もうやだー!って(笑)。
 
織る前の染めにも手間ひまかかりますから。
一回染めて終わりではなく、染めた糸を洗うんです。そうするとけっこう色が落ちてしまうので重ね染めします。
しっかり染まった糸もすぐにセットできるわけではなく、『のりづけ』という作業があります。一本一本にのりをつけていく。そうしないとぼそぼそと細かい繊維が出て来てしまって、織り機が動かなくなってしまうんですよ。
 
この工程が面倒で、一度のりづけを省いて織ってみたんです。『きれいな糸だし、手触りものりづけしたものとそう変わらないし、ひっかからないんじゃないかな〜』と思って。そうしたらやっぱり織り機が開かなくなってしまって…。糸を全部外して、やり直して…。もう、泣きたかったですね、すごく大変でした。
それでわかったんです、本当に一つの工程も省けないんだなって。
 
織ってるときは楽しいですよ、調子がいいときは。調子が悪いと糸が切れちゃうんです。
糸が切れたら、まず一回ため息をつく(笑)。だって、また面倒な工程をいくつも経て、糸を繋げないといけませんから。
 
空気が乾燥しているときは特に糸が切れやすいので、下から蒸気を当てながら織るんです。湿気を与えてあげて。もしくはスプレーで水をかけたりとか。
 
本当に大変だけど、やめられない。
だからやっぱり、カルマかな〜って思うんですよね(笑)」
 
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自然の力が糸に与える色あいは、強い生命力を感じさせるように静かに輝いている。沖縄に自生する植物で染めた糸やそれによって織られた生地は、沖縄の風景にしっくりと馴染む。
色合いだけでなく、肌触りも独特だ。例えばショールは綿菓子のようにふわりと軽く、この上なく繊細。
もちろん、ずしりと重みを感じさせる作品もあるが、いずれにしてもそこには植物の息吹が宿っている。
近岡さんが染織りに込めた、植物の持つ強い力を感じる。
 
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青と白の、いずれも竹から採取した糸で織ったストール。「すごく染まりつけがよくて、綺麗な色が出ました」
 
近岡恵子
瓶や窓ガラスなどに繊細な装飾を施すエッチングガラスも製作している近岡さん。『NAHA ART WALK2012』にも出品した。
 
気の遠くなるような工程の数や製作の苦労を聞くと、その商品につく値段にも納得がいくと私が言うと、近岡さんは「そう言っていただけるのはありがたいのですが、でも、そこを変えていきたいんです」と話してくれた。
 
「工程が多くて時間かかるから値段が高いというのは、言い訳のような気がするんです。真剣に取り組んで本当に上手なひとはすごく仕事が速いんですよ。私に染織りを教えてくださった先生もそうでした。
そういう方々と比べて私は時間がかかっちゃうからお金が高くなっちゃうっていうのは、ちょっと違うし、いけないことなんじゃないかなーって」
 

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伝統工芸である首里織りを学んだ近岡さんが作るものは、ショールや風呂敷など身近なものが多い。
 
「普段から使えるものを作る方が自分が楽しいから。
今後は、マットやタペストリーのようなインテリア関連のものも作りたいと思っています。柄は、空、葉っぱ、鳥といった自然のものを下絵して…考えただけでも楽しそう!
今まで作ったことがないから、ぜひやってみたいんです。
 
また、オランダのティルブルグ市にあるテキスタイルミュージアムや、アムステルダム在住のファイバーアーティスト、マリアン・バイレンガさんの工房を訪ねたことをきっかけに、新たな分野にも挑戦したいと思うようになりました。バンブーファイバーのように、ちょっと面白い素材を使い、今までとは違った作品を作ってみたいなぁと考えています」
 
近岡さんが、藍染めのことを「レディのよう」と形容してくれたのがとても印象的だった。
 
「藍って、洗濯には強いけれど日焼けには弱いんですよ。
沖縄の日光が強いからかもしれないけれど、
『私、紫外線には弱いのよ』
っていう、まるでレディみたいでしょう?」
 
出逢った瞬間に近岡さんを強く引き寄せた染織りの世界。
本人をして「カルマとしか思えない」と言わしめるほど強い引力が、近岡さんを今もなお引き寄せ続け、私たちに沖縄の染織りの新たな可能性を見せてくれる。
 

写真・文 中井 雅代

 
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HP http://www.tuitree.com