『外人住宅 岡本尚文の写真』 外人住宅の光と影。その向こう側にある、物語。

岡本尚文

 

その写真からは人の気配を感じる。
しかし、いくら目を凝らしてみても、そこに人影はない。
あるのは鮮やかに写し出された「外人住宅」だけだ。

 

真っ青な空や深い緑の木々、あるいは燃えるような赤い花々の中に佇む、シンプルなかたちをした建築物のある風景写真だ。

 

作品はどれも美しく、そしてどことなく哀愁を帯びているように感じる。

 

岡本尚文

 

「沖縄は年中暑いし車社会なので、日中は外を歩いている人ってあまり見かけないんですよね。
周りには誰もいなくて、存在するのは自分ただ一人。そんな場所でシャッターを切っていると、なんだか異空間に迷い込んだような気分になるんです」

 

撮影時の気持ちを、フォトグラファー 岡本尚文(おかもとなおぶみ)さんはそう語る

 

岡本尚文

 

「外人住宅を撮っているとね、朽ちた部分や、逆にメンテナンスされて真新しくなっている箇所が目につくんです。
そこで昔生活していた人々や、今まさに住んでいる人の息遣いを感じるんですよね。

また、外人住宅ならではのメイドルームや広い庭を見ても感慨深いですね。
アメリカ統治時代、アメリカ人の家庭で働けるというメイドの仕事は、沖縄の女性にとってステイタスだったそうです。また、庭の手入れは沖縄の男性が請け負っていました。アメリカ人の生活を間近に見たり体験したりすることで、アメリカの料理や風習などの文化を吸収し、家族にも伝えたりしていたんじゃないでしょうか。

 

住宅一つ一つをファインダー越しに見つめていると、そういう沢山の物語がふと頭をよぎるんですよ。

 

良い事も悪い事も全部ひっくるめて、そこで起きたであろう様々な物語に思いを馳せながら、シャッターを切っています。

 

写真に限らず、どんなものでも光があれば必ず影も付いてくる。
どちらか一方しか存在しない物事って、ないと思うんです。
外人住宅を撮る事で、そんな光と影を行き来するような感覚を表現できるのではと思っています。

 

また、建築物にも寿命がありますから、建物とそこに含まれる物語の両方をしっかり記録しておきたいという気持ちもありますね」

 

東京と沖縄を行き来しながら外人住宅を撮り続けている岡本さんが初めて沖縄を訪れたのは1978年、高校生の頃だった。
アメリカ統治時代の雰囲気がまだ色濃く残っていた時代だ。

 

岡本尚文

 

「夏休みに、友人と旅行で来たんです。当時は沖縄のことを何も知らなくて。戦争や日米問題のことなど、難しいことは一切考えていませんでした。
海に囲まれた綺麗な島、というイメージだけを抱いてやってきたんです。

 

実際に沖縄を観光してみて初めて、アメリカが与えた影響の強さを感じましたね。
特にコザ(沖縄市の中心地周辺の名称)辺りはディープでね。左ハンドルの車がそこら中を走っているし、米軍払い下げの家具屋なんかも、今よりずっと多かった。
そんなコザの町に、夜になるとエイサーの音が響き渡るんですよ。それも今のエイサーとはだいぶ趣きが違っていて、明るくて楽しいお祭的なものではなく、じっとりとして、少し暗い感じだった。

 

そうやって、アメリカと沖縄の文化が入り交じった雰囲気は、本当に独特で刺激的でしたね」

 

初めて沖縄を訪れたその年を境に、岡本さんは毎年沖縄へ足を運ぶようになった。
そして、大学のゼミがきっかけとなって本格的に写真を学び始めたと言う。

 

「高校生の頃から趣味でカメラを触ってはいたんです。
ちょうど、『写真時代』や『写真装置』といった写真雑誌も多数出版され、アート界において写真が注目され始めたころでした。

 

大学4年の時にデザイン関係のゼミに入ったのですが、写真にも精通していた教授にお願いし、カメラ好きの学生を集めて写真のゼミにしちゃったんです(笑)。そこで写真論などの講義もしてもらったんですよ。
そのゼミが楽しかったこともあり、大学卒業後、写真の専門学校に通いました」

 

専門学校卒業後、岡本さんはアシスタント時代を経て独立した。

 

岡本尚文

 

カメラマンとして働き始めてからも、岡本さんは毎年沖縄を訪れていたが、あるとき心境に変化が訪れたと言う。

 

「沖縄の風景を撮り続けているうちに、その背景に戦争が見えるようになって…。
それまで光の部分しか見えていなかったのが、影にも気づき始めたんですね。
そこで撮り方を模索し、モノクロで撮ってみたりもしました。
でも、どこか人まねのようにしか見えなくて…。それからしばらく撮るのをやめてたんです」

 

しかし岡本さんは、2000年のある日を境に再び外人住宅を撮り始める事となる。

 

「仕事で沖縄に来たときに、ロケバスの中からたまたま外人住宅が見えたんですよ。
それまでは自分の足で沖縄を歩いて撮影していたわけですが、仕事の最中にロケバスから見てみると、単純に『かっこいいな~』と感じたんです。
どうしてだろう? …主観を離れて客観視できたことで、建物の造形美に気づいたのかもしれませんね。

 

コンクリート造の外人住宅は沖縄ならではのもので、県外の外人住宅のほとんどが木造なんです。
また、沖縄の場合は台風対策に備えてフラットな形のものが多く、見た目も独特ですよね。
白を基調としたシンプルな箱型の平屋に、屋根だけ鮮やかな色が塗られていたりするのも面白い。

 

それで、もっと他の外人住宅も見てみたいと思い、地図を頼りに探し回るようになったんです。
外人住宅を多く取り扱う不動産屋も、しらみつぶしに当たりましたよ」

 

岡本尚文

 

東京では、岡本さんはファッション誌などの華々しい世界でも活躍している。

 

「いわゆる商業写真を主に撮影しているのですが、みんなで作り上げるという感覚が大きいんです。
コンセプトがしっかりとあり、目的に向かって全員で協力して進んでいくのでやり甲斐もあります。

 

一方、僕にとって外人住宅の撮影は、自分自身との闘いなんです。
表現するという点では商業写真を撮ることと変わらないけれど、やはり個人的な想いが反映されるという意味ではまったく違いますね。
また、最終地点はなく、そこからさらに広がっていくものだと思っています」

 

岡本尚文

 

岡本尚文

 

作品は、発表することに大きな意味があると岡本さんは考えている。

 

「見てもらうことで、僕だけの写真ではなくなるでしょう?
人それぞれ見方が違うのは当たり前。僕の考えや感じたことを押し付けるのではなく、皆さんに自由に感じてほしい。
すると、見た人の中で新たな何かが生まれたり、広がって行ったりすると思うんです。

 

作品がどんどん自分の手元を離れて行く感じがいいんですよね。
そしてまた、別のかたちとなって僕に返ってくることも沢山あるんです。

 

アートってそうあるべきだと思うし、そこが面白いところじゃないかな」

 

岡本尚文

 

岡本さんの写真を見に、会場には老若男女、様々な人が足を運んでいる。

 

「ある若い女性が話しかけてくれたのですが、彼女は沖縄出身なんだけれど外人住宅の歴史について全く知らなかったんですね。
それでも僕の写真を見て興味を持ち、色々と質問してきてくれて。
『これまで沖縄に住んできたのに、ほとんど目にとめたこともなかった』と言っていたのが印象的でした」

 

また、1枚の写真を指さしながら「ここ、うちのお向かいなのよー」と、嬉しそうに話しかけてきた女性もいたと言う。

 

「彼女の場合は、沖縄とアメリカの問題云々なんて全然関係ないんですよね(笑)。ただ自宅の近所が写っていたから単純に嬉しかった。でもね、それで良いんですよ。

 

様々な問題について考えたり憤りを感じたり、反対に人と人との温かな繋がりを感じたり…何でもいいんです。

 

プラスのこともあれば、マイナスのこともある。
僕だって、光と影の間を行ったり来たりしていますから。
そこから何かが始まるのではないかな、と思うんです」

 

岡本さんは外人住宅に続いて、「アメリカの夜」というテーマの撮影も始めている。

 

「これからも沖縄で写真を撮り続けていきたいと思っています。
大好きなこの土地で感じた、僕の中の光と影を純粋に写真で表現し続けたいですね」

 

岡本尚文

 

岡本尚文

 

数十年前に沖縄で数年間を過ごしたことのある元米兵が、退役後に再び沖縄を訪れる事は珍しくないと言う。

 

「自分がもっとも輝いていた時期に過ごした場所だからというだけでなく、沖縄の人々がみなとても親切に接してくれたというのも大きな理由であるようです。
彼らにとって沖縄は、美しい思い出ばかりが詰まった場所なんですね。
自分が住んでいた住宅がどうなっているか見たいから探してほしいと、不動産屋を訪ねてくる人も多いようです」

 

沖縄戦終結直後を知らない私は、写真を前にいくつもの物語を想像する。
今よりも人と人との繋がりが濃かった時代へとタイムスリップしているような、不思議な感覚に陥るのだ。

 

写真の中に人の姿は見えないが、耳を澄ますと声が聞こえるような気さえしてくる。
それは喜びの声であったり、哀しみの声であったりする。

 

沖縄の抱える様々な問題に、目をつぶることはできない。
しかし、しっかりと目を開けて別の方向からみると、これまでとは違うかたちが見えてくるかもしれない。

 

「大事なのは、想像力なんです」
岡本さんの言葉が頭をかすめた。

 

人物のいない美しい外人住宅の風景写真がある。
そこにあなたは何を見て、何を感じるだろうか。

 

写真・文 中井 雅代

 

岡本尚文
「外人住宅 岡本尚文の写真」展
2013年8月29日(木)〜9月24日(火) 
11:30 – 19:30 ※水曜日定休
場所 D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARD
参加費 無料 

 

岡本 尚文(おかもと なおぶみ)
HP http://www.okamotonaobumi.com

 

D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARD
宜野湾市新城2-39-8 2F
TEL/FAX 098-894-2112
OPEN 11:30 ~ 19:30
CLOSE 水
HP http://www.d-department.com/jp