岸本ファーム/レストランにだけでなく、普段の暮らしにもハーブを。女性らしい工夫の光る“ビューティフル”ハーブ農園

岸本ファーム

 

レモングラスとミントの葉に湯を注ぎ、3分ほど待つ。深呼吸したくなるような爽やかな香りが広がった。浮かべた紫のエディブルフラワーがなんとも愛らしくて、自然と笑みがこぼれる。うっすらと色づいたレモンイエローのお茶は、スッキリと爽やかで雑味がまるでない。フレッシュで優しいハーブそのものの味。何の引っ掛かりもなく喉元をスルスルと通り抜ける。

 

体にすっと馴染むこのハーブたち、育てているのは、岸本洋子さん率いる小さな農園、岸本ファームだ。洋子さんのハーブは、県内のレストランやホテルで引っ張りだこ。卸先の一つ、イタリアンの名店TRATTORIA Lamp 上江田シェフは、「ペーストにすると他のバジルとの違いがわかる」と評価する。洋子さんのそれは、変な苦味やエグミが一切出ない貴重なものだという。

 

その栽培方法は、農薬や化学肥料、除草剤の類を一切使わないもの。不要な草は手で一つひとつ摘み、虫も割り箸で1匹1匹除き取る。けれど、徹底しすぎないのがコツと、洋子さんはおおらかな笑顔を見せる。

 

「草は全て悪いってものでもないんです。逆に草が作物を助けることがあるんですよ。だからキレイにしすぎないんです。虫にやられることは最初から見越してますよ。100%収穫しようと思わないで、50から70パーとれればオッケーよ。100パーとろうと思うと苦しくなるから」

 

ただし、それは頭を使って工夫の限りを尽くした上でのこと。

 

「病害虫対策はしてますよ。ハーブのそばにネギ植えたりね。あと色々な作物を少しずつ。1つの作物だけにすると連作障害といって、みんな全滅することもあるから。イタリアンパセリのそばにサニーレタスを植えたりね。一方がだめになっても、もう一方が助けてくれるんです。あと女性3人でやってますから、力のない分、道具は軽いものや手軽なものにしています。クリーニング屋さんでもらう針金のハンガーを切って杭にしたり、プラスティックの鉢を逆さに並べて苗ハウスの台の脚にしたりね」

 

 

ハーブ農家になっておよそ30年。順風満帆に見える洋子さんだが、ここまでくるのには紆余曲折があった。

 

洋子さんが農家に転身したのは、40代後半。それまでは琉球政府(当時)で農業指導をする役人だった。現場を知らなければという思いから生産者の道へ入ったそう。

 

「22歳のときの最初の赴任地が八重山だったんですよ。当時八重山はまだまだ発展していないところで、自分達が学んできたこととギャップがあったんです。私達は勉強してきてかっこいいことを言うんだけど、土地柄や人柄、そこで必要とされているもの、色々と問題が出てきてしまって。現場を知らなかったし、転勤転勤のたびに『自分で実際に農業をやらないといけない』って思うようになったんです」

 

同僚だったご主人も、農業への思いがあった。

 

「主人は、『これからは農業がブームになる』って言ってたんですよ。『温暖化で作物ができにくい環境になるからこそ、農業はもっと大事になるよ』って」

 

ご主人も早期退職し、ともに農業を始めることに。関東のハーブ農家を視察して研究を重ね、手広く始めた。

 

「当時は主にバジルをやっていて。6人も人を雇って、ハウスは9棟あったかな。1日に100ケースくらい、築地や新宿など県外へ出荷していました」

 

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バジル栽培は軌道に乗ったものの数年後、洋子さんに転機が訪れる。ご主人が倒れ、洋子さんの生活に介護も加わったため、これまでのやり方を変えることに。

 

「いっそのこと農業をやめようかとも考えました。でも主人の『農業は命の基本』という思いを引き継ぎたくて、踏みとどまったんです。そんなときにちょうど、沖縄の飲食店の方が畑を訪ねてきたんですよ。『いいハーブを作ってるって聞いてきた』と」

 

最初に訪ねてきたというその人が、前出のTRATTOLIA Lampの上江田さん。洋子さんのハーブを気に入り、取引が始まる。県外で先に評判を得ていた洋子さんのそれらは、これをきっかけに口コミで徐々に県内へも広まったそう。

 

「それまでは、ハーブをやっていても県内、特に沖縄の家庭に入っていかないのが気がかりでした。介護が始まって規模を小さくせざるを得なかったし、県内へ目を向けることにしたんです」

 

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畑は小さくしたが、栽培するハーブの種類は増えていった。タイ料理店に請われれば、タイバジルなど新しい品種にも積極的に挑戦。今では料理人だけでなく、ハーブやエディブルフラワーを使うパティシエやエステティシャンまでもが畑を訪ねてくる。一方、洋子さん自ら、営業に出向くこともあるとか。

 

「ホテルや飲食店とかに行きますね。こういうハーブはどうですか、ハーブを料理に入れると入れないのでは全然違うんですよって、料理して持って行くこともありますよ。こだわりのあるお店は、取ってくれるんです」

 

取引先が増えても、洋子さんの実直な姿勢は農家になった当初から変わらない。

 

「ちゃんといいものを作って、いいものを提供する。ただ正直に、お客さんを裏切らないってことです」

 

岸本ファーム

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洋子さんは今、家庭にもハーブを広めようと奮闘している。その一つが、“岸本商店 畑ママ(はるまま)くらぶ”だ。普段はレストランなどへの卸しが主だが、毎週水曜に開催されるこのイベントでは一般客も岸本ファームのハーブや島野菜を購入できるとあって、畑の横の小さなテントはお客で賑わう。ハーブキャンディやエディブルフラワークッキーの詰め合わせ、バジルやトマトを練り込んだ沖縄そばなど、オリジナルの加工品も並ぶ。加えてハーブや野菜を使ったワークショップまでも。この日のメニューは、島野菜やエディブルフラワーを使った野菜ふりかけ作り。スタッフが作り方を説明してくれる。

 

「今日のふりかけは、サクナ(長命草)と人参葉をメインにします。レンジにかけたら、こんな風にパリパリになるんですよ。サクナも人参葉も、どうやって食べたらいいかわからないっていう方が多いので、こんな風に使えますよって。ウコンやハイビスカス、エディブルフラワーを乾燥させたものもありますので、彩りよく好きなだけ入れてくださいね。あとは、鰹節や桜えび、じゃこに胡麻も用意していますので、お好きな味に仕上げてください」

 

用意された小さなすり鉢で、各々が選んだ食材をスリスリ。最後に塩を加え、実際にご飯にかけて味の調整を。自分で手作りしたことがさぞや嬉しいのだろう、参加していた子どもたちは自身のふりかけをたいそう気に入り、ご飯をおかわりしていた。野菜を無駄なく使い切る知恵を教われるだけでなく、子どもの野菜嫌いを直すきっかけにも。しかも誰もが真似できる手軽さとあって、魅力の詰まった内容だった。

 

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このワークショプ、なんと毎週メニューが変わるのだからすごい。別の日は、ハーブドレッシング作りだった。調合するハーブの種類や分量だけでなく、洋子さんが経験を重ねて掴んだコツをも教えてくれる。

 

「沖縄のこの気候だとね、ハーブをオイルに漬けると、カビるんですよ。だからオイルじゃなくて、ビネガーの方にハーブを入れて。このハーブビネガーにオイルを足せば、ハーブドレッシングになりますからね」

 

このワークショップに参加するため、足繁く毎週通うお客がいるというのも頷ける。それだけ洋子さんがハーブの素晴らしさや、活用の仕方を知り尽くしているから。

 

「ハーブってね、一石五鳥にも六鳥にもなるんですよ。お料理に使えて、ハーブビネガーやハーブソルトのように調味料にもなる。お茶にもなるし、お菓子に入れたっていい。石鹸とか、ハーブバスソルトとか、食だけじゃなく住にだって役立つしね。食べなくても匂いを嗅ぐだけで、認知症予防や安眠効果のあるハーブもあるんですから」

 

岸本ファーム

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洋子さんは、畑の野菜でササッとランチを作る。野菜の味を確かめ、珍しい野菜やハーブの調理法をスタッフに教える意味も。この日は、ビーツやトマト、ブラックキャベツなどを煮込んだ“ボルシチ”。野菜の甘みが際立っていた。

 

 

洋子さんは、作物を生産するだけの農家にとどまらない。ワークショップ開催や商品開発だけでなく、オリジナル麺を引っさげて“ハーブたっぷりサラダそば”などでイベント出店したり、新聞でハーブ料理の連載をしたかと思えば、その内容と連動させた料理教室を開催したり。ハーブのある生活を精力的に広めていく。

 

「農業は、汚い、苦しい、危険の3Kってよく言われますけど、私は3Bだと思っているんです。農業は、命の基本という“ベーシック”。農業は工夫次第でちゃんと食べていけるという“ビジネス”。最後のひとつは、素晴らしい、美しいという“ビューティフル”ね」

 

自分一人でではなく、気の合うスタッフや仲間とともに、農業のこれまでのイメージを鮮やかに塗り替えて行く。洋子さんは、農業を起点に香り豊かな生活をどこまでも広げていく。洋子さんの手にかかれば、暮らしにハーブが欠かせない未来はすぐそこだ。

 

写真・文 和氣えり(編集部)

 

岸本ファーム
糸満市武富573
070-4094-3477
http://kishimoto-farm.com
https://www.facebook.com/kishimotoherb/
※毎週水曜に開催している岸本商店は、お休みの場合もございます。ご来店の際は、開店情報やWS情報をfacebookページでご確認ください。